フランス音楽界が誇る巨匠作曲家にしてジャズ・ピアニストとしても長年活躍したミシェル・ルグランが、1月26日に仏パリの自宅で永眠した。享年86。
まず私がジャズ・ビギナーの時に好きになった3枚のアルバムを紹介したい。マイルス・デイヴィスの関連作ということで、最初に視界に入ったのが『ルグラン・ジャズ』(Columbia)。マイルス(tp)、ジョン・コルトレーン(ts)、フィル・ウッズ(as)、ビル・エヴァンス(p)と、当時すでに魅力を知っていたミュージシャンを含むオールスターズが参加した、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、ジョン・ルイス、ジャンゴ・ラインハルトらのジャズメン・オリジナル集だ。もう40年も前のことなので克明には覚えていないのだが、例えば1曲目のファッツ・ウォーラー作曲「ジターバグ・ワルツ」は、大編成をバックにソロをとるマイルスの雄姿に、私の中で新たな魅力が書き加えられたのだと思う。
いま評論家として再び聴くと、気になるのがマイルス関係の参加メンバー。同曲の録音は58年6月25日で、コルトレーン、エヴァンス、ポール・チェンバース(b)はその直前のマイルス作『マイルストーンズ』『1958マイルス』の参加実績を刻んでいた。当時26歳のルグランが新婚旅行を兼ねてアメリカを訪れた中で制作されたNY録音。「シェルブールの雨傘」を始めとする代表作を60年代に生む前のタイミング。54年作『アイ・ラヴ・パリ』の大ヒットがきっかけとなって実現したルグランの、若き才人ぶりを再認識したい。

サウンドトラックを担当した映画『華麗なる賭け』がアカデミー賞最優秀楽曲賞に輝いた60年代。ジャズ・アルバムの代表作と言えば『シェリーズ・マン・ホール』(68年、Verve)だ。映画の仕事でハリウッドに滞在した時にレコーディングで顔を合わせたシェリー・マン(ds)の誘いを受けて、やはり同サントラ参加者だったレイ・ブラウン(b)とのトリオを結成し、マンが経営するクラブに出演。ルグランにとって初めてのライヴ作となった。
当時の事情はブラウンとマンのコメントを盛り込んだレナード・フェザーの原盤ライナーノーツに詳しい。1回のリハーサルだけで十分だったのは、本番に臨めば良い成果が得られるとの3人の共通認識があったから。全8曲中、4曲が3人の共作とクレジットされたブルースやフリー・インプロヴィゼーションであるのは、名曲のカヴァーにとどまらない創造的な音楽を目指した企図を感じさせる。
オープニング曲「ザ・グランド・ブラウン・マン」を皮切りとする自由で奔放なピアノ演奏は、観客を前にしたのが久しぶりとは思えないほど。ブラウンとマンの好演も特筆されるものだ。
今、私のライブラリにある米国盤LPは、銀色のエンボス加工が施されており(下記左)、CDではデザインをわかりやすくするためLP裏ジャケットのイメージが採用された(下記右)。

グラミー賞〈Best Jazz Performance, Big Band〉を受賞(75年)したフィル・ウッズとのオーケストラ作『Images』や、やはりウッズが活躍するコンボ作『Live At Jimmy’s』(以上RCA)が生まれた70年代。私がリアルタイムで聴いた新譜が、79年発表の『Le Jazz Grand』(Gryphon)だ。
LPのA面は23分にわたる映画音楽の組曲。“片面聴き”が普通の音楽の聴き方だった時代に親しんだ私にとって、本作の美味処はB面にある。
B①「La Pasionaria」(「とけい草」)はフィーチャリング・プレイヤーのウッズ(as)のエモ-ショナルなプレイが痛快な3分40秒。グラディ・テイト(ds)を含むビッグ・バンドと対比させるルグランのアレンジも秀逸。TV番組のジングルとしてしばしば使用されており、多くの人々が無意識のうちに聴いている曲だ。 B②「Malagan Stew」はジェリー・マリガン(bs)のソロがたっぷりと味わえる趣向で、これは50年代の西海岸ジャズ時代以降のリーダー作とは異なる魅力が表れている。個人的に繋がったのは80年発表のマリガン・オーケストラ作『Walk On The Water』との共通点だった。

ここからは本稿のボーナストラック。ルグランの楽曲に親しむにつけ、数多くの作詞家クレジットに「Alan & Marilyn Bergman」のクレジットを見かけるようになった。そしてルグランの楽曲がインストばかりでなくヴォーカル曲としても魅力的であることを、多くの作品を通じて知ることとなる。
58年の結婚以降、ソングライター・チームとしてコラボ仕事を続けてきたバーグマン夫妻は、後に明らかになったようにルグランに最大級の貢献をした作詞家だった。これを伏線としてバーグマンが自分の中でクローズアップされたのが、2007年発表作『Lyrically』(Verve)である。

ティル・ブレナー(tp)、クリスチャン・マクブライド(b)、ジェフ・ハミルトン(ds)を擁したバンドをバックに、アランが歌声を聴かせるセルフ・カヴァー作。厳選された全13曲で、ルグラン曲は「The Windmills Of Your Mind」(「風のささやき」)、「The Summer Knows」(「おもいでの夏」)、「What Are You Doing The Rest Of Your Life」(「これからの人生」)、「How Do You Keep The Music Playing」(「君に捧げるメロディ」)と、最多の4曲がエントリーした。作曲家ミシェル・ルグランの魅力が世界中に広まる上で、バーグマン夫妻が書いた示唆に富んだ詩的な世界が、ルグランの音楽と最良のマリアージュを示したことは論を待たない。ちなみにビル・エヴァンス(p)が好んで吹き込んだルグラン・ナンバー「I Will Say Goodbye」「You Must Believe In Spring」の作詞者も、バーグマン夫妻であった。
