PJの「KEITH JARRETT」では折々の情報や新作レヴューなどを掲載してきたが、いよいよディスコグラフィーをスタートさせる。私はこれまで「スイングジャーナル」と「ジャズ批評」(共に1996年)に、キースの完全ディスコグラフィーを寄稿した。今回はリーダー作と参加作を合わせた時系列の連番で並べる通例のスタイルではなく、まずクラシックを除くリーダー作にフォーカスして、半世紀を超えるレコーディング・キャリアを浮き彫りにしたい。定期的に10タイトルをアップする、連載のような形で進める予定だ。
<1> LIFE BETWEEN THE EXIT SIGNS / KEITH JARRETT (Vortex ST2006)
■Keith Jarrett(p) Charlie Haden(b) Paul Motian(ds) 1967.5.4, NYC.
①Lisbon Stomp ②Love No. 1 ③Love No. 2 ④Everything I Love ⑤Margot ⑥Long Time Gone ⑦Life Between The Exit Signs ⑧Church Dreams
チャールズ・ロイド・カルテット在団中、22歳の誕生日の4日前に録音した初リーダー作。アメリカン・カルテットとして活動することになるヘイデン&モチアンとトリオを組み、70年代に展開する音楽的方向性を示唆しているのが興味深い。1曲を除くすべてをキースの自作曲で固め、フリー・ジャズの語法を発揮した①、美旋律バラード②、当時の夫人に捧げたバラード⑤、オーネット・コールマンの作風に通じる⑥等、早くも作曲家の才能が開花。『人生の二つの扉』の邦題も意味深だ。
<2> RESTORATION RUIN / KEITH JARRETT (Vortex 2008)
■Keith Jarrett(vo,g,hmca,ss,recorder,p,org,el-b,ds,tambourine,sistra) unidentified string quartet(①③⑤⑨) 1968.3.12, NYC
①Restoration Ruin ②All Right ③For You And Me ④Have A Real Time ⑤Sioux City Sue New ⑥You’re Fortunate ⑦Fire And Rain ⑧Now He Knows Better ⑨Wonders ⑩Where Are You Going
マルチ楽器奏者のワン・マン作としては、85年の『スピリッツ』や86年の『ノー・エンド』の原点に位置づけられるが、作風はかなり異なる。その最大の理由は全曲で歌っていること。ジェイムス・テイラーのような耳心地のいい歌唱と演奏は、アメリカン・フォーク・ミュージックに近い世界で、22歳のキースが子供時代からの自身の音楽体験を踏まえて、商業的目的を無視して制作したのだとしたら、これほど痛快なこともない。CD化された時は、すべてのキース・ファンが喜んだに違いない。
<3> SOMEWHERE BEFORE / KEITH JARRETT TRIO (Vortex 2012 / Atlantic 8808)
■Keith Jarrett(p,ss,recorder) Charlie Haden(b) Paul Motian(ds) 1968.10.30, Hollywood,CA
③Moving Soon ④Somewhere Before ⑤New Rag ⑥A Moment For Tears
■same personnel. 1968.10.31
①My Back Pages ②Pretty Ballad ⑦Pout’s Over (And The Day’s Not Through) ⑧Dedicated To You ⑨Old Rag
デビュー作のトリオが翌年、西海岸の名店に出演。キース曲を中心に2曲のカヴァーを選曲。そのうちの1曲であるボブ・ディランの①がオープニング・ナンバーであることと合わせて、本作の評価を決定づける代表曲となった。後年スタンダード・トリオの先駆け楽曲としての評価も獲得。しかし注目すべきはその先で、集団即興演奏の③は70年代のアメリカン・カルテットの音楽性が、すでにこの3人の間で醸成されていたことを今に伝える。スタンダード・トリオが83年のファースト・セッションの次にライヴ作を発表したこととも符合する作品。
<4> FOUNDATIONS / KEITH JARRETT ANTHOLOGY (Rhino R2 71583)
■Jim Pepper(ts) Keith Jarrett(p) Steve Swallow(b) Bob Moses(ds) 1968, NYC
Disc-1①Smoke Gets In Your Eyes
リーダー作に加えてチャールズ・ロイドやゲイリー・バートンとのAtlantic音源、さらに66年のジャズ・メッセンジャーズLimelight作からも選曲した94年リリースの2枚組。ビル・ドビンズ(p)による長文のライナーノーツも価値ある編集ボックスに、1曲の未発表音源が含まれていた。キースの他作にはない顔ぶれのカルテットが演奏したスタンダード曲は意外過ぎる。テナー&ピアノのデュオで始まり、ピアノ・ソロが続く正攻法が逆に興味をそそる。
<5> GARY BURTON & KEITH JARRETT (Atlantic SD 1577)
■Gary Burton(vib) Keith Jarrett(p,el-p,ss) Sam Brown(g) Steve Swallow(b) Bill Goodwin(ds) 1970.7.23, NYC
①Grow Your Own ②Moonchild / In Your Quiet Place ③Como En Vietnam ④Fortune Smiles ⑤The Raven Speaks
マイルス・デイヴィス・グループ在団中に実現した企画作。現在までのキャリアでヴィブラフォン奏者との共演が極めて少ないことと、③を除く全曲をキースが提供したことからも、本人の熱量がうかがえる。フォーク~ロックに対するセンスが近いことをお互いに認めていたことが、作品を成功へと導いたのではないだろうか。バートンとのデュオで40年以上の歴史を築くことになるチック・コリアよりも先に、キースが共同名義作を制作したのも重要で、②の冒頭のデュオは彼らならでは。
<6> RUTA AND DAITYA / KEITH JARRETT – JACK DeJOHNETTE (ECM 1021)
■Keith Jarrett(p,el-p,org,fl) Jack DeJohnette(per) 1971.5, Hollywood,CA.
①Overture / Communion ②Ruta + Daitya ③All We Got ④Sounds Of Peru / Submergence / Awakening ⑤Algeria ⑥You Know, You Know ⑦Pastel Morning
マイルス・グループで米西海岸を訪れた時に、バンド・メイトのディジョネットとスタジオ入りし、それぞれの自作と2人の共作を吹き込んだデュオ作で、ECMが音源を買い取って73年にリリース。同グループでの活動を通じて、キースが電気鍵盤の個性的な使い手になっていたことを物語る。フルートを吹きながら声を出すアグレッシヴな序盤が、ピアノにスイッチするとソロ・コンサートを想起させる展開へと変化する②が興味深い。ジャケットはオリジナル・デザイン(上)が、CD化でタイポグラフィー(下)に変更された。
<7> THE MOURNING OF A STAR / KEITH JARRETT (Atlantic SD 1596)
■Keith Jarrett(p,ss,steel ds,congas) Charlie Haden(bass,steel ds) Paul Motian(ds,steel ds,congas) 1971.7.8, NYC.
③Standing Outside ⑧Traces Of You
■same personnel. 1971.7.9
①Follow The Crooked Path (Though It Be Longer) ④Everything That Lives Laments ⑥Trust ⑦All I Want ⑨The Mourning Of A Star ⑪Sympathy
■same personnel, 1971.7.16
②Interlude No. 3
■same personnel, 1971.8.23.
⑤Interlude No. 1 ⑩Interlude No. 2
Atlanticの傍系Vortexを振り出しに、バートンとのデュオ作でレーベルが昇格。71年7月のマラソン・セッションからは3タイトルが世に出ており、『流星』の邦題がついた本作はトリオの演奏を集めた第1弾。注目すべきは同日にアメリカン・カルテットの録音も行われたことで、パーカッションの使用と合わせてトリオでありながら同カルテットに通じる気配が漂っているのが特徴。同カルテットが75年の『ミステリーズ』に収録する④は、キースとヘイデンに共通する音楽性が内省的で幻想的な雰囲気を醸し出しており、両者が深く結びついていることを示す。唯一のカヴァー曲⑦は作曲者のジョニ・ミッチェル『ブルー』の収録曲で、同作の発売からわずか1ヵ月後に録音したことも見逃せない。
<8> EL JUICIO (THE JUDGEMENT) / KEITH JARRETT (Atlantic SD 1673)
■Keith Jarrett(p,ss,steel ds,congas) 1971.7.8, NYC
③Pardon My Rags .
■Dewey Redman(ts) Keith Jarrett(p,ss,steel ds,congas) Charlie Haden(bass,steel ds) Paul Motian(ds,steel ds,congas) same date.
④Pre-Judgement Atmosphere
■same personnel, 1971.7.9
⑤El Juicio
■same personnel, 1971.7.15
①Gypsy Moth ⑥Piece For Ornette (long version)
■same personnel. 1971.7.16
②Toll Road ⑦Piece For Ornette (short version)
71年7月のAtlanticセッションは5年間にわたって活動することになるアメリカン・カルテットの初録音を含んでいた。2タイトルのうち、本作は品番では2番目だが、ディスコグラフィー上は先。全7曲はすべてキースのオリジナルで、②のようにレッドマンのテナーとキースのソプラノによるダブル・サックスで、他のチームには求められない個性的なハーモニーを奏でるのがユニットの魅力の一つ。9分超の⑥はオーネット・コールマン・グループ出身のレッドマンとヘイデンの存在が価値を高め、キース流ハーモロディックスの世界を現出する。邦題『最後の審判』。
<9> BIRTH / KEITH JARRETT (Atlantic SD 1617)
■Dewey Redman(ts,Chinese musette,bells,vo,per,cl) Keith Jarrett(p,ss,steel ds,recorder,vo,banjo) Charlie Haden(bass,steel ds,conga,clappers) Paul Motian(ds,steel ds,bells,per) 1971.7.15, NYC
①Birth ⑥Remorse
■same personnel. 1971.7.16
②Mortgage On My Soul (Wah-Wah) ③Spirit ⑤Forget Your Memories (And They’ll Remember You)
■Redman(cl) Jarrett(p) same date
④Markings
赤文字のサイケデリックなロゴがあしらわれたアルバム・カバーの本作(邦題『誕生』)は、アメリカン・カルテットの第1作であることが作品名の由来と考えられるが、当時キースの第一子で長男のガブリエルが誕生したことも重ね合わせたのかもしれない。6曲はすべてキースのオリジナルで、②のような電気的に増幅したベース・サウンド導入したトラックもある。チャイニーズ・ミュゼット、リコーダー、スチール・ドラム、鈴の音が絡み合い、お経とも呪文ともつかないヴォイスも加わってミステリアスな世界を現出する③は、キースの神秘主義的な嗜好を反映した、アメリカン・カルテットの真骨頂だ。
<10> EXPECTATIONS / KEITH JARRETT (Columbia KG 31580 / Columbia/Legacy CK-46866)
■Keith Jarrett(p) + strings, 1971.9-10, NY
①Vision
■add Sam Brown(g) Charlie Haden(b)
⑪There Is A Road (God’s River)
■omit Brown. add Paul Motian(ds)
⑤Expectations
■omit strings. add Brown(g) Airto Moreira(per)
③The Magician In You
■same personnel. Jarrett(p,ss,tambourine)
⑥Take Me Back
■add Dewey Redman(ts). Jarrett(ss)
⑦The Circular Letter (For J.K.)
■same personnel. Jarrett(p,ss)
⑨Sundance
■omit Brown. Jarrett(p,ss,tambourine)
⑩Bring Back The Time When (If)
■add brass section. Redman(ts,cowbell)
②Common Mama
■omit Redman. add Brown(g). Jarrett(p,org,tambourine)
⑧Nomads
■Jarrett(p,ss) Redman(ts) Haden(b) Motian(ds)
④Roussillon
3部作でAtlanticとの契約を終了したキースは、当時在団中のボスであるマイルス・デイヴィスと同じCBSへ録音。キースにとって初のLP2枚組はすべて自作曲を揃え、アメリカン・カルテットの3人や『ゲイリー・バートン&キース・ジャレット』のサム・ブラウン、マイルス・バンドの同僚アイアート、さらにブラスとストリングスも加わって、迸る才能を多角的にとらえた趣。メロディ・メイカーとしての魅力が味わえる③、現代音楽的な作風の先駆けとなった⑤、劇的な展開が後期アメリカン・カルテットの原型とも言える⑧、インタープレイが爆発する⑩等、ヴァラエティ豊かなトラックが満載だ。