「ビルの演奏は私にとって、メロディの一つ一つに美しさを見い出すことができて、熟練した技巧、驚くべき知性、絶対に間違えのないハーモニー理論、そして外見からうかがえる音楽への執念の、完璧な組み合わせなのです。ビルはすべてを音楽に捧げ、自分自身を優先したことはありませんでした」――ドン・トンプソンが本作に寄せたコメントからは、61年に初めて友人が聴かせてくれた『ポートレイト・イン・ジャズ』の「枯葉」でエヴァンスを知って以来、「彼のいない自分の人生など考えられない」と言わしめるほどの、深い敬愛の念が伝わってくる。
本作はカナダのトップ・ベーシスト、ニール・スウェインソン、およびビル・エヴァンスのラスト・トリオのドラマーを務めたジョー・ラバーベラとのトンプソン・トリオを核に、サックスのパット・ラバーベラが加わったカルテットの4曲と合わせて2本柱にした構成だ。パットはマイルス・デイヴィス・セクステットの「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」(58年)で初めてエヴァンスに感銘を受けて、個人的な親交も持った。他界後には実弟ジョー、やはりラスト・トリオのベーシストであるマーク・ジョンソンと組んで、ライヴを行った経験があり、トリビュート作に取り組んだ必然的理由が感じられる。
「スパルタカス 愛のテーマ」(『自己との対話』、『ホワッツ・ニュー』)はピアノ独奏~ベースとのデュオ~トリオと、静かな雰囲気を保ちながら音を重ねてゆき、中盤からピアノの主旋律で展開。エンディングに至る流れはあくまでスムーズで、心地良さに包んでくれる。繊細なブラシ・ワークにラスト・トリオが重なるのは私だけではあるまい。「サム・アザー・タイム」(『エヴリバディ・ディグス』、『ワルツ・フォー・デビイ』)は、シングル・ノートだけではなく、意識的にコード・ワークを盛り込んだと思えるトンプソンの演奏に、エヴァンスへの憧憬が滲む。「ヴェリー・アーリー」(『ムーン・ビームス』、『モントルーII』)はライヴ・レパートリーにするにつれ、エヴァンスはスピードを増したが、ここではピアノ・イントロで原曲を尊重。そしてトリオの展開部でテンポ感を加えて新たな生命力を打ち出す。ラスト・トリオのレパートリーでピアノとの小節交換をするジョーの脳裏に浮かんだものは何だったのだろうか。同じく晩年のエヴァンスが好んで選曲した「ライク・サムワン・イン・ラヴ」(『ターン・アウト・ザ・スターズ』)は、息をのむほど美しいピアノ・イントロにいきなり魅了されてしまう。エンディングに61年版の「ワルツ・フォー・デビイ」を重ねたのも“技あり”。その「ワルツ~」はエヴァンス・ヴァージョンの魅力を踏襲したピアノ&ベース・イントロで始まると、トリオに移行してからはトンプソンが自由にイマジネーションを展開するプレイが楽しい。ブラシからスティックに持ち替え、再びブラシで締めるジョーも好演。
エヴァンスはサックスとの共演作もいくつか残しているので、カルテット曲も興味をひく。「ザ・ピーコックス」(『バット・ビューティフル』、『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』)は作曲者のジミー・ロウルズとスタン・ゲッツの同名作収録デュオが名高いが、パットもじっくりと楽曲の世界に没入。エンディングのロング・トーンまで、味わい深い仕上がりだ。「マイ・ベルズ」(『インタープレイ・セッションズ』)はソプラノによるテーマと先発ソロで趣向を変えると、ピアノ・ソロを挟んで穏やかに落着する。「ユー・マスト~」はピアノ独奏で幕を開けると、エヴァンス・ヴァージョンで印象的だったベース・ソロではなく、テナー・ソロにリレー。ピアノはメランコリックなテイストを保ちながらも、エヴァンスとは異なるアプローチを聴かせる。曲調がそうさせたのか、ここでのジョーはゲッツ譲りのトーンで巨星への思慕を表明。「ディトゥア・アヘッド」(『ワルツ~』)はエヴァンスの公式作にはカルテットでの録音が残されていないこともあり、エヴァンス・ヴァージョンに縛られることなくパット・カルテットのハートウォーミングな持ち味が発揮されている。
全11曲のうち最後の2曲はトリオ&カルテットの本編に対するボーナス・トラックと呼べそうなもの。「ドリーム・ジプシー」はピアノ&テナー・デュオで、エヴァンスが残したヴァージョンはたったの1枚。ジム・ホール(g)とのデュオ作『アンダーカレント』だ。このマニアックな選曲にあって、トンプソンのピアノ・ソロ・パートには、70年代のFantasy盤のエヴァンスが生き写しになる。最終曲のソロ・ピアノ曲「ダニー・ボーイ」はエヴァンス逝去の翌81年発表の発掘音源作『イージー・トゥ・ラヴ』(米国盤は『Conception』)で日の目を見ており、やはりソロ演奏だった。トンプソンの優美なピアノ・サウンドがじんわりと心に染み入り、心地良い余韻を残す。没後38年に生まれたエヴァンス・トリビュートの秀作である。
- ①Love Theme From “Spartacus” ②The Peacocks ③Some Other Time ④Very Early⑤My Bells ⑥Like Someone In Love ⑦You Must Believe In Spring ⑧Waltz For Debby ⑨Detour Ahead ⑩Dream Gypsy ⑪Danny Boy
- Don Thompson(p) Pat La Barbera(②⑦⑨⑩:ts,⑤:ss) Neil Swainson(b) Joe La Barbera(ds) 2017.10.20,21, Toronto
- Five Stars Records FSY-518