2020年はコロナ禍によって、世界中のジャズ・シーンが多大な影響を受けた1年となった。今回も10項目から代表的な作品等を選出。それぞれにコメントを加えて、史上例を見ない年の中で生まれた収穫を振り返る。
1. アーティスト:マリア・シュナイダー
当代ビッグ・バンド界において、世界最高峰の評価を確立しているマリア・シュナイダーは、アルバムを発表するたびに大きな話題を呼んできた。2020年は5年ぶりとなるMaria Schneider Orchestra名義の『Data Lords』をリリース。米ArtistShareからの6枚目で、制作プロセスを公開することが特徴のこのレーベルならではの情報発信が、今回もファンにアピールした。2枚組の大作はシュナイダーが影響を受けている二つの対照的な世界を描いたもので、インターネット、グーグル、無線のモールス信号、宇宙、AI、京都大原三千院、薪焼き、コマドリ等からインスピレーションを得ている。1960年11月27日生まれのシュナイダーが、自身の節目の年に世に送った記念碑とも言えるだろう。
●『Data Lords』収録曲「Sputnik」試聴:
2. ベスト・アルバム(海外):『From This Place / Pat Metheny』(Nonesuch)
2010年代はオーケストリオン、ユニティ・バンド、ユニティ・セッションズ等で、アルバムごとに新境地を開いてきたメセニーが、このタイミングで新作を発表。グウィリム・シムコック(p)、リンダ・メイ・ハン・オー(b)、アントニオ・サンチェス(ds)とのカルテットは、2016年にブルーノート東京に出演するなど、各国でライヴを展開したが、アルバム制作には至っていなかった。その理由は過去のバンドに比べて、やや脆弱性があったためと理解していた。メセニーが同じ考えだったかはわからないが、同カルテットのアルバム制作のために、アラン・ブロードベントとギル・ゴールドスタインをアレンジャーに迎えたオーケストラを起用したのは、本件の最良の解決策となった。
●PJのアルバム告知記事:https://pjportraitinjazz.com/news/20191122_4486/
●『From This Place』試聴:https://open.spotify.com/album/5PfjsKZLI9whAwPSfNgnES
3. ベスト・アルバム(発掘・未発表):『Live At Ronnie Scott’s』(Resonance)
2020年はビル・エヴァンス(p)が1980年に他界してから40年の節目だった。この間、数多くの未発表作が世に出ており、特に近年は米Resonanceが質の高い発掘仕事でファンを喜ばせている。年末にリリースされた『Live At Ronnie Scott’s』(Resonance)は、短期間の活動に終わったため、生前の公式作が『At The Montreux Jazz Festival』だけだった、エディ・ゴメス(b)+ジャック・ディジョネット(ds)とのトリオ作で、68年7月にロンドンの名店における4週間公演をとらえた2枚組。長期公演中にマイルス・デイヴィスがいきなり同店に立ち寄り、演奏を聴いて気に入ったディジョネットを、後に自分のグループに抜擢したエピソードも生まれている。
●PJでの作品紹介記事:https://pjportraitinjazz.com/news/20200905_5591/
●Bill Evans “Live at Ronnie Scott’s” (Mini-Documentary):
4. クラブ・ライヴ:大西順子トリオ(03月17日@丸の内コットンクラブ)
本邦女性ジャズ・ピアニストの頂点を極めながら、2012年に引退。3年間のブランクを経て2015年に現役復帰を果たした大西順子は、以前と同様に米国人とのトリオを再編成するばかりでなく、セクステット作や挟間美帆とのコラボレーション等で新境地を開き、再びシーンのトップへと返り咲いている。一夜限りのコットンクラブ公演は、井上陽介(b)+高橋直希(ds)とのトリオで、全員が日本人とのバンドで出演した大西のライヴを観るのは久しぶりだった。井上が参加した大西の2017年トリオ作『Glamorous Life』収録曲を含むセットリストは、大西が随所で説得力のある個性を発揮。楽曲の展開とピアノ演奏が予定調和に陥らないのが大西の魅力であり、それは復帰前から現在まで変わっていない。当夜のもう一つの収穫は、私には初対面となった高橋。日野皓正バンドに加入した2001年生まれは、物怖じすることなく大西トリオの一角を担い、まだ10代の若さに似つかわしくないジャズ・センスを身につけていて、大西が抜擢したのも頷ける実力者と聴いた。
●『Glamorous Life』試聴:
5. ジャズ・フェスティヴァル:イースタッド・スウェーデン・ジャズ・フェスティヴァル
7~8月にヨーロッパ各地で開催されるジャズ・フェスティヴァルが、コロナ禍のためにキャンセルされるケースが生じた中、第11回を迎えた《Ystad Sweden Jazz Festival》は4日間で定員50名の23ステージに規模を縮小した形で開催。二つの主会場であるYstads TeaterとYstad Saltsjobadでの10公演がライヴ配信され、私はそれらをオンタイムで鑑賞して、「ジャズライフ」誌にレポート記事を寄稿した。YSJFの芸術監督を務めるヤン・ラングレン(p)が、スコット・ハミルトン(ts)、ウルフ・ワケニウス(g)と組んだクインテット、アンダーシュ・ベリクランツ(tp)、カール=マルティン・アンクヴィスト(ts)らによる特別編成のチャーリー・パーカー100イヤーズ、スウェーデン・ジャズ史の偉人ラーシュ・ガリン(bs)にスポットを当てたフレドリク・リンドボルグ(bs)・トリオ+弦楽四重奏など、YSJFならではの企画プロジェクトが出演。出演者をスウェーデンとデンマークに限定して魅力的なプログラムを組んだ、主催者のアイデアと努力は素晴らしく、制約がある状況での最良のモデル・ケースを示したことは称賛されるべきだ。
●PJニュース記事:https://pjportraitinjazz.com/news/20200724_5450/
●Ystad Sweden Jazz Festival 2020視聴:
https://ystadjazz.se/video-gallery/?lang=en
6. 訃報:ライル・メイズ
アラン・ボッチンスキー(tp)、アイラ・サリヴァン(tp,sax)、スティーヴ・グロスマン(ts)、ピーター・キング(as)、ゲイリー・ピーコック(b)、チャーリー・パーシップ(ds)、キャンディド・カメロ(per)ら、2020年も数多くのミュージシャンがこの世を去った。その中でも個人的に思い入れがあるのがライル・メイズ(p,key)だ。1970年代から2010年代までパット・メセニー(g)・グループの最重要メンバーとして、メセニーの女房役を担い、すべてのPMG作品、およびリーダー作にその才能を刻んでいる。哀悼の意を込めて、メイズのプレイリストを作成した。
●全曲試聴:https://open.spotify.com/playlist/0Q6O8fFRCB40um5Y7c0rsN
●PJ追悼記事:https://pjportraitinjazz.com/column/20200311_4978/
7. ジャズ・ブック(海外):『Keith Jarrett – A Biography』
キース・ジャレットの健康不安説に対して、本人のインタヴューを含む「ニューヨーク・タイムズ」の記事は、真実を明らかにしたことで世界中のファンに衝撃を与えた。同じタイミングで刊行された本書はドイツ人著者Wolfgang Sandnerのドイツ語著作『Keith Jarrett – Eine Biographie』の英語版だが、単なる翻訳版ではなく最新版に情報がアップデートされていて価値がある。また英語版の翻訳をキースの弟であるクリス・ジャレットが担い、家族でなければ知り得ない情報を提供ことも、本書の価値を高めた。
●PJ記事:https://pjportraitinjazz.com/keith-jarrett/20201231_6054/
7.ジャズ・ブック(国内):『JAZZ Diary 2021』
タイトル通り、ダイアリーの機能があるばかりでなく、「今日は何の日」の豆知識的情報やディスク・レヴュー、世界のジャズ・フェスティヴァルを含む「読み物」としての要素を兼備しているのが特色。光沢のカヴァーが付属した仕様は、この種のダイアリーとしては贅沢な作りで、本棚に入れれば書籍と同じような姿で収まるのも嬉しい。自分なりの書き込みもできるし、本を読む感覚でジャズ知識を増やすことができるのも、このダイアリーの利点だ。
●PJ紹介記事:https://pjportraitinjazz.com/news/20201127_5830/
9. トピックス①:ストリーミング・ライヴが加速
コロナ禍時代になって、ジャズ・フェスティヴァル、ライヴ・ハウス、ミュージシャン個人のそれぞれが、ストリーミング・ライヴを発信している。ジャズ・フェスティヴァルに関しては前出の《Ystad Sweden Jazz Festival》を始め、イギリス《Cheltenham》、スイス《Montreux》、オーストラリア《Melbourne International》、カナダ《Montreal》、イスラエル《International Showcase for Jazz and World Music》等が実施。ライヴ・ハウスに関してはニューヨークの場合、マリア・シュナイダー・オーケストラが定期的に出演したJazz Standardが営業を終了する一方、老舗のVillage Vanguardは有料コンテンツを提供し始めた。ブルーノート東京も有料配信を行っている。個人に関しては自宅からの独奏を無料配信するピアニストが多く、有料ではエンリコ・ピエラヌンツィが好評だった。コロナ禍の行方が不透明である限り、ストリーミング・ライヴがさらなる広がりを見せることは間違いない。
●EFG London Jazz Festival視聴:https://efglondonjazzfestival.org.uk/
10. トピックス②:ノルウェーの今を知るコンピレーション
ヨーロッパのいくつかの国では公的事業として編集CDを世に出しているが、その充実した内容においてノルウェーは群を抜く。2002年に初めてリリースされた『jazzCD.no』はノルウェー・ジャズ・フォーラムと同国外務省の業務提携によって実現した3枚組CD(非売品)。プロモーションを目的に各国のノルウェー大使館を通じて、関係者に配布された。Grappa、Curling Legs、Jazzland等、同国のレーベルが協力し、最新のノルウェー・ジャズ・シーンを網羅した内容は、今振り返れば画期的だった。2008年の第3弾以降は、隔年の偶数年のリリースが定着。2020年の第9弾は『This is Our Music – JazzCD.no 9h set』のタイトルで、エスペン・ベルク・トリオ、マッツ・アイラートセン・トリオ、ホーコン・コーンスタ・トリオ、カール・セグレム、ストーレ・ストーロッケン、ダニエル・ハーシュケダル、ガード・ニルセン・スーパーソニック・オーケストラ等、全28曲を2枚組に収録。前回までの3枚組デジパック仕様ではなくなったが、表紙に厚手の紙ジャケットを使用し、手応えのある造りとなっている。
●『This is Our Music – JazzCD.no 9h set』試聴: