2010年代の最後の年となった2019年も、様々な出来事が話題を呼んだ。前回と同じく、今回も10項目から代表的な作品等を選出。それぞれにコメントを加えて1年間の収穫が何だったのかを振り返ってみたい。
1.アーティスト:チック・コリア
半世紀にわたってジャズ・シーンをリードしてきた鍵盤奏者は、昨年もレコーディングとライヴの両輪で精力的な活動を行った。アルバムに関してはChick Corea & Spanish Heart Band名義の『Antidote』(Concord)をリリース。1970年代に生まれた自作代表曲「スペイン」や『マイ・スパニッシュ・ハート』でスペインとの親和性を打ち出してきたチックが、同国のミュージシャンを起用した新バンドは、自身の音楽性の一つをクローズアップした成果と言える。PJで紹介した記事はこちら:
ライヴ活動に関しては、8月31日と9月1日の《東京JAZZ》で、NHKホール公演の最終ステージを務めたことが象徴的だった。30年前に結成したアコースティック・バンドとエレクトリック・バンドがその場所に立ったのは、リバイバルではなく各メンバーが別の活動を通じて価値と経験を高めたフィードバックが、大役に適任だったからに他ならない。PJではこの時の来日について記事化した。
●アルバム試聴
https://open.spotify.com/album/2fM4QCvifFnt0h9aYsNETv
2.ベスト・アルバム(海外):『Secret Between The Shadow And The Soul / Branford Marsalis』(Okeh)
ソロ・キャリアが40年近くになるブランフォードは、毎回の力作によって現代テナー奏者最高峰であることを再確認させてきた。カ-ト・エリング(vo)との共演作『Upward Spiral』以来3年ぶりとなる本作も、そのルールは不変。以前から作品を通じてキース・ジャレットへのシンパシーを表明したブランフォードが、今回はヨーロピアン・カルテットの74年作『ビロンギング』収録曲「ザ・ワインドアップ」をアグレッシヴにカヴァー。
●アルバム試聴
https://open.spotify.com/album/21Jrn9lGRwkXZyFz2bJjaf
3.アルバム(邦人):『Spectrum/上原ひろみ』(Telarc)
アンソニー・ジャクソン(b)+サイモン・フィリップス(ds)とのトリオに、2016年作『Spark』で区切りをつけた上原が、エドマール・カスタネーダ(harp)とのデュオを経た最新作は、2009年の『プレイス・トゥ・ビー』以来10年ぶりとなるソロ・アルバム。デイブ・ブルーベック曲やジョージ・ガーシュウィン曲にアレンジを加えて、巧みに取り入れたセンスが光る。
●アルバム試聴
https://open.spotify.com/album/6nWNBeeFpGrFEu9CDeZJbH
4.クラブ・ライヴ:ヴィジェイ・アイヤー・トリオ(05月29日@丸の内コットンクラブ)
ヴィジェイ・アイヤーは2000年代初頭からウォッチしてきて、インタヴューもしているピアニスト。この日はライヴ・レポートの執筆を前提にしていなかったのだが、観聴きした音楽から刺激を受けてPJに執筆した次第だ。
5.ホール・コンサート:上原ひろみ(12月14日@すみだトリフォニーホール)
アンソニー・ジャクソンの健康問題のため、トリオに終止符を打った上原が次に取り組んだエドマール・カスタネーダとのデュオ・プロジェクトは、単発的な印象を抱いた。その2年後に至ったのがソロだったのは、ピアニストとしての原点を確認する意味もあったのかと想像。最新ソロ作『Spectrum』発表記念の本ステージは、上原がしばしば椅子から腰を浮かせて弾く様子がキース・ジャレットを想起させたセカンド・セットの1曲目が白眉。
6.訃報:ミシェル・ルグラン
ジョアン・ジルベルト(g,vo)、ジョセフ・ジャーマン(sax)、クローラ・ブライアント(tp)、ハロルド・メイバーン、ラリー・ウィリス、リチャード・ワイアンズ(p)、デイヴ・サミュエルズ(vib,marimba)、ジェフ・アンドリュース(b)ら、2019年も歴史に名を残したミュージシャンがこの世を去った。その中でも特に印象的だったのが、フランス人のミシェル・ルグランだ。ルグランは映画音楽の作曲家と、ジャズ・ピアニストという二つの顔を持ち、しかもどちらの分野でも一流であり続けたのが偉大だと思う。訃報に接して、PJに追悼記事を書いている。
7.ジャズ・マガジン:「Jazzwise」2019年2月号
「Jazzwise」は1997年に創刊され、現在ではイギリスはもちろんのこと、ヨーロッパを代表する英語ジャズ月刊誌の地位を確立。日本のジャズ誌の感覚で言えば、取り上げるディスク・レヴューの早さが特色で、新譜に関連したインタヴュー記事も充実している。この2019年2月号は表紙を飾るRymdenを、4ページで特集。ブッゲ・ヴェッセルトフト(p,key)、ダン・ベルグルンド(b)、マグナス・オストロム(ds)からなる北欧のスーパー・トリオの誕生について知ることができる内容だ。デビュー作『Reflections & Odysseys』を発表した彼らが10月に来日した際に、インタヴューをした時には、この記事を読んだ上で新しい質問項目を考えるのに役立った。
●アルバム試聴
https://open.spotify.com/album/0Yk2RLOdIZ7lgaTuTMiXD7
8.ジャズ・ブック:『Jazz From Detroit』
アメリカ中西部ミシガン州の最大の都市であるデトロイトは、自動車産業が盛んなモーターシティとして知られるが、数多くのジャズ・ミュージシャンを輩出してきたことも特色とする。マーク・ストライカー著、ミシガン大学出版局刊の本書はカーティス・フラー(tb)、トミー・フラナガン(p)、ケニー・バレル(g)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)ら所縁のミュージシャンを紹介しながら、デトロイト・ジャズの伝統が、この都市の永続的な文化的影響の強力なシンボルであることを浮き彫りにする内容。
●『Jazzmen Detroit』試聴
https://open.spotify.com/album/7nKEVsok89LlitClr0BabH
9.トピックス①: ECM Records創立50周年
1969年にドイツで創設されたECMが大きな節目を迎えたことに関連して、リイシュー・シリーズ『ECM 50 Touchstones』をリリース。ヨーロッパ、アメリカ、日本のメディアで特集記事が組まれたり、記念公演が開催されるなど、世界的な祝賀ムードが高まった。一時も停滞することなく高いレヴェルの制作姿勢を保ちながら前進し続けて、類例のないレーベル・カラ-を確立した偉業は広く認識されるべきだ。
●『Selected Signs I – An ECM Anthology』試聴
https://open.spotify.com/album/6i0usxrvyWoAUo1iOSLQvW
10.トピックス②:デジタル・プラットフォームの普及
ほんの5年前に誰が現在の音楽環境を予想していただろうか。日本でApple Music、Google Play Music、Spotifyのサービスが始まったのは、2015~16年。それからわずか数年間で音楽の聴き方が変わり、ライフスタイルに革新的な変化をもたらしたことになる。PJでもSpotifyに結び付けて読者の利便性を図っており、これは聴きたい時にすぐに聴ける理想の実現だと言えよう。その一方で作品データやパーソネル、ライナーノーツ、アートワークはユーザーが自主的に調べる必要があるわけで、この点にこのジャンルにおける未来の鍵が潜んでいる。