マーシャル・ジルクス(1978~)の名前が広く知られるきっかけになったのは、マリア・シュナイダー・オーケストラのメンバーとして、レコーディングとライヴで活躍し始めてからのことだった。2007年の『スカイ・ブルー』はクラウドファンディングのパイオニア・レーベルに位置づけられるArtistShareで、シュナイダーが初めて制作したアルバムであり、現在に至る米国屈指の楽団の地位へと向かう記念碑となった。ジルクスが帯同した2012年12月のシュナイダーの初来日公演@ブルーノート東京では、ライアン・ケバリーと共に、トロンボーン・セクションで重要な役割を演じており、その場面は今も印象深い。
個人的には業務提携をしている米国のPR会社から勧められた2012年初頭リリースの第3作『サウンド・ストーリーズ』を入手。レビュー記事を書いていたので、ジルクスの実力はシュナイダーの来日以前から認識していた。
通算5枚目となるこの新作『オールウェイズ・フォーワード』は、2015年発表の前作『ケルン』(2014年1月録音)に続くドイツのWDRビッグ・バンドとの共演作。ジルクスは2010年初頭から2013年末までWDRに在籍しており、同作は退団直後にもかかわらず請われて再会し、ライヴを経てスタジオ入りした経緯がある。ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ、デューク・エリントン、デヴィッド・バーガー、ライアン・トゥルーズデル・ギル・エヴァンス・プロジェクト、ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラ、クリスチャン・マクブライド、ダーシー・ジェームス・アーギュ・シークレット・ソサイエティと、米国の重要楽団を渡り歩いた経験が、WDRとのコラボ作に落とし込まれたことは再認識されていい。前作はグラミー賞で〈Best Large Jazz Ensemble Album〉と〈Best Instrumental Composition〉の2部門にノミネートされた。
自作8曲とスタンダード2曲からなる本作は、ジルクスの作編曲スキルと、それを体現するバンドの演奏力が聴きどころになっている。楽団が勢いよく飛び出す①「パドルイ・ジャンピング」は、ジルクスの驚異的なテクニックが堪能できるトラック。それを苦も無く聴かせるあたりは、トロンボーン界の進化形だと思える。コール・ポーター作曲の②「イージー・トゥ・ラヴ」は、シャープなアレンジのアップ・テンポに翻案。ここではアルト・ソロイストのヨハン・ホーレンが収穫。息子のために書いた③「モーニング・スマイルズ」はメランコリックな美旋律が魅力的で、ジルクスの代表的なバラードになりそうだ。
アルバムの中核を成すのが後半に位置する、3曲構成の組曲。これはジルクスが家族といっしょに友人の結婚式に出席するため、休暇を兼ねてアラスカを訪れた時の経験に基づいて作曲。ホーレンのソプラノをフィーチャーしたミディアム・テンポの⑥、ふくよかなホーン・アンサンブルがシュナイダー楽団を想起させる⑦、アンディ・ハンターのトロンボーン・ソロの前後をアップ・テンポのホーンズが挟み込んで最終楽章に相応しく仕上げた⑧と、同地の名所として親しまれるデナリ国立公園から得た強いインスピレーションが反映されている。
アルバムの最終曲となるタイトル・ナンバー⑩は、ジルクスの独奏がやがてホーン・セクションと共にクライマックスへと高まっていき、聴く者をカタルシスへと誘う。
7月に永眠したビル・ワトラスが築いた白人トロンボーン奏者の系譜における、正統的な継承者との思いを強くする作品だ。
