エンリコ・ピエラヌンツィの絶好調ぶりが止まらない。2001年発表作『Play Morricone』を皮切りに、移籍した伊CAM Jazzを舞台としながら様々なミュージシャンとの共演作やクラシック・プロジェクトにも取り組み、母国イタリアはもちろんのことヨーロッパの最高峰ピアニストとしての名声を揺るぎないものにした。CAM Jazzのリーダー作で組んだベース+ドラムのチームは、エンリコが世界へと飛躍するきっかけになったPJBトリオのマーク・ジョンソン(b)+ジョーイ・バロン(ds)、90年代から所縁がある『Special Encounter』(2005年)のチャーリー・ヘイデン(b)+ポール・モチアン(ds)、ラテン・ジャズ・クインテット名義作で新境地を示した『Live At Birdland』(2010年)のジョン・パティトゥッチ(b)+アントニオ・サンチェス(ds)、新時代に呼応してトリオをヴァージョン・アップさせた感のある『Permutation』(2012年)のスコット・コリー(b)+アントニオ・サンチェス、エンリコが最も影響を受けたビル・エヴァンス(p)のファースト・トリオとラスト・トリオのメンバーとの再会にもなった『Live At The Village Vanguard』(2013年)のマーク・ジョンソン+ポール・モチアン(ds)と、多彩な米国著名人との関係を築いてきたことが明らかだ。

エンリコは2014年頃にCAM Jazzとのエクスクルーシヴ契約を、他のレーベルでの制作も可能な形に変更。この自由度と安心度の高い環境を得たことはすぐに反映されて、2018年までの5年間にスイスTCB、独Intuition、英33Records、伊Via Veneto Jazz、Casa Del Jazz、仏Bonsai Music、デンマークStuntと、ヨーロッパ各国へと拡大しており、これはエンリコの需要がどれだけ高いかが明らかになった事例として認識されるべきだろう。つまりエンリコのレコーディング活動は、CAM Jazzに収まり切れなかったということだ。2017年に4タイトル、2018年に5タイトルのリリースが可能になったのは、欧州ジャズ業界からの厚い支援があればこそ、だった。

私が本作『New Visions』の情報を得たのは、登録しているStoryville Recordsからのメールだった。エンリコは30年以上にわたってコペンハーゲンでライヴ活動を続けており、マッズ・ヴィンディング(b)、イェスパー・ルンゴー(b)、アレックス・リール(ds)らデンマークのミュージシャンと共演してきた。近年はラーシュ・ヤンソン・トリオのレギュラー・ベーシストであるトーマス・フォネスベックとのデュオも多く、2017年7月《コペンハーゲン・ジャズ祭》会期中に同地の“ゴスタウス・ビストロ”に出演した時の音源は、2018年に『Blue Waltz』(Stunt)としてリリ-スされている。

同地の名店として世界的に名高い“ジャズハウス・モンマルトル”の音楽監督を務めるクリスティアン・ブローセンは2017年冬、フォネスベック+ユリシス・オウエンスJr.(ds)とのトリオの出演をエンリコに提案。オウエンスはニュー・センチュリー・ジャズ・クインテットの一員として日本で脚光を浴び、近年はクリスチャン・マクブライド(b)からの抜擢で飛躍した、新世代米国黒人プレイヤー。ところがエンリコはこの提案に対して「ノ-・サンキュー」と返答。エンリコにとって実力と相性が未知数のオウエンスJr.との共演は、時期尚早と判断したのではないだろうか。しかしそれすらも織り込み済みだったようなブローセンは、オウエンスJr.との共演によってエンリコとフォネスベックが刺激され、新しい音楽が生まれると確信。再びエンリコにアプローチすると、2018年7月の《コペンハーゲン・ジャズ祭》でオウエンスJr.との初共演が実現したのである
Wednesday 11/7 2018, kl. 20:00
Enrico Pieranunzi Duo & Trio (I/US/DK)
Enrico Pieranunzi Duo & Trio (I/US/DK)
Hotel Cecil , København K
Mainstream DKK 275 DKK / Stud 100
Enrico Pieranunzi is one of Europe’s most important pianists of today and currently at a peak of creativeness and musicianship. We know him for his work with Mads Vinding but also the legendary trio with Marc Johnson and Joey Baron. He is both poetic and impressionistic and a true master of the European music tradition. For these two nights he will be joined by Thomas Fonnesbæk, one of Denmark’s finest bass players and Ulysses Owens Jr., an American master drummer of today. This will be jazz of the highest calibre.
Line up:
- Enrico Pieranunzi (Piano/it)
- Thomas Fonnesbæk (bass/dk)
- Ulysses Owens jr. (drums/us)

このライヴの成功を踏まえて、3人は2019年3月にコペンハーゲンのスタジオに入った。プログラムは「ナイト」「ワルツ」「ドリーム」といったエンリコ・ファンなら記憶にあるワードを使った曲名が並ぶ全12曲。また「フリー・ヴィジョン」と名付けられた4曲を点在させたのも、過去の作品と同様の手法だ。4曲のヴァリエーションは文字通り3人の即興演奏によって成立したトラックだと思われる。①はシンプルなモチーフを繰り返しながら、3人の自由なやり取りによってトリオ・サウンドを発展。エンリコ&フォネスベックの流儀に、オウエンスJr.が対応している印象を抱く。③はエンリコらしいハーモニー感覚を盛り込んだ旋律で始まるアルペジオ系楽曲。このテーマにおけるオウエンスJr.はシンバルと太鼓を繊細に組み合わせながら、最良のバッキングで貢献する。テーマ~ベース・ソロに続く2番手として登場したピアノに好演が多いことを多くのエンリコ・ファンが知っており、ここでもそのセオリーを実証。さらにピアノ主導でピークを迎えた後に、ピアノとドラムの呼応パートも盛り込んで、優美に落着する。これは間違いなく収穫曲だ。

副題に「More Valentines」とある⑦は、勘のいいファンならサウンドを予想できるかもしれない。名曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を下敷きにした楽曲であり、ジム・ホール(g)とのデュオ作『Duologues』(2005年、CAM Jazz)に「Our Valentines」が収録されていたことを想起させる。言うまでもなく同作はエンリコが敬愛するビル・エヴァンス(p)と歴史的デュオ作『アンダーカレント』を残したホールとの、エンリコにとっての夢のプロジェクト。「オール・ザ・シングス・ユー・アー」や「枯葉」を変奏曲の素材にしてきたエンリコが、再び「マイ・ファニー~」を取り上げたのが興味深い。
「Piece For Joan」「One For Oscar」といった個人に捧げた楽曲を発表していたエンリコは、本作の⑪で初共演の仲間に対して特別な1曲を用意。リズミカルなピアノ・テーマで始まる曲調は、アメリカンなシャッフルで、むしろエンリコがオウエンスJr.に寄せたイメージもあって面白い。
英文ライナーノーツでも指摘されていた件。オウエンスJr.に果たしてヨーロピアンの流儀に馴染んだ演奏が可能なのか?の問いに関しては、エンリコ・ファンの不安を見事に払拭するプレイで応えてくれたのが嬉しい。8月初めに《Ystad Sweden Jazz Festival》でラーシュ・ヤンソン・トリオのステージを観た時に、その実力者ぶりを再認識させてくれたフォネスベックが、本作でも随所で好演していることも特筆したい。
1949年12月5日ローマ生まれのエンリコは、今年の誕生日で70歳を迎える。その大きな節目も単なる通過点に過ぎないとばかりに、今後も精力的な制作活動が続いていきそうだ。

『New Visions / Enrico Pieranunzi』
■①Free Visions 1 ②Night Waltz ③Anne Blomster Sang ④You Know ⑤Free Visions 2 ⑥Free Visions 3⑦Alt Kan Ske (More Valentines) ⑧Free Visions 4 ⑨Brown Fields ⑩Dreams and the Morning ⑪One for Ulysses ⑫Orphanes
■Enrico Pieranunzi(p) Thomas Fonnesbæk(b) Ulysses Owens, Jr.(ds) 2019.3.10, Copenhagen
■Storyville 1018483
■試聴:https://storyvillerecords.bandcamp.com/album/new-visions