2021年はコロナ禍が2年目に入ったことで、欧米では有人のジャズ・フェスティヴァルが回復傾向にあり、ジャズ専門誌も減少していたページ数が戻ってきた。日本では海外からのミュージシャンの来日公演がまだ難しい状況が続き、節目の年を迎えた国内最大級の国際ジャズ祭である《TOKYO JAZZ 20th》はブルーノート東京からの山中千尋トリオ他による無観客ライヴと、同祭のアーカイヴ動画を厚めにした回顧的4時間番組を無料配信。困難な環境の中でもミュージシャンと関係者が知恵を出しながら、時代に対応した発信に注力した1年となった。
1.アーティスト:チック・コリア
この項目はその年に最も活躍したアーティストを選出するのが通例だが、今回は世界中のジャズ・ファンに最大のインパクトを与えたという意味で、チックを選んだ。2021年2月9日に79歳で逝去。「ごく最近発見された稀な形態の癌」が死因と伝えられ、これは慌ただしい中で急逝したことだと想像できる。事実チックのFacebookでは2020年末からファンの質問に対してピアノ演奏と共に語るlivestream動画が提供され、「アーマンドズ・ルンバ」「ユーアー・エヴリシング」「スペイン」等の撮り下ろし独奏が、1月14日まで連投された。何の前触れもなく天に召されたチックだが、Chick Corea Officialは毎週情報をアップデートしており、レガシー継承の体制は堅固である。
●official website of Chick Corea: https://chickcorea.com/chick-corea/
●PJのコラム:https://pjportraitinjazz.com/column/20210215_6219/
2. ベスト・アルバム(海外):『Side-Eye NYC (V1.IV) / Pat Metheny』(BMG / Modern Recordings)
パット・メセニーは2005年リリース作『The Way Up』以降、2020年の『From The Place』まで15タイトルを制作した米Nonesuchとの契約に区切りをつけて、独BMG傘下の新興レーベルModern Recordingsへ移籍し、2021年3月に第1弾『Road To The Sun』を発表。その詳細に関してはPJで記事を公開した。
●https://pjportraitinjazz.com/news/20201231_6039/
『Side-Eye NYC (V1.IV)』は同年9月に早くも登場した第2弾で、新世代ミュージシャンを継続的に起用するプロジェクトのお披露目作。「ベター・デイズ・アヘッド」「ブライト・サイズ・ライフ」等、メセニーのお馴染みの自作曲と新曲を中心に、オーネット・コールマンの「ターンアラウンド」を加えたプログラムを、ジェイムズ・フランシーズ(p,org,syn)+マーカス・ギルモア(ds)とのトリオが演奏する内容は、ベース+ドラム=トリオの『Trio 99→00』や『Trio→Live』の現代版とも考えられて、この2020年代を見据えたメセニーの動向共々興味が募る。
●『Side-Eye NYC (V1.IV) / Pat Metheny』試聴:
3. ベスト・アルバム(発掘・未発表):『Metaphysics: The Lost Atlantic Album / Hasaan Ibn Ali』(Omnivore Recordings)
2021年度もジャズ・ファンへの恵みとなる未発表作品が世に出た。中でもビル・エヴァンス(p)・トリオの69年オランダでのスタジオ録音2CD作『Behind The Dikes』(Elemental)、
ジョン・コルトレーン・カルテットのスタジオ録音名作を、ファラオ・サンダースらが加わった拡大編成で演奏したクラブ・ライヴ『A Love Supreme: Live In Seattle』(Impulse)、
晩年のリー・モーガン(tp)が残した名ライヴの新たな完全盤8CD『The Complete Live At The Lighthouse』(Blue Note)は、歴史的に価値が高い発見と言っていい。
●PJのリー・モーガン作ニュース記事:
この項目で紹介したいのはピアニストのハサーン・イブ・アリ。かつて日本では知る人ぞ知るミュージシャンであり、リーダー作を残さなかったこともあってレコーディングでは後見人のマックス・ローチと共演した唯一の参加作『Max Roach Trio Featuring The Legendary Hasaan』(64年12月録音、Atlantic)だけが、その姿を後世に伝える音源となっていた。同作は国内外で継続的にリリースされてきたこともあって、ハサーンが忘れ去られた存在にならなかったのは幸いだった。
『Metaphysics』は『~The Legendary Hasaan』が発売された約2ヵ月後の65年8、9月に2回行われたセッションの未発表音源で構成。レコーディングの記録自体は明らかになっていたが、アルバムとして世に出るまで56年もかかったことの経緯については、PJのレヴュー記事を参照してほしい。
すべてハサーンのペンによる全10曲は常識や予定調和を突き抜けたピアノ・プレイが衝撃的であり、独創的なセンスと創造的な才能を持つ音楽家だったことを改めて伝えてくれる内容だ。
●『Metaphysics: The Lost Atlantic Album / Hasaan Ibn Ali』レヴュー記事:
なお2021年11月には、62~65年録音の未発表ソロ2CD作『Retrospect In Retirement Of Delay: The Solo Recordings』(Omnivore)が登場し、ハサーンのキャリアがさらに解明されてファンへの朗報となった。
4. ライヴ(国内):挟間美帆(07月30日@東京芸術劇場)
作編曲家として内外で高い評価を受け、2020年からオランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任している挟間美帆は、2019年に発足した東京芸術劇場主催の「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」のプロデューサー兼ミュージシャンを担い、「ガーシュインやバーンスタイン以降の優れた作品を採り上げ、さらに新作も発表するコンサート」のコンセプトのもと、これまでにシャイ・マエストロ(p)、渡辺香津美(g)をゲストに迎えて、イヴェントを前進させてきた。その第3回は自身のm_big bandおよび東京フィルハーモニー交響楽団と共に出演し、挟間の世界初演新曲「スプラッシュ・ザ・カラーズ」に因んで、曲名に色の名前が入った楽曲を集めたコンセプト・プログラムを構成した。デューク・エリントン、秋吉敏子、イヴァン・パドゥア、マリア・シュナイダー等のセットリストは、ジャズ・ビッグ・バンドの世界で生きる表現者として、歴史への敬意を示し、挟間の進化する姿を聴いたのだった。
●最新作『Imaginary Visions』(2021年)試聴:
5. ジャズ・フェスティヴァル:イースタッド・スウェーデン・ジャズ・フェスティヴァル
2017~19年まで3年連続で現地取材した《Ystad Sweden Jazz Festival》。2020年は規模を縮小した形で開催され、10公演のライヴ配信によってコロナ禍でも環境に対応した運営方法の可能性を実証した。2021年は8月4~7日の4日間の開催で、配信は2公演に限定された。私は主催者から2019年と同じように招待を受けていたのだが、コペンハーゲン空港で10日間の足止めを食うことがわかったので、泣く泣く断念し、配信の2公演のレポートをPJで執筆。音楽監督のヤン・ラングレンが困難な時代でも、前向きにジャズ祭を継続する姿勢を貫いたのは称賛されよう。2公演は現在、視聴が可能だ。
またYSJFは初の試みとして《Ystad Winter Piano Fest》を12月27、28日に開催。ヨハンナ・サマー、ニック・ベルチュ、ヤコブ・カールソン、マリアリー・パチェーコ、イーロ・ランタラ、ラングレンの6組が出演しており、これによって夏と冬の年2回のイヴェントを運営する体制になるわけで、ラングレンの手腕をさらに高めたのも収穫となった。
●《Ystad Sweden Jazz Festival 2021》記事:
●Scandinavien Jazz Orchestra meets Isabella Lundgren “Stories No One Has Heard”:
●Jan Lundgren and Georg Riedel ”Lockrop”:
6. 訃報:バリー・ハリス Barry Harris
ジュニア・マンス(p)、ドクター・ロニー・スミス(org)、ジョージ・ムラーツ、ピーター・インド(b)、チャーリー・ワッツ(ds)らが鬼籍に入った2021年。とうとうこのピアノ・マスターが逝ってしまったと痛感させられたのがバリー・ハリスの訃報だった。12月8日に米ニュージャージー州ノースバーゲンの病院でコロナウィルスによる合併症のため91歳で逝去。同じ1929年生まれにはビル・エヴァンス(~1980)、チェット・ベイカー(~1988)、ジョー・パス(~1994)、アート・テイラー(~1995)、ボブ・ブルックマイヤー(~2011)、セシル・テイラー(~2018)がおり、ハリスの長寿ぶりがわかる。しかも他界前月にはNYタウンホールでのNEAジャズ・マスター祝賀コンサートでモンク・ナンバーを演奏し、シーラ・ジョーダンと二重唱したのが最後のステージということで、晩年まで現役活動を続けた点も特筆されよう。
ハリスと言えば、モンクとパウエルを聴いて独学でジャズ・ピアノを習得し、50年代に地元デトロイトでチャーリー・パーカーと共演したキャリア初期以来、ビバップを音楽性の基盤としながら生涯を貫いた、バップ・ピアノを現在に伝える象徴的な存在だった。まだジャズ・ファンだった大学時代の81年に国内発売された『Chasin’ The Bird』(62年、Riverside)をきっかけにハリスの魅力を知ったのは、私にとって幸いだった。また私がジャズを聴き始めた70年代は、欧米日の新興レーベルが次々にジャズへ参入した状況をリアルタイムで体験していて、米Xanaduからの『Plays Tadd Dameron』や『Plays Barry Harris』を同時代の感覚で聴けたのも、ハリスに対する親近感を後押しした。
ミュージシャンばかりでなく教育者としての活動によって、同業者からも大きな尊敬を集めたハリス。その後継者に名乗りを上げるピアニストにも期待を寄せたい。
●『Chasin’ The Bird』試聴:
――7. ジャズ・ブック(海外):『Time Remembered: The Final Years of the Bill Evans Trio』(University of North Texas Press)
ジャズ・ピアノの巨星ビル・エヴァンスが1980年に51歳で永眠してから40年超。そのラスト・トリオのドラマーを務めたジョー・ラバーベラと、ジャズ評論家・ミュージシャン、チャールズ・レヴィンの共著である。エヴァンス関係の書籍としては、『How My Heart Sings』(Peter Pettinger著、1998年)と『Everything Happens To Me』(Keith Shadwick著、2002年)が双璧で、2021年に日本語版が刊行されたLaurie Verchominの『The Big Love』(2010年)はエヴァンス関係者による著書として話題を投げかけた。
『Time Remembered』はエヴァンスの生い立ちから語り起こしながら、ラバーベラが行動を共にした79~80年にフォーカス。悪癖を断てずに死期へ向かっていることを自覚していたエヴァンスの間近で日々接し、連続クラブ公演の途中で演奏ができなくなったエヴァンスを抱えて病院まで送り届けた当事者のラバーベラの執筆だけに、第一級の資料的価値が認められる。日本語の翻訳版が待たれるところだ。
8. ジャズ・シネマ:『ジョン・コルトレーン:チェイシング・トレーン』
今もなお多くのミュージシャンに影響を与え続けるサックス奏者ジョン・コルトレーン(1926~67)の生涯を描いた作品で、監督はジョン・レノンやエルヴィス・プレスリーの伝記映画を手掛けているジョン・シェインフェルド。アメリカではコルトレーンの没後50年にあたる2017年に公開され、現在はDVD / Blu-rayでも発売中。日本では生誕95年での劇場公開となった。99分の映画は多数の写真と動画、および関係者のインタヴューを組み合わせた構成で、コルトレーンと共演歴があるソニー・ロリンズ、ベニー・ゴルソン、ジミー・ヒース(sax)、マッコイ・タイナー(p)、レジー・ワークマン(b)や実息ラヴィ・コルトレーン(sax)、さらにコルトレーンに示唆を受けたウィントン・マルサリス(tp)、カルロス・サンタナ(g)やビル・クリントン元米大統領が故人の足跡を語っている。劇中では悪癖に苦しんだエピソードも出てくるが、チェット・ベイカーの映画とは異なって作品全体としては悲劇的な印象ではなく、克服後の10年間の素晴らしい音楽活動によって偉大さを再認識させてくれる内容だ。
●『Chasing Trane: The John Coltrane Documentary (Original Soundtrack)』試聴: