本サイトの「NEWS」欄で既報のように、ヨーロッパのトップ・レーベルである独ECMが昨年11月にストリーミング・サービスを開始した。それに伴って斯界大手のSpotifyが、ECM作品の配信を取り扱っている。Spotifyは2006年にスウェーデンで創業。2008年にサービスが始まると、一気にヨーロッパでユーザーが広がり、フィジカルからデジタルへの音楽の聴き方の変化を急加速させた。日本では2016年にサービスを開始し、昨年のテレビCM出稿と無料サービスにより、ユーザーを拡大中だ。
Spotifyにログインして「Keith Jarrett」のアルバムを検索すると、ECMのほぼすべてのみならず60年代のVortexや70年代のImpulse、CBS盤もリストアップされて、嬉しくなる。「プレイリスト」では何と200件がヒットして、世界のマニアックなキース・ファンがここに集まっていることが明らかだ。それらの中から本稿で取り上げるのが、ECMのオフィシャルなプレイリスト。類例のコンピレーションCDでは、85年の『Works』と2002年の2枚組『Selected Recordings』の実績がある。
ではCD以上に収録時間の制限がない配信では、どのような選曲がなされたのか。内容は全32曲、計約4時間半という大盤振る舞いで、ECMでのキャリアをほぼカヴァーする視点が感じられる。スタンダーズ・トリオの『イエスタデイズ』からの①でスタートすると、『アット・ザ・ブルーノート』からの②③、NYタウン・ホールでの『ザ・キュア』(邦題『ボディ・アンド・ソウル』)からの④、『サムホエア』からの⑤と、まず最初の5曲をトリオで固めて“All about Keith Jarrett on ECM”の導入編としたコンセプトが共感を呼ぶ。
2015年発表作『クリエイション』からの⑥、81年録音作『ヨーロピアン・コンサート』からの⑦、東京公演の『ダーク・インターヴァルズ』収録曲⑧⑨、2016年発表作『ア・マルティテュード・オブ・エンジェルズ』からの⑩⑪と、以上6曲はソロ・コンサートの音源。活動期間としては最も長いキャリアの柱をここに持ってきた。
次に続くのはヨーロピアン・カルテットで、『マイ・ソング』収録の人気曲⑫⑬、『ヌード・アンツ』(邦題『サンシャイン・ソング』)からの⑭、発掘音源作『スリーパー』からの⑮がエントリー。アルバム名『ヌード~』の由来となった「ニュー・ダンス」を同作からではなく『スリーパー』から選曲した理由は、⑭が『スリーパー』未収録曲であるための措置ではないだろうか。
折り返し地点の⑯⑰にはチャーリー・ヘイデン(b)とのデュオ作『ラスト・ダンス』から選曲。次の⑱はヤン・ガルバレク(sax)+ヘイデン(b)+ストリングスとの『アーバー・ジーナ』(邦題『ブルー・モーメント』)からの27分47秒で、穏やかなサウンドのトラックは⑯⑰からの良い流れを作っている。
ファースト・トリオの2014年公式発売作『ハンブルク ‘72』から、初出のアメリカン・カルテット作『ミステリーズ』(75年、Impulse)に先立つ記録となった⑲を置き、続いてアメリカン・カルテット作『アイズ・オブ・ザ・ハート』(邦題『心の瞳』)収録の⑳を並べた曲順も秀逸。しかも⑳は曲の途中で舞台から下がったデューイ・レッドマン(ts)が予定の場面になっても戻らなかったため、キースが執拗にヴァンプを続けたという、いわくつきのライヴ音源で、選曲者のマニアックなセンスが好ましい。同名ハープシコード作からの㉑㉒、マルチ・プレイヤーの本領を発揮した㉓㉔、バロックオルガンによる即興演奏の㉕、アルヴォ・ペルト『タブラ・ラサ』で1曲だけ参加したギドン・クレメール(vln)とのデュオ曲㉖、現代音楽のオリジナル・コンポジション作『ブリッジ・オブ・ライト』からの㉗と、ジャズを超えて溢れ出るキースの才能がさらに展開。終盤はショスタコーヴィッチの『前奏曲集』からの㉗㉘、サミュエル・バーバーに挑んだ2015年発掘作からの㉜と、クラシック音楽でも残してきた素晴らしい成果も収める。原曲の美しさを浮き彫りにするのがキースのクラシック作品の特徴と言えるが、その点で燃え上がるピアノ・プレイを体感させてくれる㉜は、最終曲に相応しい。(杉田宏樹)