1980年代に鮮烈なデビュー作を放ち、現在までデンマークのトップ・ピアニストとして活躍するニルス・ラン・ドーキー。88年以降、来日公演を重ねて、2017年にはデビー・スレッジ(vo)を迎えたバンドでブルーノート東京に出演。リーダー作は欧米原盤の国内ライセンス盤ばかりでなく、2000年代には日本企画の欧州各国シリーズが登場するなど、親日家ぶりを示してきた。
今回の新作『リヴァー・オブ・タイム』は2017年の来日直前に国内盤が発売された『インプロヴィゼーション・オン・ライフ』(Inner Adventures→Rambling Records)以来の新譜で、メンバーは前作と同じトビアス・ダル(b)+ニクラス・バルデレベン(ds)とのトリオだ。トリオのパートナーについて、前回の来日で私がインタヴューした時のニルスのコメントを紹介しよう。
「2016年に私が気に入っているコペンハーゲン在住の若手スウェーデン人ピアニスト、カラ・ブリックマンが、私が同地で経営する“ザ・スタンダード・ジャズ・クラブ”に出演した時のメンバーが、双子のトビアス&ニコライ・ダル(ds)でした。そこで彼らの才能を発見し、旧知のアルヴィン・クイーン(ds)が地元にやって来た時に、トビアスを交えたトリオでセッションを行ったところ、アルヴィンも才能を認めて、昨年6月にこの3人のライヴを企画。9月から10月に約40回の共演を重ねたことで、トビアスの実力を実感しました。ニクラスは2009年に地元のクラブで偶然聴いたのがきっかけです。とても印象的な演奏だったので、ジャム・セッションでの共演を提案。良い手応えが得られて、ドラマーとしての技術的な才能ばかりでなく、ジャズの伝統にしっかりと根差しているセンスも感じました。私自身が伝統的なジャズ・スタイルでキャリアを始めていて、ニクラスにも同様の資質が認められたことも、彼を気に入った理由です」。
新作の内容に話を進める前に触れておきたいのは、本作がデジタルのみの販売と配信であることだ。CDとLPのリリースは無し。デジタル限定はニルスの過去作で前例がある。2012年リリースの『Copenhagen Jazz Festival 2012』がそれで、マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』の全5曲を曲順に演奏したプロジェクト。メンバーは当時のレギュラーだったジョナサン・ブレマー(b)+バーデレーベンとのトリオに、フラヴィオ・ボルトロ(tp)、ジェシー・デイヴィス(as)、リック・マーギッツァ(ts)が加わった、同作だけでしか聴けないセクステットだった。
デジタルに関して、ニルスのウェブサイトに以下のような文章が掲載されている。「この頃(2015~16年)までに、古いフィジカルCD市場は正式に機能しなくなり、ニルスは以前ほどレコーディング・スタジオで時間を過ごすことがなくなった。何十年もの間LPとCDのセールスが音楽業界の柱だったのに代わって、ライヴ・コンサートが再び主要な推進力となった。結果として、一部のジャズ・プレーヤーは、ポップやロック・ミュージシャンよりもずっと多くのライヴを経験していたため、機会の急増に繋がった。2015年は306回、2016年は276回のショーによって、ピアニスト=ニルスにとって最も忙しい2年となった」。
前作がニルスの自作と、ノラ・ジョーンズ、プリンス等のカヴァー曲の半数ずつだったのに対して、新作は全曲ニルスのオリジナル。全曲自作のアルバムと言うと、ランディ・ブレッカー(tp)、ジョン・アバークロンビー(g)、ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルソン(b)ら豪華メンバーが参加した91年作『フレンドシップ』(Milestone)以来であり、トリオ作に限定すれば意外にも今作が初めてとなる。ニルスが特別な思いを持ちながら制作に取り組んだことは間違いない。
①はピアノ&ベースのユニゾンが印象的なテーマでスタート。鉄琴やボンゴのような音も入れながら、ピアノ・ソロでは速弾きも加えて楽想を膨らませる。ダルのベース・ソロからはデンマーク繋がりでペデルセンを想起。ピアノ&ベースのリピート・フレーズとドラムの対比パートを挟んで、再びスパイスを加えたテーマに戻る流れは、一定のリズム・パターンが通奏低音的な効果を生んでいて、見逃せない。注目すべきタイトル曲②はバルデレベンがブラシでリズムをキープ。ピアノの優美でメランコリックなメロディは、現代欧州ピアノ・トリオを特徴づける魅力を体現しており、ラーシュ・ヤンソンの作曲センスに通じるものを感じさせる。ニルス・ファンならリズミカルなピアノ・イントロだけで、らしさを発見するはずだ。
ニルスが本作に盛り込んだアイデアの一つが、2曲のデュオ。タンバリン・ソロで始まる⑤はピアノと躍動的に合奏を展開する構成で、シンプルな曲調から生命力が溢れている。バルデレベンは時折ハイハットも使いながら、タンバリンで完奏。見事に着地する2人のエネルギッシュなプレイは、提案したのがバルデレベンだったとしても最終的にドラムではない得意楽器でのデュオをニルスが決めたわけで、これは正解だ。ダルとの⑥は対照的なバラードで、ピアノ独奏を皮切りにベースが加わって、静かな音の会話を続ける。ダルについて、「実際の共演期間よりもずっと長くいっしょに演奏している感覚がありますね」とニルスが語ったのは、90年代の2枚のペデルセン盤を含めてニルスが交流したことと、前述のベーシストとしての特徴の関連性も考えられる。
本編最後の⑧のピアノ・イントロも、やはりニルスのキャラクターが色濃い。それはテーマに続くブリッジの部分も同様。再度引き合いに出すと、ラーシュ・ランソンの「ホープ」(1999年)が“希望”をイメージさせるバラードだったことを踏まえると、「ホープ2020」はニルスが提唱する新時代のメッセージではないだろうか。最後にボーナス・トラック風に3曲のRadio Editが入ったのも、ファンには嬉しい。デジタル・プラットフォームの普及によって、音楽へのアクセスが格段に容易になった今、広く聴かれるべき作品である。
【作品情報】 River Of Time / Niels Lan Doky
■①Pink Buddha ②River of Time ③Greasy Sauce ④Sita’s Mood ⑤Are You Coming With Me? ⑥World Peace ⑦Houellebecq ⑧Hope 2020 ⑨Pink Buddha (Radio Edit) ⑩Are You Coming With Me? (Radio Edit) ⑪Hope 2020 (Radio Edit)
■Niels Lan Doky(p) Tobias Dall(b) Niclas Bardeleben(ds,per) (c)2020
■Inner Adventures
●全曲試聴:https://open.spotify.com/album/7nntsgAKLCV2RcymoU96J4
●artist’s website: https://www.nielslandoky.com/