1980年のデビューから37年。24曲連続チャート第1位、結婚~出産を経て米国進出、96年「あなたに逢いたくて~Missing You~」がミリオン・セラーと、アイドルとしては前人未到の世界を走り続けてきた松田聖子の、初めてのジャズ・アルバムである。JUJU、Coco d’Or (デヴィッド・マシューズ参画)、八代亜紀ら、ジャズに進出したJ-Pop女性歌手は少なくないが、この世界のトップを長く続ける聖子は、フル・アルバムに到達するまでに6年もの時間をかけてきた。2011年TV-CMで「スマイル」を歌唱、2012年TV-CMで「クロース・トゥ・ユー」を歌唱、ボブ・ジェームスのフォープレイと共演、2013年クインシー・ジョーンズ東京公演にゲスト出演と、少しずつ話題を提供してジャズとの距離を縮めてきた経緯がある。
私のように聖子が結婚する前の80年代からのファンであれば、ジャジーな名曲「Sweet Memories」をリアルタイムで聴いた時の新鮮な感動や、「松田聖子 with スタジオ・ミュージシャン」と銘打った日本武道館公演を覚えているはずだ。歌手として、女性として経験を重ねてきた聖子が、ようやく本プロジェクトに到達したことは、実に感慨深い。
聖子の優れた英語発音には定評があり、邦人ジャズ歌手の平均レベルを優に超えている。1曲を除き、すべて英語歌唱で臨んだのは、やはり原曲の世界を加工せずに表現したいとの、思いがあったからだろう。日本語歌唱曲の「踊ってる」(「チェリーブラッサム」)や「笑えるのよ」(「あなたに逢いたくて」)のように、独特な発音が持ち味でもある聖子は、英語発音でも同様の個性を発揮。唯一のポルトガル歌唱曲⑤も英語曲と同様の理由による必然的な選択であり、安定感ある発声には改めて高い歌唱力を実感させられる。
選曲はスタンダード、ポップス、ブラジル音楽が柱になっており、作曲家ではバート・バカラックの3曲が最多。その中で⑥はポップス歌手ヴァージョンの代表格がヴァネッサ・ウィリアムスならば、聖子はその域に迫っていると言える。
サウンドに関してはジャズとポップスの両方で実績豊富なデヴィッド・マシューズが、プロの仕事ぶりでサポート。トロンボーン4本のユニゾンによる⑤や、ストリングスを配した①のアレンジが光る。③のフルート(「裸足の季節」)、④のソプラノサックス(「Sweet Memories (New Version)」、⑨のフリューゲルホーン(「セイシェルの夕陽」)と、ソロ楽器もファンには親和性があって、マシューズの意識的な采配でないとわかっていても嬉しい。
これ1枚限りで終わらせるのはもったいないジャズ・プロジェクト。様々なブレーンが継続的に参画することによって、ジャズ・ヴォーカリスト=松田聖子の多彩な魅力を引き出してくれることを願ってやまない。