6月10日に新作『ヴァイブラント』をリリースするピアニストの西山瞳。通算20枚目を数えるアルバムを完成させたタイミングで、作品にまつわる話を聞いた。
初のソロ作『クロッシング』(2013年)は10枚目のリーダー作でした。制作の動機は?
西山:枚数が先にあったわけではなく、一度トリオでコンサートをした仙川アヴェニューホールのピアノ(FAZIOLI)と環境が非常に素晴らしかったので、ここでソロを録音したいと思った事がきっかけです(※仙川アヴェニューホールは2014年に閉館)。ちょうどそれが10枚目のタイミングでした。
昨年までのライヴ活動において、ソロ公演はどれくらいの割合でしたか?
西山:月に1度ぐらいです。自分から企画するよりは、お店に声をかけて頂くことの方が多いです。
デュオ以上の編成に比べて、ソロ公演では演奏に取り組む気持ちや姿勢に違いがあるとすれば、それは何でしょうか?
西山:アンサンブルは共演者に向き合い、共演者とともに音楽を作っていきますが、ソロは自分のみと向き合う作業です。アンサンブルの時は、共演者の音を聞くことにも全体の50%ぐらいの力を使っている感じですが、ソロだと100%自分の音に集中するので、集中の質が違います。しっかり睡眠をとって、演奏の中で自分の好きなところに自由に行けるように、頭を空っぽかつ鋭敏な状態にしておきたいと思っています。演奏したい曲はメモを書いて行きますが、セットリストは決めず、その時の流れで選んで行きます。
新作『ヴァイブラント』は2枚目のソロ・アルバム。通算20作目の節目であることと関係がありますか?制作の動機とは?
西山:昨年、ソロ・アルバム制作の話がありました。そちらがレコード会社の関係でスケジュールが何度か延期されて、録音の延期というのは緊張感を間延びさせることになり、あまり延期を続かせるのは自分自身にとって良くないと思ったので、一旦バラしてもらって自分で録音することにしました。先方の事情もあるので待っていても良かったのですが、待たずに自分で録音したのは、「早く録音してしまって気分的にすっきりしたかった」というのもあります。タイミング的にたまたま20作目の時期だったということもあります。
アルバム名『ヴァイブラント』の命名理由は?
西山:このアルバム内で、一番自分らしく書けたと思っている曲が「ヴァイブラント」なので、この曲をタイトルにしました。
『クロッシング』は武満徹などのカヴァーを選曲されましたが、新作は全9曲がオリジナル。その理由は?
西山:本当はこの倍の曲数を録音していて、その中にはカヴァーも、全然違ったタイプのオリジナル曲もあったのですが、表題曲「ヴァイブラント」を中心に選んだら結果的にオリジナル曲だけに、しかも自分の曲カテゴリの中で「演歌」と呼んでいる部類のメロディのはっきりした曲ばかりになりました。
録音場所に渋谷ホールを選んだ理由は?
西山:FAZIOLIがあるホールということで、2019年に二度このホールでコンサートをしています。こぢんまりして非常に使いやすかったのと、ピアノ(F212)の状態も良かったので、一度こちらで録音してみたいと思っていました。録音は、エンジニアさんと二人きりでやっています。集中したかったので、誰も手伝いを呼びませんでした。こんなに最小限の人数で録音したのは初めてです。
全9曲は②⑨を除いて、本作が初録音ですか?
西山:作曲時期はバラバラですが、②⑨以外は初録音です。
CDの収録可能な最長79分を踏まえると、9曲&45分はコンパクトな印象があります。LPレコードの収録時間を意識したのですか?
西山:自分自身がリスナーとして、50分弱のアルバムは集中が途切れず心地良く感じます。
また、ソロ録音なのでバンドほどの大きな起伏にならないですから、全体は短めでいいと思っていました。
①「Empathy」の作曲コンセプトは?
西山:レコード会社主導でアルバムを制作する時は、これまで1、2曲目に派手でパンチのある曲を掴みに必ず持ってきていました。しかし個人的には、アルバムの一曲目はゆっくり現実世界から離陸するもの、バラードというか静かなもの、かつ奥行きの想像できるもので始まる作品は、聴いていて集中できるし、飽きがこなくて好きです。今回は自分で好きに作れるので、そういう1曲目にしたいと、また2曲目の「Vibrant」に繋がる導入として、スペースのある曲にしようと、意識していました。
②「Vibrant」は2019年の『The Tree Of Life』の収録曲でもあります。
西山:2016年に書いた曲ですが、「自分自身が気持ち良く弾ける、弾きたい曲を書こう」と思って煮詰めて書いた曲で、そういう意味で私のある部分の美意識が一番強く反映されている曲かなと思います。子どもの頃から、素敵な曲を弾きたいという欲求が常にありました。そして素敵な曲を弾いている最中の心の喜びみたいなものが、Vibrantという言葉かなと思い、このタイトルになりました。
③「Recollection」を2002年に作曲しながら、今までレコーディングしていなかったのは?
西山:あまりにもエンリコ・ピエラヌンツィ(p)の真似事になってしまうと思って、しばらく演奏していませんでした。自分が自分自身になるために、ピエラヌンツィのコピーをしていたので。その頃から20年近く経って、そういう気持ちも最近どうでも良くなりました。
作曲家エンリコ・ピエラヌンツィの尊敬する部分とは?
西山:最近特に思うこととしては、相変わらず新譜も沢山出し続けていますが、同じクオリティで同じようなエモーショナルな曲をずっと大量に書き続けていることですね。創作を長年コンスタントに同じ物量で続けるというのは、大変難しいことだと思います。
④「Until The Quiet Comes」は:「横浜のジャズクラブ上町63で、ソプラノサックスの塩谷博之氏と演奏していた曲」とのこと。
西山:これから共演するプレイヤーが、こんな感じの曲だったらきっと素晴らしい演奏をしてくれるんじゃないかと想像しながら曲を書くことが、普段から多いです。コンセプトというよりは、気持ち的には共演者に対するファンレターみたいなものですね。
⑤「To The North」は2019年頭にアイデアを書き留めて、同年7月のピアノ・デュオのために完成させた楽曲とのこと。
西山:作った当初、『ゲーム・オブ・スローンズ』を観ていたので、そのドラマの雪と氷の中世のような風景に合うなと思って、名付けました。それもあって、ピアノ2台だと、アルペジオが北風のようにずっと鳴っているように演奏できるな、というアイデアがありました。
⑥「Hand In Hand」はFAZIOLIのF308を使用して作曲されました。
西山:音のまろやかさ、音が消えるまで続く充実感、暖かさ、背中を押してくれるような希望に満ちた明るさなどを感じて、衝動的に何か曲を書きたいと思いました。スタインウェイのバッチリ整った精密機械の完璧な芸術品も好きですし素晴らしいのですが、楽器が息をしていてとても生命感が強いという印象を受けました。
⑦「Behind The Door」は2015年にソロのために書かれたとうかがいました。
西山:ジャズだと、スペースがあったら誰かが埋めて会話を進めていくことが多いですが、ソロだとスペースを放置して一人で話を進めていくことも楽しめます。全編にわたって独り言みたいな感じです。
市野元彦(g)とのデュオのために生まれた⑧「Snow Train」の楽曲コンセプトは?
西山:曲の前半は一音を軸にメロディが絡むようにしていますが、アドリブ部分はその一音を軸にフリーで即興演奏をします。曲の枠組みがあってないような曲なので、たまたま今回の録音はこうなった、という感じです。
⑨「I’m Missing You」は2004年自主制作盤のタイトル曲の再録になります。
西山:自分の作曲活動の中で最初の音楽のドアを開けた曲でもあり、自主制作盤『I’m Missing You』自体もその後の活動に繋がり、私の人生のドアを開けたところがありましたから、この曲も、アルバム『I’m Missing You』の収録曲全ても、私の人生で大事な曲となっています。本当はソロなので少しアレンジを変えようかなと考えてみたのですが、結局2004年のそのままがいいなと思って、アレンジは全く変えていません。ただ以前と違うのは、一人で曲と再び向き合ったということのみです。
パッケージはLPレコードの縮小版と言えるダブル厚紙ジャケット仕様です。
西山:ソロで、非常にパーソナルな作品だと思っています。二人という最小人数で録音し、思った以上のことは弾かないようにと心がけて録音しました。自分のための一人語りという意識が大きく、あまり派手に打ち出す内容ではないなと思っていました。
パッケージも、音楽以外の情報はほぼ不要だと思っていたので、タイポグラフィの専門家にシンプルにデザインしてもらいました。
最近は紙ジャケでも薄いものが多いですが、CD収集が好きで始まったキャリアだと思っていますので、リスナーとしても所持したくなるパッケージでありたいなと思います。そのため、物質的手応えのある厚みのあるものにしたかったです。
ちなみに、今回は配信販売は全くせずCD販売だけです。ソロでパーソナルなものなので、広く手軽に聴ける配信という形態とは今回はマッチしないだろうなと思ったからです。
写真は、興味があればネットで調べればいくらでも出てきますから、別に要らないかなと思っています。
新作を通じてリスナーに伝えたいことは?
西山:言葉としてこちらから伝えたいことはないですが、音楽を聴いて何か感じてもらえたら幸いです。
3月の自粛要請以降、ライヴができない状況で、どのような活動をされてきましたか?
西山:Facebookページからのライヴ配信はしていました。
最初は、本来空気を通してその場で体験するライヴをオンラインで配信することには懐疑的でしたが、自分でもやってみると、日本国内でもあちこちの地域の方が見てくださり、また海外の方も見て下さいました。一緒に空気の振動は感じることができなくても、地域の違う音楽ファンが同じ時間に集まって一緒に同じ音楽を体験することはできるということがわかり、自粛期間中に人と会えない中でこういう時間が持てるのは素晴らしいことかも、と思いました。
作曲はお恥ずかしながら全くしておらず、リフレッシュのためにクラシックの練習をしていました。次に人前で演奏する予定がない状況は、この先への不安もありましたが、逆に目先の目標がないことで、精神的にゆっくり音楽に向き合えたと思います。あまり「次に人前に出るときに新しいものを聞いてもらえるように」と意気込んで練習しようと思っていませんでした。
それから、海外のいろんなアーティストの配信ライヴは見ていました。なかでもエンリコ・ピエラヌンツィのホーム・コンサートは、多作なアーティストなのに映像作品がないので、貴重な機会でした。
それから、2013年『Travels』に続く歌のアルバムを製作中です。3月10、11日にレコーディングしていたのですが、自粛期間中にミックスなどの作業をしていました。
今後の活動予定を教えてください。
西山:上記の歌のアルバムを9月末にリリース予定です。2013年『Travels』と同じく、私の曲にvocal東かおるが歌詞を付け、前回と同じメンバー、市野元彦guitar、橋爪亮督tenor sax、西嶋徹bassで録音しました。早く聴いて頂きたい内容です。
コロナの自粛期間で先のライヴの予定がなかなか組めなくなり、ライヴはこれから少し減っていくと思いますが、焦らず良いペースで演奏活動できればと思っています。