2018年にリーダー作『For 2 Akis』をドイツの名門レーベルECMからリリース。邦人ジャズ・ミュージシャンとしては菊地雅章(p)以来の二人目となった快挙によって、大きな話題を呼んだドラマー福盛進也にインタビュー。このほど新作『Another Story』を完成させた。近年の活動と最新作に関して、本人の言葉で紹介する。
2018年2月に初リーダー作『For 2 Akis』(ECM)を発表。ECMからのリリースが実現した経緯は?
福盛:アメリカ留学中にECMが好きになって、その本社があるという理由だけでミュンヘンに移住を決意しました。行けば何とかなる、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーにも会えると思ったのです。オスロのレインボー・スタジオでデモ・テープを作り、それを以前ECMで働いていたスタッフが聴いてくれて。彼がマンフレートと会う約束があるから、もし機嫌が良かったら渡しておく、と言われ、マンフレートは受け取ってくれました。その後、ECMのオフィスに呼び出され話をしたところ、生演奏を聴きたいということで、1年後にリハーサルを観に来てくれました。そこでレコーディングが決定となりました。
Matthieu Bordenave(ts)、Walter Lang(p)とのトリオによる2017年3月フランス録音。結成の時期と経緯は?
福盛:2014年10月です。元々別のレコーディングの計画があったのが無くなってしまったのですが、そのために書き溜めていた曲があり、マテューが興味を持ってくれて、いっしょにやろうとなりました。ウォルターは日本で知り合いに勧めてもらい演奏を観たことがあったので、声をかけてみました。リハーサルの時から、自分の楽曲をたくさん演奏するトリオになったので、方向性が決まりましたね。
ECM第2弾の予定は?
福盛:実はECMで作ったアルバムは自分の思い描いていた音楽にはなりませんでした。ぼくの色というよりもマンフレートの色が強く出た作品になったからです。日本やアジアにある共通の空気感がマンフレートになかったことが一番大きな理由かなと、後になってわかりました。実際ぼくが作りたかったのは最新作のような内容で、それがECMではできなかった。アルバム制作の前に録音(自作曲はECM盤と重複)したデモ音源は、自分でプロデュースしたものなので満足できたのですが、やはりその空気感の違いだと思います。録音の時からECM的なお化粧をされましたし、結果的にマンフレートの作りたい音楽になってしまった。『For 2 Akis』はマンフレートとの共同作業という感覚です。それが嫌いというわけではありませんが、自分の意図とは違いました。
初リーダー作発表から2ヵ月後の2018年4月に、ブレーメンの《jazzahead》に同トリオで出演されました。
福盛:リリース前に当時のマネージャーが応募してくれました。ヨーロッパ最大のジャズのイベントで、そこで出演することにより多くの繋がりが増えたりもしました。ただその後、トリオは2019年6月にマテューからトリグヴェ・サイム(ts)に交代して、現在に至っています。
2019年12月に「Shinya Fukumori presents Sungjae Son」と題して、韓国のソンジェ・ソン(sax)とイエウォン・シン(vo)の来日公演が開催されました。
福盛:ソンジェ(『Near East Quartet』2018年発売)もイエウォン(『Lua Ya』2013年発売)もECMのアーティストで、それゆえに彼らには共通の友情や、会ったことはなくても話しやすい間柄にありました。ソンジェとはSNS上で繋がり、やり取りをしている中で日本に呼びたいなと思いましたが叶わず、それならこちらから行くよ、ということで2019年3月にソウルで共演しました。その時のソンジェの音色に「こんな人がアジアにいるんだ」と驚愕し、それがターニングポイントになり、交流が始まりました。アジア人にしかできない空気感を持っていると思います。イエウォンは、元夫がECMのプロデューサーをやっている関係でミュンヘンに住んでいて、ECMのスティーブ・レイクの紹介で知り合いました。しばらくは子育てのために音楽活動をしてなかったけれど、また始めた時に共演を持ちかけてくれ頻繁に演奏するようになりました。
『For 2 Akis』のブックレットにはピアノを弾いている写真が掲載されています。
福盛:作曲方法はピアノがメインですね。たまにギターですることもあります。楽器経験は最初に6年間ヴァイオリンをやって、その途中からピアノも習い始めました。ドラムを始めたのはその後です。
2枚目のリーダー作『Another Story』がご自身のレーベル“nagalu”からリリースされました。
福盛:ソンジェとの出会いが大きいですね。アジアにしかない空気感の音楽を作りたいと思っていた気持ちが、ソンジェとの出会いで明確にわかってきました。プロデューサーもやってみたかった。この二つのタイミングが重なって、2019年末にレーベルを立ち上げようとの思いに至ったのです。その直後にオファーをいただいて、水面下で動いてきたのですが、コロナのために録音が延期になり、8月にようやく実現しました。
今後のご自身のプロデューサー業については?
福盛:レーベルの1枚目はぼくのリーダー作になりましたが、nagaluは自分が参加した音源よりも、他のアーティストのプロデュースをどんどんしていきたいです。今のところまだ具体的な計画はないのですが、佐藤浩一君と話していて、ピアノ+エレキギター+弦楽器を組み合わせた彼の作品集を作りたいと思っています。
アルバム名『Another Story』の由来は?
福盛:収録曲の中から、一番しっくりくる言葉を選びました。それほど深い意味はなかったのですが、個人的にはECM盤とは違う、これからの自分の方向性を示す、新たな物語の始まりという意味もあります。
2枚組にした理由は?
福盛:良い曲がたくさん録音できて、1枚には収まり切りませんでした。1枚にするとどうしても窮屈になってしまうので、曲を並べた時に2枚の方がしっかりと伝わると思いました。CD 1に「月」、CD 2に「花」と各ディスクのテーマを先に決めてから、曲順を考えました。
アルバムの全体的な印象は、ドラムが前面に出ていない、でした。
福盛:ドラマーのアルバムだからドラムがたくさん出ればいいとは考えていなくて、全体のバランスを意識しています。物語として伝わる音作りを心掛けました。演奏していないから前面に出ていない、という考えは自分の中に無くて、たとえ音が鳴っていなくても常に最前線にいる気持ちを持っています。
アメリカで10年、その後ヨーロッパで8年間生活。海外で長く生活・音楽活動をしたからこそ、アジア人にしかできない音楽に取り組もうと思ったのですか?
福盛:日本にずっといたら、そういう思いにはなっていなかったかもしれません。17歳から海外に住んで、最初は自分が日本人であることに違和感やコンプレックスがありました。アメリカのいい部分を見ていたし、日本の嫌な部分しか思い浮かばなかった。その後、時々帰国した時に、日本の素晴らしさを発見し、掘り下げると結局自分は日本人である、というところに行き着きました。自分のアイデンティティを出す方が、絶対にいいと思うし、そういう音楽をいつかやりたいと、ずっと思っていましたね。アジアのそれぞれの土地が持っている独特の空気感や匂いを、欧米人とはまた違う感覚でアジア人なら共有できると思っています。
メンバー全員を日本人にした理由は?
福盛:実は最初はソンジェとの共演作を考えていたのですが、コロナで来日できなくなったので、急遽日本のミュージシャンに集まってもらいました。そのようなタイミングだったのだと思います。希望した全員が参加してくれました。
ライヴを行った後にスタジオに入るのが一般的だとすれば、そうではない制作スタイルでした?
福盛:リハーサルもせずにその日に集まってもらって、そこで進めました。2曲は藤本一馬(g)カルテット(林正樹、西嶋徹、福盛)のレパートリーで、同じメンバーで収録しました。佐藤浩一君とはデュオでのライヴを何度もやってきていたので、その中の曲も自然と録音する流れになりました。
Disc-1②「L.A.S.」の曲名の意味と、本作で唯一の10分超(14分42秒)になった理由は?
福盛:ドイツ語で「Langsam aber sicher(ゆっくりだけど確実に)」の意味を表す頭文字です。ドイツ人の友人が口癖で言っている言葉から取りました。非常にテンポが遅いため、ワン・コーラスに4分半くらいかかる曲。自然と長時間になりました。
③「可惜夜」(あたらよ)の曲名由来は?
福盛:インプロヴィゼーションなので元々曲名がついていませんでした。マネージャーからの提案です。「万葉集」由来の「明けてゆくのがもったいないような良い夜」。意味を含めて素晴らしい単語だと思いました。
④「悲しくてやりきれない」はザ・フォーク・クルセダーズの楽曲(1968年)です。
福盛:父親が日本のフォークが好きで、よく自宅で流れていて、ギターも弾いていました。その流れで自分もフォークルが好きになり、今までずっと好きな曲。フォークルの他にオダギリジョーが『パッチギ!』で歌ったサントラ・ヴァージョンも好きです。18歳の時から、いつかこういう音楽を自分の形でやってみたいと思っていました。この曲はぼくのトリオでインストでもやっていて、ここではそれに近いアレンジです。歌詞が好きなので、男性ヴォーカリストに入ってほしかった。青柳拓次さんの声が曲に合うと思いました。
⑥「Another Story」に尺八とアルトサックスを入れた理由は?
福盛:録音が決まってから、メンバーの蒼波花音(as)さんのために書いた曲。尺八とアルトがいっしょになっている場面を聴きたかったのです。それで小濱明人(尺八)さんに入ってもらいました。
Disc-2①「Birth」はどのように生まれましたか?
福盛:2018年に佐藤君と公園通りクラシックスに出演した日の朝に起きて、すぐに書いた曲です。その日が自分の誕生日だったのでこのタイトルになりました。その時両親が大阪から東京に来ていて、ライヴを観に来るということで、その日の夜に初演し両親に捧げました。
②「Flight of a Black Kite」の作曲コンセプトは?
福盛:先入観を入れないために、何もイメージせずに作曲することが多いのですが、この曲はトンビが空を舞っている風景が浮かんで、それを意識しながら作曲しました。最初はランド&クワイエットのレパートリーにするつもりだったのが、藤本カルテットで演奏して、広がった感じです。
③「水光」(Improvisation)はSalyu(vo)はどのような雰囲気で録音されましたか?
福盛:曲名の「みひかり」は水面がキラキラ光っている様子のことです。「可惜夜」と同様に何の打ち合わせもなく、Salyu(vo)さんと2人でスタジオに入って録音した2テイク、という感じです。④「美しき魂-花-」と連続したイメージにしたくて、この曲順にしました。
⑦「Walk」はアメリカ民謡を想起させる一節が出てきます。
福盛:かなり前に何も考えずに書いた曲。「シェナンドー」の一部と似ていることを、書いた後に気づきました。「シェナンドー」はキース・ジャレットの『メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』の演奏が好きなので、その影響があったのかもしれません。
⑧「花は光に導かれ」は1分47秒のピアノ独奏による最終曲です。
福盛:最後になればいいと思って書いた曲。最初から決めていました。何年も前から頭にあったメロディを、録音の前日に書きました。曲の後半は2つのコードが繰り返される構成で、自分はそこに含みを持たせて、これから先につながる、というニュアンスで終わらせたかった。そういう意味で曲名をつけました。2つのコードというのは、『For 2 Akis』にも収録されている「Spectacular」のイントロで使われているものです。
アルバムを通じてリスナーに伝えたいメッセージは?
福盛:メッセージはありません。何かを言うと、先入観を持たれてしまうことがあるので。聴き手の受け取り方が大切だと思っています。自分からメッセージは言いたくないのです。どのような捉え方でも正解だと思います。
今後の活動拠点は日本になりますか?
福盛:一度はミュンヘンに戻らなければと思っていて、2021年から活動の拠点を日本に移すことはコロナに関係なく前から考えていました。ヨーロッパでやりたいことは一通りやったと思っています。
(2020年11月27日、キングレコードにて取材)
●取材協力:キングインターナショナル