2018年もジャズ界では様々な出来事があり、話題を呼んだ。ここでは印象的な10項目を選んで、それぞれを解説しながら、実り豊かだったこの1年を振り返ってみたい。
1.アーティスト:フレッド・ハーシュ
今年は2017年ベルギー録音のトリオ作『Live In Europe』と、発掘作『Fred Hersch Trio ’97@The Village Vanguard』(Palmetto)がリリースされ、前者は2019年2月10日に受賞者が発表される第61回グラミー賞で、《ベスト・インプロバイズド・ジャズ・ソロ》と《ベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム》の2部門にノミネートされた(授賞式は2019年2月10日にLAのステイプルズセンターで開催)。
2月の来日ソロ公演も深い感銘を与えてくれた。
2.アルバム(海外):『ラ・フェニーチェ/キース・ジャレット』(ECM)
2006年イタリア・ヴェネツィアのオペラ・ハウスとして著名なフェニーチェ劇場でのソロ・コンサート。この年にキースが残した音源は本作が初めてのアルバム化であり、公演のほぼ全容をとらえた点でも価値がある。キースは3月に98年録音のトリオ作『アフター・ザ・フォール』を発表しており、今年2枚の新作が届けられたのはファンへの朗報だった。
その一方で、3月のカーネギー・ホール以降、年内の全公演をキャンセルしたことで、健康状態が心配されている。慢性疲労症候群の治療のための休養生活から98年末に復帰して以来、毎年継続してきたライヴ活動は、2018年に途絶えたこととなる。
3.アルバム(国内):『nuage ~ニュアージュ~/木住野佳子』(YYM)
90年代のアルバム・デビュー後はコンスタントに作品を重ねてきた邦人女性ピアニストの代表格による3年ぶり、20枚目の新作。近年、仕事とプライヴェートで訪れる機会が増えたヨーロッパでの経験を作曲のモチーフとして、トリオ+1の編成で世界観を構築。“木住野節”と呼んでいいメロディとピアノ演奏からは、常に表現美を追求してきた姿勢が感じられる。
4.クラブ・ライヴ:アリルド・アンデルセン・トリオ+小曽根真(03月29日@ブルーノート東京)
アルバム・デビューから10年になるノルウェーの重鎮ベーシスト率いるトリオが、《東京JAZZ 2010》以来の来日。2年前からアメリカとノルウェーで共演実績がある小曽根(p)が、このタイミングで招聘を実現させた熱意を買いたい。そしてハーモニー楽器がないトリオにピアノが加わったことで、ベース+ドラムのピアノ・トリオの場面も生まれて、パオロ・ヴィナッチャ(ds)を含めたメンバーの魅力も表出。80年代のゲイリー・バートン(vib)・グループで小曽根と同僚だったトミー・スミス(ts)は、独学で習得した尺八も披露し、この特別共演の価値を高めた。
5.ホール・コンサート:アヴィシャイ・コーエン&ボーヒュスレーン・ビッグ・バンド(08月03日@Ystad Sweden Jazz Festival)
Photo by Hiroki Sugita
昨年に続き、芸術監督のヤン・ラングレン(p)が主催するスウェーデンの5日間のジャズ祭を取材。メイン会場である400席の劇場で3日目の最終ステージに登場したのは、イスラエル出身のECMレコーディング・アーティストであるコーエン(tp)と、スウェーデンの代表的楽団の初共演だった。同祭独自企画はコーエンのレパートリーを本人と楽団員らのアレンジを使用して演奏する内容で、マイルス・デイヴィス(tp)&ギル・エヴァンス(arr)を想起させる仕事ぶりを発見できたのが収穫。このライヴが現地で放送されたこともあって、2019年もプロジェクトを継続することが決まったとのことだ。
6.訃報:ロイ・ハーグローヴ、アレサ・フランクリン、ナンシー・ウィルソン
「ジャズジャパン」で「世界のニュース」を担当している関係で、今年も毎月のように訃報記事を書いた。多くの悲しみが届いた中で、特に印象的だったのが3名。
ロイ・ハーグローヴは元気印のイメージだっただけに、49歳の死去は若過ぎた。
“ソウル・ディーヴァ”アレサ・フランクリンの永眠は、実はジャズとも関係があったキャリアが浮き彫りになって、改めて歌手としての偉大さを実感したのだった。
キャノンボール・アダレイ、チック・コリア、ラムゼイ・ルイス、クルセイダーズとの共演作でも魅力を発揮したナンシー・ウィルソンは、日本とも所縁が深かった。
7.ジャズ・マガジン:「Jazz Perspective Vol.17」
ジャズ・ウェブサイトであるPJがジャズ誌を紹介してもいいのではないか、ということで選出。創刊号以来、私がレギュラーで執筆してきた同誌は、毎回編集長との編集会議で内容を決めている。最新号の特集「ECM 50周年前夜」では私が10数本の項目を提案して、12本を執筆した。
8.ジャズ・ブック:『The History of European Jazz』
日本では主にマニアックなファンが好んで聴いていたヨーロッパのジャズが、より広いリスナーを獲得し始めたのは、2000年代に入ってからだった。以来20年近くが経ち、遂に決定版と言うべき著作が発刊。ヨーロッパ・ジャズ・ネットワークの全面協力のもと、各国の事情に精通する最適の執筆者が寄稿しており、742ページの大著は資料的価値も文句なし。今後ヨーロピアン・ジャズに関する第一級のリファレンスとして、世界中で活用されるはずだ。
9.トピックス①:還暦記念『月刊藤井郷子』
海外公演も頻繁に行い、精力的な活動を続ける藤井(p,compose)は、今年で満60歳を迎えることを記念して、1月から12月まで毎月1タイトルの新作をリリースするという、前例のないプロジェクトに取り組み、無事に完遂。ソロ、デュオ、トリオ、コンボ、オーケストラと、様々な編成を運営する藤井だからこそ可能な企画を通じて、改めて存在感を示した。
10.トピックス②:PJ portrait in jazzが創設
2017年12月に本格始動した本ウェブサイトは、丸1年を迎えて他のジャズサイトとは一線を画す、独自のポジションを確立。ジャズ・ファンと内外のジャズ関係者から共に好評を得ており、読者に有益な情報を発信するプラットフォームとして、今後もますます重要性が高まっていくことは間違いない。