幅広い音楽性で独自のポジションを築く邦人ジャズ・ヴォーカリストのakikoと、ジャズ、クラシック、ワールド、アンビエントをカヴァーして無国籍な音世界を築くピアニストの林正樹が、初のデュオ作『spectrum』をリリースする。これまで数多くのピアニストと共演し、近年のライヴでは半数近くがピアニストとのデュオだというakikoに、新作について話を聞いた。
林正樹さんとの共演歴は?
akiko:6年くらい前に知り合いました。2016年のデビュー15周年作『Elemental Harmony』に2曲だけ参加してもらって、その時のツアーにもバンド形態で参加してもらいましたが、その他のライヴでの共演はほとんどデュオです。
レコーディング以前から林さんとデュオでライヴ活動を行っていたのですね。
akiko:はい。以前はそれぞれのオリジナルと、スタンダードを取り上げて演奏したりしていました(ただ、アレンジはとても自由でしたが)。都内でのライヴやツアーで共演を重ねていくうちに、林さんと二人で作品を作りたいと思うようになりました。
新作の制作作業に入る前の音楽家=林さんに対する印象は?
akiko:林さんはまず、本当に素晴らしいピアニスト!すごく上手なのにとても自然で、軸がしっかりしているから自由にしなれて、ピアニシモからフォルテシモまで、すべての音の一番美しい響かせ方を知っていて、音楽の微細なエネルギーまで感じとることができる人。弾かないことで、弾くことよりも多くのことを表現できる人。そしてもちろん、素晴らしい作曲家でもあります。
アルバム名『spectrum』の由来は?
akiko:⑤「Teal」のポエトリーに「light spectrum」という単語が出てくるのですが、そこから取りました。林さんと私の共通点として音楽を数学的とか科学的だな、と感じている部分があるのでこの言葉を選びましたが、「spectrum」という英語は色々な意味で使われるので、あまり意味を限定しない言葉であるというのがむしろいいな、と思いました。
アルバムは過半数がオリジナル曲です。
akiko:そもそも、林さんとのオリジナル曲を作りたいという思いがありました。林さんの書く曲がとても好きだったし、もっと楽曲と演奏が同一線上にある形でアルバム作りをしたいなと思いました。
10曲のうち6曲がご自身の作詞&林さんの作曲。それらの楽曲の作り方は?
akiko:林さんが作曲、私が作詞の曲の場合は、曲が先です。
①「Bluegray Road」や②「Humming」と、③「The Flower of Life」を比べると、意識的に歌唱スタイルを変えている印象があります。
akiko:この3曲だけではなく、それぞれに歌い方は違うと思います。歌い方、というよりは、声の出し方かな。
ガーシュウィンの④「I Loves You, Porgy」の選曲理由は?
akiko:ニーナ・シモンの歌う「I Loves You, Porgy」が素晴らしすぎて、触れられずにいた曲だったんですが、林さんとならチャレンジしてみたいなと思いました。
⑤「Teal」は唯一のpoetry reading曲です。
akiko:「Teal」では色のこと、ニュートン光学からゲーテやシュタイナーの色彩論まで、色、または光について書いています。ポエトリー・リーディングは『ワーズ』の時以来、レコーディングでもライヴでもちょくちょくやっていますが、私にとってはポエトリーと歌、どちらの場合も演奏の何らかのエネルギー(リズムとか音程ではなく)に反応して行っているという意味では、あまり差異はないんです。今回は、もともとあった林さんの曲「Teal」を聴いているうちに、この曲にポエトリー・リーディングを合わせるイマジネーションが湧いてきました。
⑥「Music Elevation」はご自身で作詞と作曲を手掛けた唯一の楽曲です。
akiko:これは元々は2003年に作って、2008年の『What’s Jazz? –Spirit』に収録した曲です。当時はエレクトロニカの曲として作ったので、トラックを吉澤はじめさんにお願いして録音しました。今回改めてこの曲を選んだのもヴィブラフォンを入れたのも、プロデューサーである林さんのアイディアです。林さんのアレンジが映える曲になったと思います。
ボサノヴァの名曲⑧「Corcovado」の選曲理由を教えてください。
akiko:選曲理由は…私も林さんもマイナー調の曲を選ぶ傾向が少なくて、アルバム全体を通して1曲くらいあってもいいかな、と思ったんです。日本人って、哀愁がある感じが好きじゃないですか。でも私は昔はそういう曲に全然興味が持てなくて、やっとここ数年です。こういう曲が、本当に心から「いいな」と思えるようになったのは。ポルトガル語で歌うことは私にとって英語よりずっとハードルが高いですが、やはりオリジナルの言語の響きにはかないませんよね。
⑨「Phantasien」はシンガーのArvin Homa Ayaとの共同作詞です。
akiko:ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』に出てくる造語です。私たちの想像でできていて、想像すればするほど大きくなって、想像をやめたらなくなってしまう世界のこと。
Arvin Homa Ayaちゃんとはこれまでも何度か歌詞を共作していて、今回はまずそれぞれが言葉をポンポン出していってそれを自由に組み合わせることで、イメージを広げながらストーリーを作っていきました。
八重山地方所縁の⑩「月ぬ美しゃ」はどのように知ったのですか?
akiko:8年くらい前に初めて石垣島をライヴで訪れた時、その夜がたまたま十三夜で、月明かりの下で石垣のある歌手の女の子が私に歌って聴かせてくれたんです(「月ぬ美しゃ」は、「月は十三夜が一番美しい」という歌詞で始まる)。それ以来、毎年石垣を訪れているんですが、なぜか私が行く時は十三夜であることが多くて、何となく縁を感じていつも歌っていました。この曲や、八重山の自然や大好きな石垣の友人たちへの思いも大切にしたくて、いつか作品として残したいな、と思っていました。
10年前のブッゲ・ヴェッセルトフト(p,el-p,syn)とのデュオ作『ワーズ』(2009年)を振り返って思うことは?
akiko:『ワーズ』は自分の作品の中でも、ちょっと特殊な作品だと思います。特にあの年(2009年)に『ワーズ』を作る前に、私はロンドンナイト・トリビュート・アルバム(『HIT PARADE』)を作っていたので、その反動というか、真逆のことをしてバランスをとっている感じでした。そういう意味では実は今回も同じで、林さんの静粛で美しい曲に歌詞を乗せるイメージをするさながら、私はテクノばかり聴いていました。不思議ですよね。ブッゲと林さんは似ているところもあるけれど、似ていないところもたくさんあるので、今回の作品も決して『ワーズ』の続編というわけではなくて、また新たな世界ができたと思っています。