今年で50歳という人生の節目を迎えたデンマーク人ベーシストのクリス・ミン・ドーキー(b,el-b)が、新作『トランスパレンシー』の国内リリースのタイミングに合わせて来日。同作や現在のトリオについて、話を聞いた。
現在のトリオを結成したのはいつですか?
CMD:2015年です。“ニュー・ノルディック・ジャズ”(以下NNJ)という新しいプロジェクトは私が北欧出身のミュージシャンであることを証明することが始めた理由。だから共演者は北欧のミュージシャンが不可欠だし、北欧での経験に根差した要素を作曲に反映することも必要でした。そのためにアメリカの伝統的なハーモニーや、グレート・アメリカン・ソングブック的なスウィング感を取り除いて、北欧的なものに集中すると決めたのです。そこでピーター・ローゼンダール(p)とヨナス・ヨハンセン(ds)に声を掛けました。
ピアニスト、ピーター・ローゼンダールの好きなところは?
CMD:第一に優れたミュージシャンであること。ジャズの伝統を強力に身につけています。ピーターと出会ったのは、私がフランク・シナトラ財団とコラボレートしていた時で、バレエ音楽のためにシナトラの曲を演奏したグループのピアニストでした。私たちはすぐにアメリカン・ジャズを通じて親しい関係を作りました。私は数多くの偉大なピアニストと共演してきましたが、彼の即興演奏のスタイルは、他のピアニストとまったく異なっています。デンマークと北欧のテイストの持ち主であり、共演中に私の演奏をとてもよく聴いているのです。彼と私はアメリカの伝統と北欧の伝統の両方を兼ね備えているので、ジャズの精神で北欧らしい演奏ができるわけです。
ドラマー、ヨナス・ヨハンセンの好きなところは?
CMD:ヨナスのことは私が15歳でベースを始める前から知っていました。当時すでに彼はデンマークで自分自身を確立していたので。私はジャズ・クラブのハウス・ベーシストを務め、そこで彼と共演関係になりました。それ以来、数多く共演。北欧の伝統的音楽に強く根差していると同時に、世界中のあらゆるリズムに精通しています。ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセン(b)やイリーヌ・イリアス(p,vo)を始め、様々なミュージシャンと共演歴も豊富。ドラムのグルーヴ感が強力ですね。
前作『ニュー・ノルディック・ジャズ』(2015年発売)のアルバム・コンセプトは?
CMD:『ニュー・ノルディック・ジャズ』はこのトリオで制作した最初のアルバムで、私の個人的なアルバムとも言えます。私はこれまでの人生の半分をアメリカで過ごしました。18歳でニューヨークに移住しましたが、当時の私はまだ無名で、路上で演奏していました。その頃に私を発見してくれたのがマイク・スターン(g)。それでアメリカでの本格的なキャリアをスタートさせることができました。最初の数年間は多くの人々が私をアメリカ人だと思っていましたが、気にしていませんでした。でも年を重ねるにしたがって、「私はデンマーク人の母親とベトナム人の父親から生まれたデンマーク育ち」であることを説明するようにしたのです。母国の自然や食事について話すと、困惑する人もいましたが。私が最も影響を受けた音楽家であるマイルス・デイヴィス(tp)が、こう言っていました。「自分が演奏したいことを言葉で表せるのなら、演奏する必要はない」。同じように私が北欧人として存在することを、言葉では表せません。だからそれを音楽で表現しようと思ったのです。サウンド、ハーモニー、メロディのすべてを、自分が育った北欧的なものを基本として、曲を書きました。インプロヴィゼーションやジャズの精神は強くグローバルなものですが、ジャズの精神を表現するフォームは演奏者の文化的背景に負います。私はアメリカでの生活が長かったので、私のジャズはアメリカの文化を反映していました。でもデンマーク文化に基づいた音楽をやりたいと思ったのです。
『ニュー・ノルディック・ジャズ』の命名理由は?
CMD:一般的に“ノルディック・ジャズ”と言うと、60年代のヤン・ヨハンソン(p)や、スウェーデンの作品、あるいはそれ以前の時代の作品を連想するでしょう。それで私が実際に北欧の文化に基づく演奏をしてみたら、「あー、これだ」と思えた。だから“ニュー・ノルディック・ジャズ”と名付けたのです。前作のレコーディングの前に数多くのコンサートをこなし、良い感触を得ていました。北欧的な音楽経験という意味で、前作はNNJの第1章になります。
ピアノ・トリオにおいて、古い北欧ジャズと新しい北欧ジャズの違いとは?
CMD:これは私の個人的な意見だと断ってお話します。古い北欧ジャズは伝統的でビバップに近い。私はメロディがとても北欧的なヤン・ヨハンソンが大好きです。ただヨハンソン・グループの演奏スタイル、ハーモニー、インプロヴィゼーションはアメリカの伝統的なジャズを吸収したもの。新しい北欧ジャズは、より強くフォーク・ミュージックの影響を受けています。NNJはクラシックのトリオにおけるチェロのように、ベースがより前面に出ています。北欧ジャズの進化形ですね。
前作がリリースされた後の活動について教えてください。
CMD:私はNNJと並んで、アメリカ時代の古い友人たちであるディーン・ブラウン(g)、ジョージ・ウィッティ(key)、デイヴ・ウェックル(ds)と組んだエレクトリック・ノマズでも活動しています。ファンク&フュージョン寄りのエレクトリック・バンドです。以前はこのバンドの活動で忙しかったけれど、2017年から18年のライヴ活動のほとんどはNNJに費やして、2018年はノマズを休みました。NNJの需要が多かったこともあるし、実際に演奏していて楽しいというのもあります。もちろん今後ノマズの活動も再開しますよ。
新作『トランスパレンシー』のアルバム・コンセプトとは?
CMD:第1章である前作は北欧に存在する自然界の側面をNNJが表現。「風」「光」「海」といった楽曲を収録しました。新作のアルバム名が意味する“透明性”は北欧人の生活スタイルの特徴であり、建築物にも当てはまります。私たちが作る音楽にも透明性があります。音楽における透明性を表現したい、ということが私の意図です。曲名に「父」「母」、「兄弟」「姉妹」、「息子」「娘」といった男女を示す言葉を使ったのは、人間関係の距離感を通じた透明性に着目したからで、その関係性が近い家族を取り上げました。
大半が自作曲のプログラムにあって唯一のカヴァー曲⑤「ソーム」について教えてください。
CMD:オーレ・シュミット作曲の「Vor Herre Tager De Sma I Favn」をアレンジして即興演奏を加えました。多くのデンマーク人に親しまれて、教会で歌われる楽曲。私のお気に入りのメロディです。
⑧「シスター」ではカリンバのような音が聴こえます。
CMD:おっしゃる通りで、この曲ではカリンバを使用しています。演奏しているのはヨナス。北欧ではなくアフリカの楽器を入れたのは、何か別のメロディを加えたいと思ったからです。
他のオススメ曲を教えてください。
CMD:④「ファーザー」は私にとって大きな意味がある曲です。ベトナム在住の父親の近くにいた時に作曲したのですが、レコーディング後に父は他界しました。この曲は父のベトナム~フランス~デンマークの遍歴を表現しています。
レコーディング時のエピソードは?
CMD:23年間のアメリカでの生活を経てコペンハーゲンに移った今、犬を飼っていて、どこにでも連れて行っています。レコーディングの時もいっしょで、スタジオの中を歩き回ったり、マイクの匂いをかいだりと、時々中断させられたりしましたね(苦笑)。コペンハーゲンのヴィレッジ・スタジオはジョン・レノンが「ウーマン」を録音したのと同じリヴァーブ・ユニットを兼備していました。
新作を通じてリスナーに伝えたいことは?
CMD:北欧的な経験を伝えたいです。食事や観光以上に、自然に根差した体験になると思います。
楽器はヤマハのサイレント・ベースを使用されています。
CMD:1999年から楽器の開発に携わっていました。楽器が完成したのは2000年です。私にとってはアコースティック・ベースと同じ感覚で演奏できるのが大きな魅力です。他の類似の楽器を試しましたが、ヤマハほどのアコースティック・サウンドを得ることはできませんでした。またアコースティック・ベース以上に多彩な演奏が可能なのもサイレント・ベースの魅力です。ノマズにはエレクトリック・ギターのマイク・スターンがいるので、バランス良く大きな音も出せます。飛行機の移動でも苦渋していたので、この楽器は幸いでした。
デンマークの有名な食器メーカーと提携されたそうですね。
CMD:2016年にロイヤル・コペンハーゲンのフィーチャード・アーティストに選ばれ、昨年ミュージック・マスターを拝命。他の3人のアーティストとのコラボレーションで、作曲を依頼されました。ファッション・デザイナー、グラフィック・デザイナー、バレエ・ダンサーの3人です。デンマーク語で“花”を意味する“blomst”という名前のディナーウェアのためのプロジェクトで、花が咲く美しさをイメージしています。楽曲は9分間の「レボレイション」で、同じフィーチャード・アーティストにインスパイアされて作曲。花と音楽には共通点があると思っていて、花は咲いて散るものですが、その様子や香りは記憶に残る。音楽も音は発せられて消えるけれど、人々の心に刻まれます。去年、日本のロイヤル・コペンハーゲンでパフォーマンスを行いました。
今後のスケジュールについて教えてください。
CMD:デンマークの教会からミサ曲を委嘱されていて、残りの作曲を仕上げます。またヤマハUSAの仕事で渡米。11月と来年の1~3月はNNJでヨーロッパ・ツアー。3~4月はマイク・スターンとツアー。5月はバレエとのコラボレーションでフランク・シナトラ・プロジェクト。今年の12月に時間の余裕があれば、なければ来年の4~5月にNNJの第3作のレコーディングを行いたいですね。
(2019年9月2日、三井ガーデンホテルプレミア銀座にて取材)
■取材協力・モノクロ写真提供:インパートメント