Text:杉田宏樹 Hiroki Sugita Photo:© artpepper.bandcamp.com
アルトサックス奏者アート・ペッパー(1925~82)の未発表作品である。ペッパー他界後、内外の様々なレーベルから音源が発掘され、ファンを喜ばせていた。これはマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンの例を挙げるまでもなく、ジャズ・ジャイアンツの衰えない人気の証しとも言える。そんな状況に嬉しい変化が訪れたのは2006年。『Unreleased Art, Vol. 1 The Complete Abashiri Concert』を第1弾とした新興レーベルWidow’s Taste Recordsの創設だった。これは未亡人のローリー・ペッパーがプロデューサーを務め、ペッパーのアーカイヴ音源を順次アルバム化することを目的としたもので、既発作のヴァージョン・アップ盤を含めてシリーズ化された意義と価値は大きい。
本作『Unreleased Art Pepper Vol.10: Toronto』は77年6月16日にカナダ・トロントのクラブ“バーボン・ストリート”で収録されたライヴだ。同時期の作品としては77年6月17日、同店録音の『Live In Toronto Vol.1』(Norma NOCD5662、4曲収録)と、『同Vol.2』(NOCD5663、3曲収録)が98年にリリースされている。2005年には同じ曲名の全7曲を収めた『Meets The Canadian Rhythm Section』(Jazz Bank MTCJ-1079)が登場。表記メンバーはベースのデヴィッド・ピルチが全曲参加である以外は本作と同じだ。Normaの2枚とJazz Bank盤の収録トラックは同一と判断できるが、「パトリシア」は前者が16分47秒、後者が14分05秒で、試聴したところ異なる音源だと思われる。これら3タイトルが実は本作と同日である可能性も検証したが、複数の同一曲の演奏時間が異なるため、この仮説は消えた。
77年のペッパーの足跡を振り返っておく。
1月23日)カリフォルニア“ハーフ・ムーン・ベイ”にカルテットで出演:『A Night In Tunisia』(Storyville)
4月5日)カル・ジェイダー・グループの一員として初来日:『Tokyo Debut』(Galaxy)
5月26日)『No Limit』(Contemporary)録音
6月中旬)カナダ・トロント“バーボン・ストリート”に出演
6月下旬)NY“ヴィレッジ・ヴァンガード”に出演
7月28~30日)“ヴィレッジ・ヴァンガード”に出演:『Live At The Village Vanguard』(Contemporary)
77年は私が本格的にジャズを聴き始めた年で、最初に好きになったアルト奏者がアート・ペッパー。日本先行発売の上記ヴァンガード・ボックスLPも発売直後に購入して、ペッパー愛を深めたのだった。
ペッパーはこのカナダ公演にあたって、現地のミュージシャンを起用。バーニー・セネンスキー(p)、ジーン・パーラ(b)、テリー・クラーク(ds)は全員が30代で、セネンスキーは初リーダー作『ニュー・ライフ』を75年に発表したタイミング。エルヴィン・ジョーンズ・グループの一員だったパーラは、78年にドン・アライアスとの双頭バンド、ストーン・アライアンスのデビュー作をリリース。テリー・クラーク(ds)は76年のジム・ホール『Live In Tokyo』で日本のジャズ・ファンに知られた。17歳のデイヴ(デヴィッドが通名)・ピルチはプロ入りして間もない時期で、後にホリー・コール(vo)の92年のヒット曲「コーリング・ユー」でベーシストを務めることになる。
61年から74年まで、悪癖のために引退状態だったペッパーが本格復帰したのが75年。3枚組の本作のオープニング曲は復帰第2弾『The Trip』(Contemporary)からの「ア・ソング・フォー・リチャード」。ジョー・ゴードン(tp)が作曲したナンバーはContemporaryのプロデューサー、レスター・ケーニッヒの助言を受けて、同作に選曲したという。ミディアム・テンポに乗ったペッパーの先発ソロでは、急速調のフレーズや60年代にジョン・コルトレーンの影響を受けて、カムバック後の新生アート・ペッパーの象徴的奏法となったフリーキー・トーンも織り交ぜて、リーダーシップを示す。50年代と同等の輝きを放つ即興演奏が素晴らしい「ロング・アゴー・アンド・ファー・アウェイ」、77年4月のカル・ジェイダーとの来日公演で毎回演奏したバラード・アーティストリーに溢れる「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」、ジョン・ハード(b)のために作曲し、メンバー紹介を兼ねた各セットのエンド・テーマ曲でもある「ブルース・フォー・ハード」と、Disc 1④までがピルチがベースを弾いたファースト・セットだと思われる。
ベースがパーラに交代してからは、10分以上の楽曲が連続。75年の復帰作『Living Legend』からの「サンバ・マム・マム」は、カリプソ色も交えてメンバー全員が躍動し、セネンスキーの奮闘ぶりも光る。57年の名盤『Meets The Rhythm Section』に収録するも、ライヴではあまり演奏することがなかったという「スター・アイズ」は、ペッパー節が全開になる独壇場の12分超だ。
ライヴで復帰する前は、自分のスタイルが古いために米国のリスナーに受け入れてもらえないのでは、と不安を抱いていたペッパーは、しかし50年代までにはなかった前述の個性を自分のものとしていた。最新の技術によってカセットテープの音源が驚くほど明瞭なクオリティで甦ったのも特筆もの。本ライヴのわずか5ヵ月後に他界したレスター・ケーニッヒも、このアルバム化を喜んでいるに違いない。
■Track List
Disc 1:①A Song For Richard ②Long Ago And Far Away ③Here’s That Rainy Day ④Blues For Heard ⑤What Is This Thing Called Love
Disc 2:①All The Things You Are ②Band Intro ③The Summer Knows ④I’ll Remember April
Disc 3:①Samba Mom Mom ②Star Eyes ③Art Pepper Interview
■Art Pepper(as) Bernie Senensky(p) Dave Piltch(Disc 1①~④:b) Gene Perla(Disc 1⑤, Disc 2,3:b) / Terry Clarke(ds) 1977.6.16, Tronto,Canada
■Widow’s Taste Records APM18001