ドラマー池長一美とのデュオ・プロジェクトThe Third Tribeの初作『Nearly Dusk』(2019年)や、キャリア初のソロ・ピアノ作『BEYOND THE FOREST』(2020年)、吉野弘志(b)とのデュオ・ライヴ『Turn Circle』(2021年)と、近年は以前にも増してレコーディング活動にエネルギーを注いでるピアニスト小林洋子が、トリオのライヴ新作『10フランの幸せ』を完成させた。小美濃悠太(b)+中牟礼貞則(g)とのトリオによる、2021年12月に横濱エアジンで収録されたライヴだ。
「片道10フランの不思議な演奏旅行に3人で出かけた」というコンセプトの新作は、小林のオリジナル3曲と、ジャズ・ミュージシャンが書いたカヴァー3曲の全6曲を収録している。前者は8年ほど前の雨の日に作曲しながらも、一度も演奏されなかった「On Rainy Days」、子供の頃に近所の家から聴こえてきたトランペットのワクワク感を思い出して書いた「Misterious Window」、遠い昔の風の匂いを感じながら書いたアルコベース・フィーチャー曲「In My Memory」で、後者は小林が四半世紀前によく演奏したスティーヴ・スワロウの「Falling Grace」、やはり同じ時期にレパートリーにしていたデニー・ザイトリンの「Quiet Now」、作曲者のジム・ホールがミシェル・ペトルチアーニ、ウェイン・ショーターとの『Power Of Three』で演奏した「Careful」。
小林との所縁が深いライヴ・ハウスの横濱エアジンでキャリアをピンポイントで振り返った、温故知新の趣も感じられる新作である。

【Special interview for PJ】
――小美濃悠太+中牟礼貞則とのトリオは、いつどのような経緯で結成された?
小林:横濱エアジンにて、2019年よりギタリスト中牟礼貞則氏とのDUO、2020年よりベーシスト小美濃悠太氏とのDUOで共演させていただいていたところ、ある日この三人で演奏したら面白いのではないかと閃き企画しました。
――このトリオでの演奏は新作が録音された2021年12月9日が2度目だったとのこと。初共演は?
小林:2021年8月26日、横濱エアジンです。小美濃さんと初めて共演させていただいたのは、2020年12月でした。レコーディングでお世話になっているengineer五島昭彦氏が配信されていた動画を拝見し、その時初めて小美濃さんのプレイを聴きました。小美濃さんがお気に入りのレコーディングエンジニアも五島さんだと分かり、五島さんを通してオファーさせていただいたのが最初です。その時は、初めての共演という感じがしなかったのを覚えています。それから二か月に一度、同じく横濱エアジンにて共演していました。
中牟礼さんに最初に声をかけていただいたのは、おそらく1998~2000年頃だったと思います。DUOで何度か共演させていただきましたが、その後残念ながら共演の機会はなかったのです。2018年7月の私の復帰ライヴに撮影に来て下さったphotographer平口紀生氏を通して、2019年に再びDUOで共演させていただく機会を得ました。オファーいただいたり私の方からお願いしたり、エアジンを中心に町田Nica’s 等で共演させていただきました。

――このトリオ以外でベース+ギター=トリオの経験は?このトリオの魅力とは?
小林:元々ギタリストとのDUOには大変興味を持ち、多くのギタリストと共演させていただきましたので、それにベーシストを加えたTRIO編成は当時もしかしたらあったかもしれません。定期的な活動では無かったと思います(昨年一度だけ、ギタリスト加藤崇之さんとベーシスト吉野弘志さんとのTRIOで演奏しました)。あまり経験がないため、ギター、ピアノ、ベースのTRIOの魅力はお話しできませんが、中牟礼さんと小美濃さんと私のTRIOという観点から(全く私だけの勝手な思いではありますが)お話しさせていただきますと、たまたま3人がまるで親子三世代とも言えるような年代なのですが、私自身が、中牟礼さんと小美濃さんが共に音を出しているのを聴くのが、また見ているのが大好きなんです。音で仲良くお話しされているようでとっても微笑ましく、実際に、中牟礼さんが曲の導入部を弾き始め、途中で小美濃さんが絡んでいったとき等、中牟礼さんは「イエーイ!」と唸りながら楽しそうに演奏されるシーンをよく見かけます。見かけますなんて、私も共演者なのに他人事のようですが、そのようなシーンには、私自身もその後から音を加えていくことがとても楽しく、お二人の世界に彩りを添える?感じがとても心地よいのです。
実際に、このアルバムに一曲目に収められている「Falling Grace」では、中牟礼さんのルバート導入部に、どうして小美濃さんがあのタイミングで入り込めるのか全く謎です。きっと二人の間には会話が成立しているんだろうなって、つくづく思います。おそらく中牟礼さんと小美濃さんの相性が抜群に良いのだと思われます。世代を越えて…….。私から見たこのトリオの魅力はそんなところにあるのかもしれません。
――このトリオをライヴ作にした理由は?
小林:ライヴ作に関しては、2021年11月に発売になりましたベーシスト吉野弘志氏とのDUO「Turn Circle」が、新宿ピットインで2020年1月に行ったライヴ音源によるものです。これは元々単に自身のチェック用に録っていただいた音源で、ところが有難いことに、後に是非これは盤にして下さいとのお声を多数いただき、ピットインミュージック菊地昭紀氏にマスタリングをお願いし、明田川荘之氏がご自身のAketa’s Disk から出して下さったものです。
今回の『10フランの幸せ』に於いては最初からライヴレコーディングを決めていたわけですが、2018年7月に復帰し、同年12月に『Neary Dusk』録音(2019年リリース)、2020年コロナ禍に録音して同年リリースされた『BEYOND THE FOREST』、いずれも来年では遅い、という思いが強くありました。何故来年では遅いのか、何故そう強く思うのかが、私にもよく分からないのです。答えを無理やり引っ張り出すならば、2018年に復帰してからというもの、「来年は私はどうなってるか分からない。」という思いが常にあり、それは思ってもいなかった音楽を離れるという信じられない出来事が、今でも強く心に残っているからかもしれません(笑)。しかし、何よりそれだけ歳を取ったということだと思います。
年齢のことを言ったら、「ジャズは69歳からですよ」と仰る中牟礼さんにとっては私なんかまだまだヒヨッコですが、、、。
前回と同じように、2021年秋の時点で、来年では遅い、やるなら2か月後の12月に決定している横濱エアジンでのライブで、今のありのままの3人の音楽を録りたい、それしかないと思いました。結果、スタジオ録音では得られないライブ録音の良さを出せたと思っています。しかも、ステージ前にマイクをボンと置くだけのワンポイント録音、音に何の施しもない、生々しい空間が表れています。

――80年代後半から現在に至るキャリアの一部とセットリストの選曲理由が重なる新作を通じてリスナーに伝えたいことは?
小林:80年代後半というのは、演奏することが音楽が楽しくなり始めた頃で、私の中では、80年代後半から思いっきりライヴ活動が出来ていた2007年頃までと、復帰した2018年から現在までが今繋がっています。キャリアの一部とセットリストが重なっているのはそういうことからだと思います。オリジナル2曲は2014年に書いたものです。故に演奏されずに眠っていた、ということになります。楽しく自由に活動できていた時期が繋がり、上手く言えませんが、私の中でやっと腑に落ちた、合点がいったという言葉が一番近いかと思います。特別に何かのために演奏したり作曲したりする企画物以外は、常にリスナーに伝えたい確固たるものがあって発信している訳ではないので、難しいご質問なのですが、ただ、音楽は我々にとっては日常であって、その日常に起こっていることで(ライヴ盤ゆえリスナーの前で演奏はしていても、CDを聴いていただく方々にとっては一枚のディスクの中での日常ということになりますが)、あぁ何だかいいなぁとか、穏やかな気持ちになれるとか、疲れが取れるとか、あぁ聴けてよかったなぁとか、何でもいいんです。一つ一つの音に魂がこもっていれば、何かを感じていただけるものだと信じています。中牟礼さんも小美濃さんも、もちろん私も、聴いて下さっている皆を感動させよう、などという大それた考えもこれっぽっちもないんです(笑)。ただただ、渾身で音楽に向き合うだけです。
――自身が出演するライヴハウスの中で、横濱エアジンが特別である理由は?
小林:まず最初に、誤解のないようにお話しすればジャズスタンダード曲は好きですし、現在はスタンダード曲の中には、オリジナル曲と同じように表現できるような曲もあります。何故たくさんインスト用のオリジナル曲を作って、それで活動を始め続けていたかをお話すればとても長くなるのでここでは割愛させていただきます。自分のTRIOを結成し、演奏活動を始めた頃というのは、世の中はオリジナルの音楽をやっているバンドを受け入れてくれる場所は少なかったんです。私のような無名のしかも駆け出しには風当たりは強かったのは当たり前のことです。世の中はジャズ・ヴォーカル・ブーム、お客さんはいつも満員のちゃんとしたギャラを支払ってくれるハコであれば、当然皆が良く知っているジャズ・スタンダードを演奏し、オリジナルなんて弾いても「何それ?」という頃です。
皆が知っている曲を演奏することは当然だと思います。ただそんな時いつも取り繕っているような自分がいました。しかしながら、「その人の音楽」を尊重してくれていたライヴハウスは古くから存在している訳で、その一つが半世紀以上もの歴史を持つ横濱エアジンでした。演奏者にその人の本当の音楽が宿っていれば、有名無名は関係なく受け入れてくれました。今もそれは変わりません。エアジンでの演奏は、演奏後に自分の下手さで落ち込んだり反省したりすることはあっても、音で取り繕ったり嘘をつくことはなく、息苦しさを全く感じない大切な場所でした。現在は、皆さんご存知の通り「その人の音楽」を受け入れてくれるという意味では、そういったハコは随分増えています。私が演奏活動を制限していた時期~音楽から離れていた時期のおよそ10年間以外、特に復帰してから現在までは、一番多く出演させていただいている、そんな横濱エアジンです。

【作品情報】
アルバム名:10フランの幸せ
アーティスト・クレジット:小林洋子 小美濃悠太with 中牟礼貞則
曲目:
1.Falling Grace (Steve Swallow)
2.On Rainy Days[Un Jour Pluvieux](Yoko Kobayashi)
3.Quiet Now (Denny Zeitlin)
4.Misterious Window (Yoko Kobayashi)
5.In My Memory (Yoko Kobayashi)
6.Careful (Jim Hall)
Recorded at Yokohama AIREGIN on December 9th, 2021
■小林洋子(p) 小美濃悠太(b) 中牟礼貞則(g)
■タイムマシンレコード TMCD1029
■発売日:2022年04月06日
【ライヴ・スケジュール】
◆4月20日(水) 新子安しぇりる
Tone Momentum:津上研太(as) 小林洋子(p)
open 18:30 start 19:00
◆4月23日(土) 茅ヶ崎Story Ville
東海林由孝(g) 小林洋子(p) DUO
start ①19:00~ ②20:00~2ステージ入替なしMC ¥3,850
http://www.jazz-storyville.com/service1
◆4月24日(日) 町田Nica’s
光の中のジャズ:加藤崇之(g) 吉野弘志(b) 小林洋子(p)
open 13:00 / start① 14:00 ~ ② 15:15~
MC ¥3,000(ご予約¥200引)+1drink order
http://nicas.html.xdomain.jp/index.html
◆4月28日(木) 中野Sweet Rain
Tone Momentum:津上研太(as) 小林洋子(p)
open 19:00 start 19:30
MC ¥3,080 +order、学割:¥1,980+order
◆4月30日(土) 本八幡cooljojo
TEAM TUCKS:小林洋子(p) 多田誠司(as,ss,fl) 加藤真一(b) 角田健(ds)
open 14:00 start 14:30
¥3,000+order
◆5/8(日) 成城学園前cafe Beulmans
CD『10フランの幸せ』発売記念
小林洋子(p) 小美濃悠太(b) with 中牟礼貞則(g)
open 14:30 start 15:00
◆5月14日(土) 西荻窪アケタの店
小林洋子(p) 石渡明廣(g) 津上研太(as)
open 19:30 start 20:00
http://www.aketa.org/schedule.html
◆5月26日(木) 横濱エアジン
小林洋子(p) 多田誠司(as.ss.fl) 加藤真一(b) 角田健(ds)
open 18:00 start 18:30
◆5月29日(日) 国立 音楽茶屋 奏
CD『Turn Circle』(Aketa’s Disk) 発売記念
小林洋子(p) 吉野弘志(b)
open 17:00 start 18:00
https://kunitachi-music-sou.hate
◆6月10日(金) 横濱エアジン
小林洋子(p) 小美濃悠太(b)
open 18:00 start 18:30
◆6月16日(木) 関内AB smile
安藤信二(ds) 東海林由孝(g) 小林洋子(p)
open 19:00 start 19:30
https://absmile.jimdofree.com/
◆6月24日(金) 新子安しぇりる
Tone Momentum:津上研太(as) 小林洋子(p)
open 18:30 start 19:00
◆6月25日(土) 中野Sweet Rain
TEAM TUCKS:小林洋子(p) 多田誠司(as.ss.fl) 加藤真一(b) 角田健(ds)
open 19:00 start 19:30
◆7月2日(土) 新宿ピットイン
石渡明廣(g) 津上研太(as) 小林洋子(p)
open 13:30 start 14:00
◆7月12日(火) 新宿ポルカドッツ
加藤崇之(g) 小林洋子(p)
http://www.jazz-polkadots.com/
◆7月21日(木) 本八幡cooljojo
CD『10フランの幸せ』発売記念
小林洋子(p) 小美濃悠太(b) with 中牟礼貞則(g)
open 18:30 start 19:00
◆7月23日(土) 横濱エアジン
TEAM TUCKS:小林洋子(p) 多田誠司(as.ss.fl) 加藤真一(b) 角田健(ds)
open18:00 start 18:30
◆7月30日(土) 成城学園前cafe Beulmans
Tone Momentum:津上研太(as) 小林洋子(p)
open 13:00 start 13:30
【小林洋子profile】
4歳の頃よりピアノを始め、東京音楽大学ピアノ科にて、鈴木泰代氏、弘中孝氏に師事。指揮法を山本直純氏、森正氏に師事し、作曲家・三枝成彰氏のアンサンブルレッスンの専属ピアニストを務め、音楽表現の幅を広げることとなる。在学中よりJAZZ即興、作曲に興味を持つ。卒業後、ジャズピアノを辛島文雄氏に師事し、その頃より自己のTRIOを結成、オリジナル曲を中心に活動を開始する。当時、渋谷毅オーケストラ、じゃがたら、生活向上委員会大管弦楽団などで活躍中の吉田哲治氏(tp)率いるカルテットに参加。共演ミュージシャンは、古澤良治郎、外山明、村上ポンタ秀一、吉野弘志、早川岳晴、山元恭介、向井滋春、石渡明廣etc.。その後今泉裕(ss)グループ(津村和彦g 永田利樹b藤井信雄ds)にも参加。
2005年に鈴木徹大氏(g)とのDUO:B・B・STREEPにて『LITTLE THINGS Ⅱ』を発表。
2008年より同DUO を軸としてトリオ・カルテット、クインテットでの活動も始動。著書に「クラシック・イン・ジャズ」2巻・3巻(共著)、「コンテンポラリー・ジャズピアノ」3巻(共に中央アート出版)にも協力している。
2012年末、難病「音楽家のジストニア」と診断されるも、2018年7月ライヴ復帰を果たす。
2019年5月、CD『Neary Dusk』をリリース。レコーディング以降、The Third Tribe ピアノとドラムの希少なDUOにて、マンスリーライヴを敢行している。
2020年6月、初のpiano soloでのレコーディングを行う。
2020年4月に始動した津上研太(as)氏とのDUO UNIT「Tone Momentum」は、無観客ライヴ配信よりスタートする。
2020年10月21日 CD『BEYOND THE FOREST』(piano solo) がリリースされる。
2020年11月 新UNIT : TEAM TUCKS 始動。小林洋子(p) 多田誠司(as) 加藤真一(b) 角田健(ds)
2021年12月、ベーシスト吉野弘志とのDUOアルバム『Turn Circle』をアケタズ・ディスクよりリリース。(2020年1月@新宿ピットインLIVE盤)
2021年12月、横濱エアジンにて、ギタリスト中牟礼貞則氏をお迎えし、小林洋子(p) 小美濃悠太(b) ライヴレコーディング。
2022年4月6日、上記トリオ作『10フランの幸せ』をリリース。
●小林洋子オフィシャルサイト:https://www.piano-yokokobayashi-jazz.com/
