ピアニスト、チック・コリアがノルウェー中部の都市トロンハイムのジャズ・オーケストラと初めて共演したのは2000年7月。同国で最も長い歴史を誇る《モルデ・ジャズ祭》の企画によるステージだった。その時の音源は2006年に『Live In Molde』(MNJ)としてCD化され、私はそのノルウェー盤をチックのウェブサイトからの通信販売で同年4月に購入。5ヵ月後の9月には《東京JAZZ》出演のタイミングに合わせて国内盤が登場した。
トロンハイム・ジャズ・オーケストラ(TJO)はこれまでにジョシュア・レッドマン(ts)、マリウス・ネセット(ts)、クリスティアン・ヴァルムルー(p)といった内外のミュージシャンとの共演作を世に出しており、ノルウェー屈指の大編成集団との評価が高まっている。2006年の《東京JAZZ》ではホーン・セクションが横一列のスタンディングで演奏。初対面の観客に新鮮な衝撃と感動を与えた。チックとはたびたび再共演を果たしており、近年ではチックの生誕75周年を祝った2016年、ブルーノートNYでの連続公演のステージに立っている。
前作から12年を経てリリースされたチック&TJOの第2弾となる本作は、2010年10月に行われたノルウェーとスウェーデンのツアー音源で構成されたもの。2000年のモルデ公演に当たって、同祭からチックの楽曲のアレンジと指揮を委嘱されたアーランド・スコムスヴォールが、引き続き重責を担った。
選曲に関しては前作が「クリスタル・サイレンス」「マトリックス」「スペイン」「アルマンドズ・ルンバ」等、60~70年代の代表曲が中心だったのに対して、本作は有名曲をアルバム・タイトル・ナンバーだけにとどめ、「チルドレンズ・ソング」を点在させる構成を特色とする。「チルドレンズ・ソング」とは『クリスタル・サイレンス』『マイ・スパニッシュ・ハート』『デルファイ1』等、70年代の作品で公開した連作小品で、83年録音の『チルドレンズ・ソングス』(ECM)で全20曲が集大成されている。
Chick Corea with Trondheim Jazz Orchestra / Photo by Arne B. Rostad
ここで興味が湧くのは、2010年のツアーのセットリストだ。毎回一部の楽曲を入れ替えたことは想像に難くなく、本作未収録の「チルドレンズ・ソング」を演奏した可能性も否定できない。公演を行った8年前に本作の選曲を想定していたとは考えづらいので、前作とは趣を変えたアルバム・コンセプトの結果なのだと思う。
唯一の2001年録音のスコムスヴォール曲を①に採用したのは、アルバムの序章に相応しい曲調であることに加え、2000年7月の前作から7ヵ月後にオスロ・コンサートホールで演奏した音源をCDの形に記録したい気持ちがあったのではないか。チックがリズミカルにプレイすると、ソプラノサックスが激しく継投する②で、巨匠と楽団の踏み込んだ関係を表明。『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(72年)でフローラ・プリムが歌った③を、オリジナル・ヴァージョンにとらわれずに小刻みなサックスやスキャットで、大胆に風景を変えてしまったり、「チルドレンズ・ソング」のNo.1とNo.4を再構成した④で、ホーンズの揺れ動きを示した後にファンには馴染みあるメロディが現れるなど、巧みな編曲に感嘆。2000年の初共演で、チックが独創的で創造的だと高く評価したスコムスヴォールの才能と手腕が本作でも発揮されていたことが証明された。
「スペイン」のイントロだった「アランフェス協奏曲」をそれだけ取り出して、『フレンズ』(78年)にも収録された「チルドレンズ・ソング No.5」と結び付けた最終曲⑨は、意外すぎるエンディングにスコムスヴォールの主張を感じる。多種多様なプロジェクトを並行するチックにとって、通常のビッグ・バンドとも異なる他に例のない北欧出身大編成との共演は越境であることを含めて特別。派手さがない点でも、前作に対するカウンター・アルバムとしてマニアックに楽しめる要素が満載だ。