米国の独立系レーベルとしてスタートし、近年は毎回グラミー賞の受賞作を輩出して評価を高めるMack Avenue Records。日本でも認知度を広げる同社の社長Denny Stilwellがこのほど来日し、社史と所属アーティスト、音楽業界の現状について語ってくれた。
ご自身の経歴を教えてください。
DS:1988年に大学を卒業して、ロサンゼルスの独立系ジャズ・レコード会社Nova Recordsで働きました。その後、小さなレコード・レーベルをスタートさせていたJVC Musicへ転籍し、3年後にマーケティング会社を設立。米国内の大手ジャズ・レーベルがクライアントで、マーケティング、コンサルティング、プロモーションに従事しました。音楽に対する情熱はとても若い時に始まり、大学では音楽を学び、様々なバンドで活動し、ミュージシャンになる目標がありました。しかし社会人になってからの経歴の多くは市場調査や宣伝の分野でした。
Mack Avenueでの職歴は?
DS:2001年にMack Avenueとの関係が生まれました。私の会社がコンサルティング業務を請け負ったのです。セールスとマーケティングで助言をする仕事です。レーベルが進むべき方向性や哲学を示し、Mack Avenueの成長に貢献。最初から良い関係を作ることができました。2007年から私はフルタイムで雇用されることになり、同年、社長に就任したのです。
創業者のGretchen Valadeはどのような方ですか?
DS:Mack Avenueは1999年創業で、グレッチェンは現在も弊社のオーナー、議長であり、すべての作品のエグゼクティヴ・プロデューサー。レーベルを支える原動力の一人でもあります。人間としても精神が美しく、音楽、とりわけジャズを深く愛するサポーター。知的で音楽に対する優れた感覚の持ち主です。いっしょに仕事をしていて、驚くべき女性だと思っています。
レーベル初期を代表するアーティストがユージン・マスロフ(p)です。
DS:ユージンは創立作『When I Need To Smile』(MAC 1001)に続き、1999年の『The Face Of Love』(1002)、2002年の『The Fuse Is Lit』(1006)と、計3枚をリリース。グレッチェンは作曲家でもあり、レコーディングを望んだ楽曲を持っていました。ユージンのアルバム・プロデューサーのスティックス・フーパーは、グレッチェンとは家族ぐるみの友人で、スティックスとユージンが知り合いだったことで録音が実現。Mack Avenueは他のレーベルのように、例えば最初に5ヵ年計画を立てたわけではなく、ただただ音楽への情熱で始まりました。ですから設立当初の数年間は、ビジネス・プランを探しながら運営した、と言えるでしょう。その後プランが見つかって、現在に繋がる道を歩んできたわけです。
モダン・ジャズ(ピアノ・トリオ)、フュージョン(スティックス・フーパー、オマー・ハキム)、ボサノヴァ(「ジンジ」)、著名人(マイルス・デイヴィス作曲の「マイルストーンズ」)といったように、『When I Need To Smile』にはその後のMack Avenueの多彩なカタログを予言する内容が認められます。
DS:このアルバムは私がまだMack Avenueに関わっていなかった時のものですが、グレッチェンには最良のミュージシャン、楽曲、スタジオで制作するのが優れた作品を生み出すというポリシーがあります。この作品にはそれが反映されているのだと思います。スティックスの力も大きかったでしょうね。
2004年までの最初の5年間に著名人と若手の両者を制作しています。
DS:スティックス・フーパーがプロデューサーとしてMack Avenueの方向性を定めた当時、キャリアの長いアーティストにも目を向け始めました。テリー・ギブス(vib)、ジョージ・シアリング(p)、ジェラルド・ウィルソン(ldr)など。90年代初期に私が仕事をしていた所縁があるオスカー・カストロ=ネヴィス(g)も制作しました。 2000年に発表したコンピレーション盤『The Legacy Lives On』は南カリフォルニアの重要なアーティストを収録した1枚です。ショーン・ジョーンズ(tp)はジェラルド・ウィルソン・バンドのメンバーで、才能溢れる若者だと感じました。ロン・ブレイク(ts)はクリスチャン・マクブライド・バンドの出身。他社から発表していたデビュー作を聴いて良いと思ったので、『Lest We Forget』(2003年)を制作し、『Sonic Tonic』(2005年)、『Shayari』(2008年)と続きました。
今年はMack Avenueの創立20周年。これまでに転機はありましたか?
DS:2005~2006年に顕著な成功が認められました。それ以前も音楽に対する情熱を傾けた作品を制作していて、それは現在も変わらないものです。その次に来た転機は2008年にアメリカでファイル共有が始まって、音楽ビジネスに大きな衝撃を与えたこと。大型販売店が音楽業界から撤退しました。これによってジャズを除く音楽ビジネスに不安感が広がったことは、一般的な事実だと思います。しかし私たちはこれがチャンスだと考えました。大手のレコード会社はどのようにしてジャズをサポートするか、思案し始めたからです。同じ時期にクリスチャン・マクブライド(b)、ケニー・ギャレット(as)、スタンリー・ジョーダン(g)と、2年後にはゲイリー・バートン(vib)と面談し、アルバムを制作することができました。またデイヴ・コズ(as)のRendezvousやArtizanといったコンテンポラリー・ジャズのレーベルを傘下に収めました。2008年から2012年の間に、弊社にとっての大きな出来事が続いたというわけです。
最重要ミュージシャンだと思われるクリスチャン・マクブライドは、Mack Avenueにとってどのような存在ですか?
DS:2009年の『Kind Of Brown』を皮切りに、計8タイトルを制作し、そのうちの3タイトルがグラミー賞を受賞しています。クリスチャンは驚くべきスピリットの持ち主。卓越したミュージシャンであり、人間としても心が広くて素晴らしい。私たちはこの10年間で関係性を深めてきて、彼といっしょに仕事ができることを誇りに思っています。創造性豊かな精神とエネルギーを発揮し続けていて、常に新しいアイデアを考えている男。《ニューポート・ジャズ祭》やニュージャージー・パフォーミング・アーツ・センターの芸術監督を務め、NPR番組などを通じたジャズ界のスポークスマン的な存在でもあります。あらゆる音楽ジャンルに対してオープンな姿勢であることが、彼が発揮する才能のバックボーンにあって、それが様々なタイプのミュ-ジシャンが彼のもとに集まる理由でしょう。
ヴォーカリストではセシル・マクロリン・サルヴァントが存在感を放っています。
DS:2013年の『Woman Child』以来、4タイトルを発表し、実に3タイトルがグラミー賞を獲得。セシルはジャズに対して独特なアプローチをしています。同時代に多くのヴォーカリストが登場した中で、彼女のユニークさは際立っていました。ステージを観れば、誰でもそれがわかるはずです。声質のみならず、選曲センスと歌詞の物語の伝え方が個性的で、リスナーを魅了。スタンダードであれオリジナルであれ、楽曲の創造性を表現しています。
Mack Avenueと《デトロイト・ジャズ祭》(DJF)の関係とは?
DS:私たちの関係を一言で表せば“いとこ同士”。DJFは非営利団体で、グレッチェンは過去20年間にわたってライフワークとして貢献しています。2004年にスポンサーの撤退による経済的な問題が起こると、ミシガンのルーツとデトロイトの財産に誇りを持っていたグレッチェンはDJFを存続させるために、2006年に1500万ドルを寄付。デトロイト国際ジャズ祭基金を設立して、制作、運営、協賛を引き継ぎました。Mack AvenueとDJFは共通の目的と哲学を持っています。
マクブライドの2018年作『Christian McBride’s New Jawn』にクレジットされているBrother Mister Production(BMP)について教えてください。
DS:BMPはクリスチャンの制作会社で、商標でもあります。彼から相談を受けて、Mack Avenueと業務提携をすることになりました。彼の才能を広げる手段のひとつになるでしょう。弊社との提携による今後の発売作品に注目してください。
次の10年間に向けた、Mack Avenueの成長戦略とは?
DS:二つの要素があります。音楽の創造性とビジネスの側面です。前者に関してはこれまで伝統的なジャズとヴォーカルを支援し、現代的なジャズ・アーティストも発掘してきました。この方向性を継続するのが重要だと思います。
次世代を担うアーティストに関しては、今年『Confessions』でヴェロニカ・スウィフト(vo) がデビュー。アルバム・リリースを控えるマイケル・メイル(vo)にも期待しています。同時に弊社はスタイルの異なるアダルト・オリエンテッド畑も手掛けていて、ジャズ以外にも目を向けています。傘下レーベルのArtistry Musicからは2018年に『Soul Side Of Town』をリリースしたタワー・オブ・パワーがその好例。今月『Poetry In Motion』をリリースするニューオリンズ生まれのブラスバンド、ソウル・レベルズの音楽性は、新旧のヒップホップの融合です。同作にはトロンボーン・ショーティ(tb)、ロバート・グラスパー(p,key)、ブランフォード・マルサリス(ts,ss)がゲスト参加していて、バンドは伝統的なものを未来に押し進める姿勢を打ち出しています。実験的な要素も含んだ作品ですね。
昨年『Ruby』をリリースしたメイシー・グレイ(vo)。彼女はソウル界で人気を得ましたが、元々はロサンゼルスでジャズ・シンガーとしてキャリアを始めていて、2016年にはジャズ・アルバム『Stripped』を発表しています。純粋なジャズではないこれらのジャズ隣接アーティストを持つことは、品質を保ちながらMack Avenueの守備範囲を広げることに繋がり、良いことだと考えています。ビジネス面では様々な変化がありました。ストリーミングが音楽に出会う上での主流になったのはその顕著な例です。同時にレコードの売り上げが伸びています。
テクノロジーの進化は享受すべきものですが、ファンが本当に求めているものが何かを見極める必要があります。現在は高音質のCDとレコードを求めていて、Apple Music、Spotify、Amazonなどのサービスも体験。弊社はこれらの状況を注意深く見守りながら、ビジネスを進めていきます。
――今後CDが生き残っていくための良策はありますか?
DS:現在弊社が行っているのは、高品質のCDパッケージの提供です。CDを購入する音楽ファンは、CDに価値を認めているということになります。デジタルとレコードの作品も提供していますが、人々が所有したいと思う作品の提供が重要。その点で昨年リリースしたゲイリー・バートンの5枚組LP『Take Another Look: A Career Retrospective』や、元々はカナダのオスカー・ピーターソン財団が自主制作したCD3枚組の『Oscar, With Love』を2017年にリリースしたのは、弊社の功績だと思っています。音楽ファンはユニークで興味があるパッケージを求めており、その点を追求することを考えています。フィジカル・パッケージに、これまでにも増して創造性を発揮する必要があるでしょうね。
(2019年10月2日、キングレコード本社にて取材)
- Mack Avenue website:https://www.mackavenue.com/
- 取材協力:キングインターナショナル