米テキサス州ダラスを拠点に活動するレトロ・ジャズ・ヴォーカリスト、ローラ・エインズワースは、トミー・ドーシー楽団に在籍し、エラ・フィッルジェラルドやトニー・ベネット、メル・トーメを助演したサックス奏者のビリーを父に持ち、少女時代からジャズに親しんだ。
独学でピアノを身につけ、ハイスクールでは合奏団に参加。長じてCMジングルの制作会社で作詞の仕事に就きながら、女優として舞台出演を経験。脚本、演出面でも才能を発揮した。ローラが夫や友人たちと貴重な時代もののレコードを聴いていた時に、それらの楽曲がいつしか忘れられてしまうことに気づき、父の演奏で慣れ親しんできた音楽を守るために一念発起。ジャズ・ヴォーカリストのキャリアをスタートさせることを決意した、というのがデビュー作までのプロフィールである。
Keep It To Yourself / Laura Ainsworth
■①Keep It To Yourself ②While The Music Plays On ③April Fooled Me ④Dream A Little Dream Of Me ⑤He’s So Unusual ⑥Midnight Sun ⑦La Vie En Rose ⑧That’s The Kind Of Guy I Dream Of ⑨Love For Sale ⑩Personality ⑪Skylark ⑫Fantastic Planet Of Love
■Laura Ainsworth(vo) Chris McGuire(ts,cl) Brian Piper(key,b-vo) Noel Johnston(g) Chris Derose(⑪:g) John Adams(b) Mike Drake(ds) Milo Deering(vln) (c)(p)2011
■Eclectus Records ER-1001
「遊び心を意図しています。新しい歌手は強く自己表現をしがちですが、私はリスナーを親密な音楽の夕べに誘いたかった――“2人だけ”の雰囲気です」。
アルバム・コンセプトについてローラがこのように語るデビュー作は、12曲のプログラムを見ると、50年代にエラ&ルイがヒットさせた④、エラ、カーメン、ダイアナ・クラールが録音した⑥、エディット・ピアフの⑦、コール・ポーターの⑨、ホーギー・カーマイケルの⑪といった有名曲がまず目につく。
⑦は前半にアコーディオン音が入り、後半に進むとリズム・パターンを変えてヴァイオリンと共にハッピーに展開。⑨はヴァースから始まるスロー・テンポで、ムーディーな曲調を演出。⑪はギターとのデュオで、ヴォーカルをクローズアップと、アイデアとアレンジを加えたのが特徴だ。
注目すべきは全体の半分以上を、非有名曲が占めていること。ドリス・デイとレス・ブラウン楽団の共演音源でローラが発見したアービング・ミルズ作詞の感情的な失恋物語②は、サックス&クラリネット・ソリが入ったドリス・ヴァージョンとは異なり、男性的なテナーサックスをフィーチャーした、よりインティメイトな音作りで独自性を打ち出す。ベティ・ハットンの51年のシングルB面曲に注目し、滑らかに歌った⑧は、抜けのいいドラムのおかげで現代的な仕上がりに。この曲を弾むように歌ったナット・キング・コールのヴァージョンとは、ピアノの間奏が入る点が偶然にも一致した。
隠れた古い楽曲に光を当てたばかりでなく、90年代以降のロック・ナンバーから選曲した点も見逃せない。米シンガー・ソングライターのエイミー・リグビーがアコースティック・ギターを中心としたシンプルな編成で歌った①は、鍵盤、ギター、ベースを電化した、コンテンポラリー・サウンド仕様。ロック歌手&ギタリスト、マーシャル・クレンショウの⑫も、①と同じサウンド・コンセプトであり、アルバムの最初と最後に共通性を持たせて、他の収録曲とは一線を画す楽曲を配置した構成は、⑫まで聴き終えたリスナーが、再び①に戻って聴き続けることをスムーズに促す効果を狙ったという。共演者の中ではプロデューサー、アレンジャーを兼任したブライアン・パイパーの仕事ぶりも特筆される。
Necessary Evil / Laura Ainsworth
■①Necessary Evil ②One More Time ③The Gentleman Is A Dope ④Just Give Me A Man ⑤Love Is A Dangerous Thing ⑥My Foolish Heart ⑦The Lies Of Handsome Men ⑧Get Out And Get Under The Moon ⑨Out Of This World ⑩Hooray For Love ⑪I’d Give A Dollar For A Dime ⑫Last Train To Mercerville
■Laura Ainsworth(vo) Chris McGuire(ts,cl) Pete Brewer(bs,⑨:fl) Brian Piper(key) John Adams(b) Steve Barnes(ds,per) Steven Story(⑥:vln) +big band horns(①⑫) (c)(p)2013
■Eclectus Records ER-1002
2年ぶり、2013年リリースの第2作。“レトロ・ジャズの歌姫が愛の酸いも甘いも歌い上げる”のアルバム・コンセプトは、デビュー作で自身の方向性を示したローラがさらに踏み込んで、「男を陥れる魔性の女」と「恋人に捨てられた女」を演じ分けて、運命のねじれに苦しむ様々な愛の色合いを表現したもの。40年代のフィルム・ノワールでドラマティックな生き方を示した女性に魅了されたローラが、映画の手法を取り入れて制作した点が興味深い。
全12曲を見ると前作よりもさらに有名曲が減っており、彼女のポリシーを押し進めた選曲での構成であることがわかる。1曲目に選んだタイトル曲①はエラ&ルイの二重唱で知られ、そちらは2人が4小節ずつを交互に歌い継ぐスタイルだったが、ローラは自分にとっての魅力的な独唱曲になると感じ、ビッグ・バンド仕立てで収録。曲名の語感にフィルム・ノワール作品に通じる力強さを感じたため、アルバム名につけたという。
ガス・アーンハイム楽団&ビング・クロスビー(vo)が31年に初録音して以降、カヴァー例が極めて少ない②、情感たっぷりに歌うヴァースから始まり、スウィンギーに展開するロジャース&ハマースタインの③、切々とした歌唱にヴィオリンが寄り添う⑥、本作中唯一フルートを入れた⑨と、自身の音楽性を反映した演唱する。
新しい要素としては作曲家リー・チャールズ・ケリーの2曲の選曲。ローラが依頼したデモ音源の中から選んだ3曲のうち、たまたま2曲がケリーの作品だったとのことで、デビュー作を聴いたケリーはすぐにローラがジョニー・マーサーのファンだと直感。ローラはケリーがマーサー、コール・ポーター、ロジャース&ハートの流儀を体得していることを納得した。
⑤はヴァースから始まるアメリカン・スタンダードの香りがするトラックで、⑫はハッピーなミディアム・スインギーなナンバー。アルバムの最初①と最後⑫をビッグ・バンド仕立てにしたのは、ブックエンドのような構成をローラが企図したため。周到なプランによって実を結び、前進した姿が聴ける作品だ。
New Vintage / Laura Ainsworth
■①That’s How I Got My Start ②I’ll Take Romance ③Where Did The Magic Go? ④An Occasional Man ⑤Wasting My Love On You ⑥Nevertheless (I’m In Love With You) ⑦A Little Jive Is Good For You ⑧The Man I Love Is Gone ⑨All About You ⑩Nothing Can Replace A Man ⑪It’s A Nuisance Having You Around ⑫Long Ago And Far Away / You Stepped Out Of A Dream ⑬I Once Knew A Woman (“Fella”)
■Laura Ainsworth(vo) Rodney Booth(tp) Chris McGuire(ts,cl) Pete Brewer(fl) Dana Sudborough(vib) Brian Piper(key,⑦:vo) John Adams(b) Steve Barnes(ds,per) (c)2017
■Eclectus Records ER-1003
2017年リリースの第3弾。「『New Vintage』では自分の活動を定義し、作品を米国と英国のヴィンテージ・ムーヴメントの最前線の一部として位置づける時が来たと思いました。“ニュー・ヴィンテージ”は自分のスタイルを最もよく表現していると思えて、アルバムのリリース前にすでにこの言葉を使って説明していました」。
エラ・フィッツジェラルドやフランク・シナトラは1920~30年代に生まれた楽曲を、50年代に新しいサウンドとして提供。ローラは彼らのアレンジをコピーするのではなく、その方法論にヒントを得て自分の作品に取り入れた。現代的なヴォーカル・ジャズではないが、かと言って古臭いわけでもなく、古い要素と新しい要素を融合しながら新鮮で個人的なクラシック・サウンドを目指すローラの音楽性が、本作に反映されている。
「中国行きのスロー・ボート」「もし私が鐘だったら」の作曲者であるフランク・レッサーが書いた非有名曲に目を付けて、クラリネット・ソロが入ったミディアム調に仕上げたシングル曲①、ヒュー・マーティンとラルフ・ブレーンが書き、50年代にジェリ・サザン、サラ・ヴォーン、アビー・リンカーンが発表したナンバーを、SEを使用してトロピカルに仕立てた④、作曲ハリー・ウォーレン、作詞エドガー・レスリーで、30年にアネット・ハンショウが歌った悲恋曲を、ピアノとのデュオ~バンド伴奏にアレンジした⑤といったように、コンピレーションLP『Top Shelf』に収録の3曲は、現代では一般的には忘れられていた楽曲にスポットを当てた格好。P.J.エリクソンとバディ・ウィードが80年に書き、トニー・ベネットが録音した③では、作詞家の許可を得て、父ビリーの名前を歌詞に織り込んでトリビュートした点に、特別感がある。
「これは過ぎ去った時代の優雅さと魅力について歌った曲です」と語るローラは、歌うたびに自分が幼い頃に過ごした父との時間を思い出すようだ。注目すべきもう1曲は有名なスタンダード・ナンバーのメドレー⑫。リタ・ヘイワース主演映画『カヴァーガール』(44年)で知った「ロング・アゴー・アンド・ファー・アウェイ」と、子供の頃にセルジオ・メンデス&ブラジル’66で知った「ユー・ステップト・アウト・オブ・ア・ドリーム」は、ローラがかねてから完璧に融合すると考えていたという。確かにここではテンポを変えずに続けて歌い、前例のないメドレーを完成させている。
以上3タイトルはすべてのプロデュースとアレンジをピアニストのブライアン・パイパーが兼任しており、繰り返しになるが最大級の貢献を果たしたことも特筆に値する。