ジャズ史上、ヨーロッパで初めて世界的な名声を獲得したジプシー・ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトを描く映画を制作したエチエンヌ・コマールが、プロモーションのために来日。11月25日からのロードショーを控えて、作品とジャズについて話をうかがった。
好きな音楽ジャンル、ミュージシャンについて教えてください。
EC:最初はクラシック音楽です。8歳から15歳までフルートを吹きました。10代になるとロックが好きになって、ニューウェイヴと共に思春期を過ごしました。トーキング・ヘッズ、ロキシー・ミュージック、デヴィッド・ボウイ、パンクのクラッシュら英米のバンドやミュージシャンですね。父がジャズ好きだったので、その後はジャズやブルースに興味が広がって、ジャンゴ・ラインハルト(g)、ジョン・リー・フッカー(g,vo)やアフリカのアリ・ファルカ・トゥーレ(g,vo) も聴きました。中年になってからはロックに戻って、バンドを組んで演奏もしています。
好きなジャズ・ミュージシャンに関して、具体的に教えてください。
EC:独学でピアノを修得してユニークな個性を確立し、J.S.バッハのハープシコード曲に興味を持っていたというセロニアス・モンク。『スケッチ・オブ・スペイン』『カインド・オブ・ブルー』のマイルス・デイヴィス(tp)やデイヴ・ブルーベック(p)。過去20年間はクリエイティヴな面でジャズは停滞している印象もありましたが、ここ7~8年、ロック、フォーク、現代音楽とジャズを掛け合わせて実験的で前衛的な音楽を作る若いジャズ・ミュージシャンが出てきたと思っています。
ジャズとフランス映画の関係を言えば、1950年代後半に始まったヌーベルバーグが有名。その代表作であるマイルス・デイヴィスが演奏したルイ・マル監督作『死刑台のエレベーター』に関してのコメントをお願いします。
EC:素晴らしい映画音楽だと思います。映画のラッシュ・フィルムを見ながら音楽を完成させたのは、驚くべきことですよ。
音楽ジョン・ルイス(p)のロジェ・ヴァディム監督作『大運河』(Sait-On-Jamais)や、音楽アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのエドアール・モリナロ監督作『殺られる』(Des Femmes Disparaissent)もヌーベルバーグの作品。これらのようなアメリカ人のジャズを取り入れたフランス映画が成功した理由は何だと思いますか?
EC:全部で6本くらいでしょうか。大きな潮流を生んだというほどのものではなかったと思います。パリは懐が深い都市で、アメリカの黒人ミュージシャンがパリを目指してやって来たこともあるし、ジャズは映画監督にとって教養の一つでもあったので、そういう意味でジャズとフランス映画の接点が作られやすい状況にあったのかもしれません。フランス映画とジャズの関係が、他の国に比べて特に親和性が強かったかどうかはわかりませんが。イタリアやイギリスでジャズを取り入れて成功した映画がたくさんあることは知っています。
これまでプロデューサー、脚本家として携わってきた作品の中で、音楽関係のものは?
EC:ありませんでした。今回、私の監督デビュー作で初めて音楽を扱えたことは、偶然ではないんですよ。映画と同じくらい音楽にも関心が深くて、客観的に見ても映画と音楽は創世期から密接な、相思相愛と言っていい関係を持っています。無声映画に伴奏が付けられるのは、その一例。私自身、映画音楽が大好きでよく聴きますし、今回私が音楽を語る映画を初めて作ったのは、自然なことだったのです。
ジャズ・ミュージシャンをテーマにした映画を制作する上で、過去のこのジャンルの作品が参考になりましたか?
EC:チャーリー・パーカー(as)が主人公のクリント・イーストウッド監督作『バード』も、ベルトラン・タバルニエ監督の『ラウンド・ミッドナイト』も公開時に観ています。でも『永遠のジャンゴ』を制作するために観直してはいないので、参考にしたわけではありません。むしろ参考にしたのは音楽映画ではない60年代の西部劇『Johnny Guitar』(=『大砂塵』)と、パリの占領下時代を描いたジョセフ・ロージー監督、アラン・ドロン主演作『パリの灯は遠く』です。監督が音楽を使う動機は、音楽だけに興味を持っているわけではないでしょう。イーストウッドだったらアメリカにおける黒人の立ち位置と関係を描きたかったのだろうし、それぞれの監督が音楽を通じて別のテーマを描きたかったのではないかと思います。
ジャズ・ミュージシャンを主人公にした過去の映画は、特に当人のファンから実物と比較されることが避けられませんでした。この点に関して本作を制作する時に、気をつけたことは?
EC:満足させるのが一番難しいのが音楽ファンなのです(苦笑)。それは皆さんがミュージシャンに愛を持っていて、それぞれ違う真実を持っているからです。彼らが期待して映画を観に来ても、がっかりして帰ることが少なくない。私たちが気をつけたのは、少なくとも音楽に関してはジャンゴのファンをがっかりさせないものを作ろう、ということでした。サウンドもヴィジュアルもできるだけ真実に近いものを提示して、満足してもらう企図がありました。ストーリー性に関してはファンから意外性を持たれたかもしれません。戦時中のジャンゴは、あまり知られていない時代に当たります。映像化されている作品では若い頃ステファン・グラッペリと出会って演奏したものや、戦後アメリカへ渡ってデューク・エリントンと共演したものは、ファンならご存知でしょう。その意味で今回は知られざる部分を明らかにしています。
脚本の執筆と撮影にかかった時間は?それは過去にご自身が関わった作品と比べて長いのか短いのか。
EC:だいたい同じくらいのリズムでした。脚本に1年半。準備期間と撮影、編集に1年半です。
ジャンゴ役にレダ・カテブを選んだ理由は?
EC:彼(1977年生まれ)の世代のフランス人俳優では、演技力がピカ一です。しかもギターを演奏するために1年半の特訓を積んだという自己犠牲も払っていて、その準備をしっかりとする覚悟があったのも大きいですね。
劇中では吹き替えとは思えないほど、演奏と音楽が一致していました。彼は元々ある程度ギターが弾けたのですか?
EC:音楽好きではあるけれど、ギターを弾く経験はなかったので、コーチをつけて修得してもらいました。サウンドトラックは彼ではなくローゼンバーグ・トリオの演奏ですが、手の動きは完璧にマスターしてくれと注文し、彼はそれを見事にやってのけたのです。本人は非常に苦労したと思いますよ。
映画の冒頭でジャンゴが釣りをしているせいでコンサートが遅れる、というシーンを入れた理由は?
EC:ジャンゴが釣り好きだったのは事実です。仕事よりも趣味を優先させるような人物で、コンサートに遅刻することに関しては、色々なエピソードがあります。仕事の義務によって自分が縛られている感覚を持ちたくなかった人。バーで飲んでいたり、トランプや釣りをやっていたりという理由で遅刻したわけですが、自分のリズムとタイミングで動く人物であることを示したかったのです。
パリの劇場でバンドが演奏しているシーンはどのように撮影したのですか?
EC:劇場で事前に録音したサウンドトラックを流して、それをバンドが演奏しているように撮影しています。レダ以外のメンバーは役者ではなく本物のミュージシャンを起用しているので、音楽と映像のシンクロだとしてもメンバーは音楽の活力を表現することができたのです。
ジャンゴの愛人ルイーズは実在の人物ではなくフィクションですね。映画で重要な役どころの彼女を入れた理由は?
EC:ジャンゴには多くの愛人がいました。数人を混ぜて、ルイーズというキャラクターを作ったのです。リサーチをしていて面白いと思ったのは、どうやってジャンゴがスイスへ渡ったのかは謎のままなんですよ。脚本家として私が想像したのは、ひょっとしてそういう力を持っていた女性が協力したのではないか、ということ。そのようなイマジネーションは歴史的事実とは異なるかもしれないけれど、文学的・詩的な意味合いがあるのでは、と思います。
ジプシーがナチス・ドイツに迫害された歴史的事実を描くことも、物語の大きなテーマだと感じました。現在のフランスを始め世界中でこの事実が認識不足だと感じるのが、そのテーマを入れた理由でしょうか?
EC:おっしゃる通りです。フランス映画でジプシーの悲劇が描かれたことはなかったし、その時代を語られたこともありませんでした。当時の彼らの苦難を、映画という芸術を通して語ろうと思ったのです。
原題は『Django』で邦題は『永遠のジャンゴ』。この邦題についてどう思いますか?
EC:凝りに凝って考えたタイトルが他の国で別の表記になると、がっかりすることもあります。例えば『神々と男たち』はオリジナルなタイトルだと思っているので、それが全然違ってしまうと残念です。『Django』は平凡なタイトルなので、それが多少変わることは気にしていません。邦題に関しては“ジャンゴ”を入れてくれたので、ありがたいです。最初は『Django Melody』なども考えましたが、『Django』だけでいいと思いました。この言葉には二つの意味があって、“自分が目覚める”と“私が誰かを目覚めさせる”。この点でも私の作品にぴったりだと決めたのです。