1960~80年代のFMラジオの放送音源を続々とCD化しているHi Hatから、キース・ジャレットの新譜が届いた。2016年リリースの『Solo Performance, New York ’75』に続く第2弾は、初期のスタンダーズをとらえたライヴだ。83年1月のスタジオ録音3部作を皮切りに、その後30年以上もの歴史を重ねることになるゲイリー・ピーコック+ジャック・ディジョネットとのトリオは、83年9月1日にデビュー作『スタンダーズ Vol.1』を発表した直後の9月6日から11日までの6日間、ニューヨーク“ヴィレッジ・ヴァンガード”に出演。これをお披露目公演とするも、その後の年内から84年のキースのライヴ活動はソロが中心となり、次のトリオ公演が実現したのは同年12月18日、カナダ・トロントのマッセイ・ホールだった。トリオの公式ライヴ・アルバム第1弾は85年7月2日の『星影のステラ』なので、それ以前の録音として価値がある。
『スタンダーズ Vol.2』からの「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー」は、イントロがピアノ独奏で、終盤に長めの独奏が入ってそのまま終わる構成。ディジョネットはブラシを途中でスティックに持ち替える。ECM盤に比べるとベースの音圧が強く、そのため聴き慣れたトリオ・サウンドとは異なる印象を受ける向きもいるかもしれない。キース自作曲「ソー・テンダー」は同じく『Vol.2』ヴァージョンのスローなピアノ・イントロが無く、トリオの合奏テーマでスタート。キースが声を出しながら奔放なソロを取れば、ディジョネットもワイルドにプレイし、スタジオ録音よりもライヴらしい仕上がりだ。
多くのファンが初来日ステージのビデオ作品『スタンダーズ・ライヴ85』を通じて知ったキースの自作曲「ライダー」は、83年のヴァンガード公演でも披露していたレパートリー。来日公演よりも約2分長く、16分近い演奏なのだが、その理由はややテンポが遅いことにあると思える。つまりライヴで取り上げるに従ってテンポが速くなったのが『ライヴ85』だ、とも言えるだろう。ピアノ・バンプからドラム・ソロに進み、エンド・テーマに至る流れは同作と同様。ところがその後にキースが独奏で新しいメロディのアウトロをつけると、その曲調に合わせてゲイリー&ジャックがエンディングを締めるのは、見事と言うほかない。合計約33分。
86年10月にトリオは2度目のジャパン・ツアーで全国12回公演を行い、キースの日本公演歴における観客動員数20万人を達成する。10月20日、仙台電力ホールでのライヴはNHK-FMでオンエアーされた。ライヴ第2作『枯葉』から3ヵ月後のタイミングであり、6日後のツアー最終日を収めた映像作『スタンダーズII』と重複するのは1曲のみ。
女性の日本語ナレーションから想像するに、NHK仙台放送局の制作番組が音源の可能性がある。「星影のステラ」は前述の同名作収録ヴァージョンとはまったく異なるピアノのテーマ・ステイトメントであることに驚く。ベース・ソロに続くピアノの展開部では、キースの声がよく出ている。「レイト・ラメント」は初来日映像作のヴァージョンとは印象が変わっていて、やはりライヴを重ねた結果だと思う。
『Vol.1』の1曲目に入っていた「ザ・ミーニング・オブ・ザ・ブルース」は、ビル・エヴァンス『ポートレイト・イン・ジャズ』の2曲目「枯葉」の前哨戦的な位置づけだった「降っても晴れても」に似た役割とは異なり、緊張感や切迫感を帯びていない。「あなたと夜と音楽と」は『枯葉』ヴァージョンよりもアグレッシヴで、全員のノリに乗った演奏が痛快。息詰まるドラムとの小節交換で、キースが「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」を引用する珍しい場面も。「アイ・リメンバー・クリフォード」はピアノのカデンツァを含むキースの演奏に、クリフォード・ブラウンと作曲者ベニー・ゴルソンを踏まえたモダン・ジャズへのトリビュートが滲む。以上約46分。
「キーボード」86年9月号のキース・インタビューを再録したブックレットも有用。40~50年代のエアチェック作がモダン・ジャズ史を作ってきたことを考えると、本作が後世に伝える情報は決して少なくないと感じる。