「特に私の興味をひいている新進気鋭のミュージシャンたちを交代させながらフィーチャーする、現在進行形の場所を作りたいと思いました。カンザスシティ時代の初期から、私は数多くの先輩ミュージシャンが彼らの多面的な経験と音楽が意味するものの特定の要求を通して、自分の個性を作り上げるためのプラットフォームを与えられました。近年楽しんで聴いてきた多くの若いミュージシャンに焦点を合わせた、特定のプラットフォームを持ちたいと私は感じてきたのです」。
パット・メセニー(g)のウェブサイトにアクセスすると、上記のコメントが目に飛び込んでくる。これはパットが2019年の新しいプロジェクトとして公表した“Side Eye”のバンド・コンセプトを紹介した決意表明だ。3月下旬から4月中旬の全米ツアーのスケジュールを発表した中で、パットはワールド・プレミア・ライヴの場所を東京に定めた。1月16日から20日までの5夜連続各2セット公演の2日目ファースト・セットを観た。
3人編成のバンドとしてはギター+ベース+ドラムの実績を重ねてきたが、第1期Side Eyeは趣が異なる。74年生まれのドラマー、ネイト・スミスはパットと親しいディヴ・ホランドやクリス・ポッターの作品に参加しており、そのあたりが起用理由だと思える。95年生まれの鍵盤奏者ジェイムズ・フランシーズは、昨年秋に初リーダー作『フライト』をリリース。2017年からパットと共演している。ベーシストが不在のパット・トリオは珍しく、しかも事前にアナウンスされたフランシーズの使用楽器が「ピアノ、キーボード、シンセベース」とあり、これは自分の目で確かめなければならないと思った。
ステージに登場したパット。今日は半袖のボーダーTシャツだ。オーネット・コールマン作曲のオープニング・ナンバー「ターンアラウンド」は80年作『80/81』にベース+ドラムとのトリオで収録(マイケル・ブレッカーとデューイ・レッドマンは不参加)し、その後もトリオやカルテット(ジョシュア・レッドマン参加)のライヴで演奏してきたレパートリー。定石通りのミディアム・テンポで、終盤にはドラム・パートがやや長い小節交換を挟んだ、メンバー紹介の趣だ。
87年のパット・メセニー・グループ(PMG)作『スティル・ライフ(トーキング)』収録曲「ソー・メイ・イット・シークレットリー・ビギン」は、2000年作『TRIO→LIVE』で再演。テーマはフランシーズがピアノの上にセッティングされたシンセベースを左手で弾き、聴覚上はファンが知るメセニー・トリオの楽器編成を体感させる。音色はアコースティック・ベースだ。ギター・ソロに進むと、フランシーズはベースラインを保ちながら、右手でキーボードをプレイ。鍵盤2台の同時演奏は珍しいことではないが、ピアニストが1台のピアノを弾く時の通常の左手の感覚とは異なる技術が必要とされるのではないだろうか。エンディングではピアノにスイッチしており、1曲の中で役割の変化を演じられることも、フランシーズが抜擢された理由だと思った。
76年発表の初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』からの「シラブホーン」を演奏するにあたって、パットの中に同作での共演者ジャコ・パストリアス(1951~87)への想いがあったと想像できる。短いギター・テーマからピアノ~ギターとソロをリレーし、静かに落着。ギター・ソロのバックでフランシーズが演じたのは、ピアノ(右手)&エレクトリックベース(左手)だった。
ステージの雰囲気を変えたのが78年、初のPMG名義作『想い出のサン・ロレンツォ』収録曲「ジャコ」。個人的にはペリ・シスターズの86年作『Celebrate!』収録ヴォーカル・ヴァージョンも印象深い楽曲では、フランシーズの動きがクローズアップされた。ピアノ&エレベで始まり、ピアノ・ソロではシンセでベースラインも激しく演奏。キーボード&ベースのユニゾン・フレーズも入れて、担当楽器を活用する奮闘ぶりが光った。バンドがピタリと落着すると、パットがガッツポーズを取り、充実の演奏を観客と共有した。
続く曲名不詳のバラードはギター、ピアノ、アコースティック・ベース、ドラムの合奏。右利きと思われるが左手も器用に使いこなすスミスが、ここではブラシに徹して、セットリストのギア・チェンジに。
70年代から2000年代までのパットのキャリアにおける重要人物の一人がマイケル・ブレッカー(ts)。パット参加作『Time Is Of The Essence』(99年発表)への提供曲「タイムライン」では、ラリー・ゴールディングス(org)+エルヴィン・ジョーンズ(ds)とのカルテットで収録した。その初演を踏まえて、パットはフランシーズにオルガン専担を指名。パットが好きなエンディングに至り、セルフ・リメイクの成功例を提示。マイケルが逝去したのは2007年1月13日だった。
当夜、初めてアコースティックギターを持った「ファーマーズ・トラスト」は、PMG初の82年録音ライヴ『トラヴェルズ』収録曲。同作ではギター+バックグラウンド的なシンセ+ベースのサウンドだったことを踏まえて、スミスはブラシを使用。フランシーズはキーボード&アコ・ベースを経て、最後はベースに専念した。
「彼らのために書いた新曲がどのような可能性を持って発展していくかに興味があった」とHPで公表したパットは、おそらく新曲と思える「6/4」を選曲。その推測理由はパットが譜面を見ながら演奏したこと。これは前述の来るべき北米ツアーの前哨戦とパットが考えた、試運転だったのかもしれない。
パットが選んだ最終曲は96年のPMG名義作『カルテット』からの「ホエン・ウィ・ワー・フリー」。大きくスウィングする曲調にあって、フランシーズが両手でピアノを弾く間、ベースラインが鳴っていた。プリプロダクションも使ったバンド・サウンド。4人ならば簡単にできることを3人ですることに価値を見い出し、そのための優秀な人材を起用したエコノミカル・トリオによる新プロジェクト。ドン・プーレンを想起させたフランシーズの粗削りなピアノ・ソロを聴いた時に、それも良しとしたパットの判断がこのプロジェクトの新しさでもあるのだと認識した。
若手を入れ替えながら運営するSide Eyeの第1期ワールド・プレミア・ライヴ。パットがマイクを握ったのはプログラムの途中と最後のメンバー紹介だけで、楽曲紹介は無しの75分.総合プロデューサーとしてのパットの手腕も、今後要注目である。