東京・神田神保町と言えば、私が80年代によく通った喫茶店「響」(1964~93)がジャズのメッカとして高い知名度を誇っていた。この名店が30年の歴史に幕を下ろした時、心にぽっかりと穴が空いてしまった人々がどれだけ大勢いたことかと思う。あれから四半世紀の間、この街には新しいジャズ・カフェやライヴ・ハウス、レコード・ショップが生まれ、ビギナーから業界人まで、数多くのジャズ好きを引き寄せ続けている。
今回紹介するお店が、利用したことのない人々も含めて昔から“ジンゲキ”の愛称で知られるパチスロ店・人生劇場の至近、と言えば、神保町民ならおおよその位置をイメージできるはずだ。間口の狭いエレベーター乗り場から4Fに上がると、すぐに目の前に現れるアディロンダックカフェは、ここにこのような空間があったのかと、初めて訪れる者に驚きを与えてくれる。
開業は2008年。店主の滝沢理さん(65)はジャズ喫茶や有線放送といった音楽関係の仕事を経て、76年にアメリカへ移住。西海岸を振り出しに東へと進み、ニュ-ヨークに定着して、料理人の仕事と並行して日本への通販のためにレコード・ディーラーにも従事した。20年間の米国生活に区切りをつけて95年に帰国し、現在の店舗から九段下寄りの立地にレコード店「アディロンダック」を開業する。貴重なオリジナル盤や廃盤を扱うレコード店として、ジャズ・ファンとコレクターに知名度を広めた。
レコード店の閉店と同年に場所を移してカフェとしてスタートしたお店は、ニューヨークの州立公園にその名前が由来しており、同地に在住した滝沢さんの想いがウッディな内装にも表現されている。お店の魅力はポスターやジャケット、ミュージシャンの写真が店内を覆うようにディスプレイされたインテリアと、総数4000枚にのぼるLP&CDライブラリー。ジャズ喫茶としては後発組ながら、廃盤レコードのアーカイヴCDがこの店を先発店との差別化を図る上での強力な武器になっている。
「ヴォーカルや録音状態の良いヨーロッパのアルバムを選曲することを心掛けています」(滝沢さん)。
ジャズのお店を営業していることで、業界の関係者が頻繁に訪れることは私も知っている。本稿の取材中にも、来年初めてジャズの飲食店を開業するというシニアの男性が来店した。これは話好きで親しみやすい滝沢さんのお人柄に負うところが大きいと思う。お店に出演させてくれないか、とのミュージシャンからの問い合わせがきっかけとなって、ライヴも開催。これまでに同店のステージから『トプシー/板谷大』(2013年)、『ドキシー/続木力』(2016年)、『サニー/土田晴信』(2018年)の3タイトルをCDリリース。6月12日(火)には土田晴信(org)トリオが再び出演する。
https://ameblo.jp/adirondackcafe/
ご夫妻でお店を切り盛りしながら、今年で開業10周年を迎えたアディロンダックカフェ。「心地良く音楽が楽しめて、お酒が飲める場所。そんな店作りをモットーにしています」。
確かにジャズ好きには堪らないほど、居心地のいい空間である。