ピアノ、キーボードのみならずトロンボーンも武器にした演奏活動ばかりでなく、プロデュース業もこなしてマルチな才能を発揮するブライアン・カルバートソン。自身のバンドを率いた来日公演のタイミングで、単独インタヴューを行った。
これまでの来日歴は?
BC:初来日が2008年。2度目が2009年9月で、今回が3度目です。10年ぶりの日本公演になりますね。戻ってくることができて、とても嬉しいです。2008年の時はルーファスのメンバーとしてブルーノート東京に出演しました。
デビュー作『Long Night Out』(94年、Bluemoon)に関するエピソードがあれば教えてください。
BC:デビュー作は大学在学中に制作したもので、キーボード、ベース、ドラム・プログラミング、トロンボーン、ヴォーカル、そして全作曲を自分で手掛けました。それから20年後の2014年に、デビュー作の全11曲を曲順も同じく収録したカヴァー・アルバム『Another Long Night Out』をリリースしました。すべての曲をゼロから作り直したのです。リック・ブラウン(flh)、マイケル“パッチェス”スチュワート(tp)、エリック・マリエンサル(ss)、リー・リトナー、スティーヴ・ルカサー,チャック・ローブ、ラス・フリーマン(g)と、信じられないくらい豪華なミュージシャンが協力してくれました。同作は自主レーベルBCM Entertainmentからの第1弾です。
2019年発表の最新ライヴ作『Colors of Love Tour』について教えてください。
BC:ライヴ・アルバムに関しては2009年の『Live From The Inside』(GRP)と、2015年の『“Live” – 20th Anniversary Tour』(BCM Entertainment)の2枚を出しています。『Colors of Love Tour』は元々ヴィデオのための作品として企画されました。2枚組CD、ブルーレイ、2枚組CD+ブルーレイの3つの形態で作品化されています。CD+DVD作『Live From The Inside』はスタジオ・ライヴだったので、コンサート・ヴィデオとしては初めての作品になります。
『Colors of Love Tour』の選曲ポリシーは?
BC:全28曲は10タイトルのアルバムから選びました。ライヴでセットリストを組む時は、なるべく多くのアルバムから選曲するようにしていて、新曲ばかりのプログラムにもしないようにしています。コンサートの来場者は長年、私の音楽を聴いてくれているので、お気に入りの曲があります。ですのでラジオでよくかかったヒット曲を盛り込むようにしています。ファンが好きな曲を聴いてもらうことを念頭に置いています。5曲は2018年リリースの『Colors Of Love』から選曲したので、観客には新鮮だったと思います。
3幕を繋ぐ部分ではコメディアンのシンバッドが登場します。
BC:ヴィデオを観ていただければわかると思いますが、ステージにはスクリーンがあって、シンバッドは映像で登場します。ツアーの前にロサンゼルスで撮影した映像です。「ACT 1」ではロマンティックなラヴ・ソングを、「ACT 2」ではファンク・ソングを中心に選曲していて、幕の変化を映像で表現するためにシンバッドを起用。彼がコメディを演じてギターが入ったファンキーなナンバーで「ACT 2」が始まる構成にしました。「ACT 2」の終わりに、再び彼の出番があって、ラヴ・ソングの「ACT 3」に戻るわけです。3部構成のコンセプト・ショーですね。各パートは異なるスタイルを持っています。
シンバッドとはどのように知り合ったのですか?
BC:彼は大の音楽ファンで、特にファンクとジャズが好き。米国で多くのジャズ・フェスティヴァルのホストを務めています。それである時、彼がバックステージでぼくのショーを観てくれたのがきっかけです。ロサンゼルス在住という共通点もあります。2010年の『XII』(GRP)にゲスト参加してくれて、彼が入ったアルバムの1曲目「フィーリン・イット」は『Colors of Love Tour』の「ACT 2」の1曲目でもあります。
「ACT 3」の最終曲「アワ・ラヴ」はどのようなナンバーですか?
BC:『Come On Up』(2003年、Warner Bros)の収録曲ですが、同作の「セイ・ホワット?」「プレイン」「サーペンティン・ファイア」のように米国のジャズ・ラジオ局でプレイされたヒット曲ではなかった。元々はぼくが参加したスティーヴ・コール(as)の『Stay Awhile』(98年、Atlantic)に提供した楽曲です。ライヴのレパートリーとして演奏し続けるうちに、ファンから良い反応をもらって、ライヴと共に成長してきました。『“Live”- 20th Anniversary Tour』でも最終曲で演奏しています。この曲にはこんなエピソードがあります。韓国のステージでアンコールに演奏すると、観客が「our love, our love」と歌い始めたのです。何故そうなったのかはわかりません。日本のファンがそれを知っているかどうかは別として、今夜のステージでも演奏しますよ。
アルバム・デビューから今年で25年。音楽性の変化はありましたか?
BC:初期の音楽性はジャズ・フュージョンでした。それがスムース・ジャズ寄りになり、さらにR&B色が加わった後、数作品を経て『Bringing Back The Funk』 (2008年、GRP)でファンク色が強くなりました。このアルバムを作った理由は、ラスベガスでプリンス(vo,g)に出会ったからで、本当に素晴らしい体験の夜になりました。翌朝、目が覚めた時、「ファンクCDを作りたい!」と思ったのです。これは大きな転機でした。ジャズとファンクを組み合わせた作品をファンが喜んでくれるかはわかりませんでしたが。そして『XII』ではブライアン・マックナイト、ケニー・ラティモア、フェイス・エヴァンスらのヴォーカリストを迎えて、R&B寄りの音作りをしています
キャリアで変わらない部分とは?
BC:変わらないのはピアノ・スタイル。ファンは最初の音を聴いただけで、ぼくだとわかるそうですよ。ライヴではローランドを使っていますが、スタジオ・レコーディングではアコースティック・ピアノを演奏しています。他のピアニストとは同じ音にならないようなプレイを心掛けています。例えばデヴィッド・サンボーン(as)の演奏を聴けば、すぐに彼だとわかりますよね。ぼくはピアノでそうあるべきだと思っています。どのアルバムでもピアノ・サウンドが一定であるように制作してきました。少なくとも過去10枚のスタジオ・アルバムについては、そう言えますね。ライヴではバンド・サウンドとのバランスの問題があるので、アコースティック・ピアノを上手に使うのはなかなか難しい。
アルバム・デビュー25周年の今年、特別なイヴェントの予定はありますか?
BC:特にありません。何故なら特別企画は20周年作の『Another Long Night Out』だったからです。次に企画するとしたら、5年後の30周年記念でしょうね(笑)。
(2019年3月19日、ビルボードライブ東京にて取材)
■ブライアン・カルバートソン Brian Culbertson
1973年、米イリノイ州ディケーター生まれのキーボード等のマルチ奏者。8歳でピアノを始め、12歳までにトロンボーン、ドラム等も演奏。アース・ウィンド&ファイア、タワー・オブ・パワー。デヴィッド・サンボーン等の70年代の音楽に影響を受け、作曲にも取り組む。94年に『Long Night Out』でデビュー。20タイトル近いオリジナル・アルバムを発表しており、ジャズ以外ではマイケル・マクドナルド、レディシ、バリー・マニロウ、ナタリー・コール、モーリス・ホワイト(vo)といったポップス~ソウル畑のミュージシャンと共演。受賞歴はアメリカン・スムース・ジャズ賞、オアシス・スムース・ジャズ賞、カナディアン・スムース・ジャズ賞など。2012年に「Napa Valley Jazz Getaway」を立ち上げ、ワイン、音楽、ライフスタイルの体験を提唱する同祭の芸術監督として活動を継続している。
●artist’s website: http://www.brianculbertson.com/
●Napa Valley Jazz Getaway:
●取材協力:インパートメント