1947年ニューヨーク生まれのリッチー・バイラークは、ビル・エヴァンスに影響を受けて70年代に頭角を現したピアニストの代表格だ。ディスコグラフィーを見れば明らかなように、初期から現在までパートナーシップを続けるデイヴ・リーブマン(ts,ss)ら、特定のミュージシャンと濃密な関係を築く傾向や、ソロ、デュオ、トリオの小編成のアルバムが多くを占めることが、その音楽嗜好を特徴づけている。
本作は90年発表の『Some Other Time: A Tribute To Chet Baker』(Triloka)収録曲の一部と、同日録音の未発表音源を組み合わせたもの。同作は88年に逝去したチェット・ベイカー(tp)への追悼盤で、77年のベイカー作『ユー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』(A&M/Horizon)に参加したバイラークがピアニストと音楽監督を務めた。クレジットはノー・リーダーだったが、本作はバイラークがリーダーであることを明確に打ち出しており、初出とは異なる新しいコンセプトで再パッケージした点は押さえておきたい。
NYクリントン・スタジオで2日間行われたレコーディングは、初日が通常のスタジオ録音で、2日目が招待客を前にしたスタジオ・ライヴだった。本作はCD 1にライヴ音源を、CD 2にスタジオ録音を収録。1CD作の『Some Other Time』も2日間の音源からの選曲だが、各曲がどちらの録音日なのかはクレジットされていなかった。そこで本稿のために同作と本作を比較試聴した上で音源を特定。本作のブックレットに詳述されていない情報を盛り込みながら話を進める。
編成の基本となるピアノ・トリオはECM作『ELM』(79年)、他界翌年録音の『エレジー・フォー・ビル・エヴァンス』、リーブマンらとのクウェストのデビュー作(以上81年、Trio)でバイラークが全幅の信頼を寄せていたベースのジョージ・ムラーツと、リーブマン~ジョン・スコフィールド(g)人脈のドラマー、アダム・ナスバウム。ムラーツが存在感を示すエヴァンス所縁のバラード「サム・アザー・タイム」と、バイラークのメランコリックな表現美にスポットが当たった「ヤング&フーリッシュ」は、初出作と同一トラック。
トリオと言えば、本作には初出作にはなかった顔ぶれが収録されていて、ライヴとスタジオ音源に共通するバイラーク作曲の「インボーン」がそれ。初出作ではマイケル・ブレッカーを含むカルテットだったのが、ここではバイラーク&マイケルのデュオで始まり、クレジットされたムラーツの出番はない。ところがスタジオ・ヴァージョンではアルコ・ベースが通奏低音のように加わっていて、つまり2日目の演奏でコンセプトを変えたことがわかる。
ランディ・ブレッカーのワン・ホーン・カルテットによるライヴは、このシチュエーションだからこそ生まれた熱演。ピアノ・ソロも生命力が漲っている。初出作と同一音源で、同作では最後の拍手がカットされている。ちなみに本作のCD 1はすべて曲終わりに拍手が起こるが、同作はフェイドアウト処理を含めてライヴとスタジオ録音の差異を感じさせない作りだ。
初出作にはランディ&マイケルのクインテット曲「サンデイ・ソング」が収録されていたが、本作には兄弟の共演曲はない。最大の編成となるランディ&ジョンスコ参加クインテットは4曲。中でも「コン・アルマ」はランディのジャズ・トランペッターの魅力をとらえた仕上がりだ。
バイラークがこのタイミングで本作のリリースを決めたのは、生誕70年の節目があったのは間違いないと思われるが、30年前と現在のNYシーンを比べて、当時の方が音楽的成果が豊かだったことをアピールしたい気持ちが制作の動機だったのではないだろうか。80年代再考の素材を与えてくれたバイラークに、私からも感謝したい。