2010年に《東京JAZZ》にトリオと中型編成で出演した時に知己を得て以来、新年のメッセージ交換を続けているマイク・ノック。夫人と共にプライヴェートで来日した際に、ノックの愛弟子であるピアニスト、ハクエイ・キムの協力を得て話を聞くことができた。ここではノックの代表作『オンダス』(81年、ECM)に話題を絞り、その誕生秘話に迫った。
1981年11月オスロでのレコーディングに至った経緯は?
MN:ノルウェーを訪れたのは、この時が初めてでした。『オンダス』の制作に至るまでには面白い話があります。78年にマイケル・ブレッカー(ts)を迎えたカルテット作『イン・アウト・アンド・アラウンド』(Timeless)をニューヨークで録音。共演者はジョージ・ムラーツ(b)とアル・フォスター(ds)でした。このレコードをECMのプロデューサーであるマンフレート・アイヒャーがラジオで聴いて、私に連絡をくれたのです。ECMであなたのリーダー作をレコーディングしたい、との提案を受けました。
当時のECMに対する印象は?
MN:とても大きな影響を受けていました。マンフレートが手掛けたアルバムが好きでしたし、それは今も変わっていません。当時のECMはジャズに集中していて、今でも好きで聴いているアルバムがあります。デイヴ・ホランド(b)『Conference Of The Birds』(邦題『鳩首協議』、72年)、キース・ジャレット(p)『フェイシング・ユー』(71年)、マル・ウォルドロン(p)のECM創立作『フリー・アット・ラスト』(69年)が特に好きです。
ⒸHiroki Sugita
エディ・ゴメス(b)、ヨン・クリステンセン(ds)の人選は?
MN:ヨン・クリステンセンとはこの時が初共演で、マンフレートのチョイスでした。ノルウェー人のヨンは当時すでにマンフレートの監修で数多くのレコーディングを経験していて、私との共演によって面白いコンビネーションが生まれると考えたようです。ECMで200タイトル以上を制作したプロデューサーですから、良い仕事の方法を知っていたはず。エディとはニューヨークで何度も共演し、ジェレミー・スタイグ(fl,electronics)の『レイン・フォレスト』(80年、CMP)でも共演していました。いずれにしてもエディ+ヨンとのトリオを企画したのはマンフレートです。
アルバム・コンセプトを立ててレコーディングに臨んだのですか?
MN:そういうわけではありませんでした。マンフレートが最初に提案したのは、私と弦楽四重奏との共演で、最終的にはトリオに決定。録音は2日間(アルバムのクレジットは「81年11月」)で、初日は私ができるすべての曲を演奏しました。マンフレートは「これこそがニューヨークのエネルギーだ。素晴らしい」と興奮していましたよ。2日目は午前9時に始まって、11時には終了。彼はもうそれ以上、録音する必要はないと判断したのです。魔法がかけられたようでした。収録曲の「フォーガットゥン・ラヴ」に関しては、マンフレートから注文がありました。この曲の原曲は『イン・アウト・アンド・アラウンド』の「シャドウズ・オブ・フォーガットゥン・ラヴ」。マンフレートはそのヴァージョンとはまったく異なる構成を望んだのです。演奏が終わるタイミングでも、マンフレートは「続けて、続けて」と言う。とても自然発生的な演奏が生まれました。この曲が顕著な例で、本当に不思議な体験でしたね。
他の収録曲を含めて、選曲について教えてください。
MN:すべて私のオリジナルです。ほとんどの曲はこのアルバムのために用意しました。「ランド・オブ・ザ・ロング・ホワイト・クラウド」はスロー・バラードで、ニュージーランドのオーケストラでも演奏されています。曲名はニュージーランドを表す愛称。先住民のマオリ族が使った呼称の英語訳です。
本作が唯一のECM作になった理由は?
MN:私もそうなるとは思っていなかったし、残念なことです。マンフレートは『オンダス』をとても気に入ってくれて、次の作品についての話もしたのですが、何かの理由があって実現しませんでした。
82年には『ピアニスト/マイク・ノック~エディ・ゴメス・トリオ』として国内盤LPが発売されました。
MN:邦題の『ピアニスト』はとても面白いですね。アーティスト名は日本でエディが有名だったから「マイク・ノック~エディ・ゴメス・トリオ」の表記だったのですか。曲名も「Forgotten Love」が「去りし愛」、「Visionary」が「夢想家」、「Doors」が「扉」と、日本独自のネーミング。これも愉快だと思いますよ(笑)。
(2017年12月20日、東京・青山にて取材)
『Ondas』(ECM 1220)
■Mike Nock(p) Eddie Gomez(b) Jon Christensen(ds) 1981.11, Oslo
■①Forgotten Love ②Ondas ③Visionary ④Land of the Long White Cloud ⑤Doors