待望の1冊だ。ヨーロッパのジャズを知るための書籍と言えば、『A History of Jazz in Britain 1919-50』(Jim Godbolt)、『Born Under The Sign of Jazz』(Randi Hultin)、『The Sound of The North』(Luca Vitali)等を個人的に参照してきた。拙著『ヨーロッパのJAZZレーベル』も有益な情報を提供できたと思っている。
本書『The History of European Jazz: The Music, Musicians and Audience in Context』(Equinox)は地理的・歴史的に広範囲に及ぶため、網羅的に各国を詳述することが個人の著者ではもちろん、1冊の形で実現するのも難しい、と思われた常識に対する鮮やかな最良の回答。ヨーロッパ・ジャズ・ネットワーク(EJN)の全面協力によって実現した。ハードカバー、AB判の 742ページというヴォリュームには圧倒されてしまう。
目次を見ると地域別のパート1から8は国別に計34の項目を設定。大英帝国が「1900~1960年」と「1950~2010年」、スウェーデンが「1919~1969年」と「1970~2000年」に分けられたり、旧ユーゴスラビアをスロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、ヴォイヴォディナ、コソボ、モンテネグロの8ヵ国に独立させたりと、国の単位を細分化して、それぞれをEJNの母国を中心としたスペシャリストと言えるメンバーが執筆しており、説得力と精度を担保。最後のパート9では「初期アフリカ系アメリカ人エンタテイナー」「ジャンゴ・ラインハルトとジャズ・マヌーシュ」「ユダヤ人とジューイッシュ・ミュージック」「映像」「フェスティヴァル」等、6本の論文が収められている。
私はこの15年間、毎年ヨーロッパのジャズ・フェスを取材しており、それらは主催者が世界中の関係者を招聘した特別プログラムとリンクとしたことで、人的ネットワーキングにも繋がって、現在のプロフェッショナルとしての自分がある。87年設立のEJNはフェスティヴァル、クラブ、コンサート会場、プロモーター等、ヨーロッパ35ヵ国の126団体が加盟する組織。2014年に初めてヨーロッパ以外の地域にも門戸を開いた同年の総会には、私が日本人初のオブザーバーとして参加している。
寄稿者の中で注目したいのは、ルクセンブルクの項目を担当したマーク・デムス(1978~)。日本でも知名度を獲得するユニット、レイス・デムス・ウィルトゲンのベーシストが、1920年代の母国のジャズ草創期を皮切りに、30年代のプロ楽団、ラジオ・ルクセンブルク、フリー・ジャズの先駆者、フェスティヴァルとコンサート、ガスト・ワルツィング等のテーマで、9ページにわたって執筆している。これまでに日本のメディアでも紹介された80年代以降のシーンよりも、戦前から70年代までの史実に多くの紙数が割かれていて、評論家ではなくミュージシャンであるデムスが書いたことと合わせて価値が認められる。
数多くの寄稿者が関わった本書の編集者であるFrancesco Martinelliは、ジャズ・プロモーター、ジャーナリストで、イタリア・シエナでジャズ史を教える教育者。