パリスマッチ(PM)は2000年にアルバム・デビューした時からウォッチしてきた。ビクターの新レーベルaosisの創立時以来のレコーディング・アーティストで、当時、新川博総合プロデューサーにインタヴューしたこともあって、レーベルの最期までを見届けた。aosisがなくなってからも、ファンとして新作は購入し続けてきて、ビルボードでは定期的にステージを楽しんでいる。作詞家+作曲家+歌手の3人ユニットが、2007年に杉山洋介&ミズノマリの2人体制になってから早いもので11年になるわけで、これほどの長寿を築くとは予想できなかった。
2003年のグラミー賞で8部門に輝いたノラ・ジョーンズ以降に生まれた“ジャジー・ポップ”の言葉がまだなかった時に、すでにジャズとポップスの両方を兼ね備えた音楽性を打ち出したPMは、このジャンルの先駆者だと言っていい。2000年代には《マウント・フジ・ジャズ祭》、《JVCジャズ祭》に出演し、オランダのニュー・クール・コレクティヴとの共演作を残すなど、ジャズ・ファンに支持される親和性を持っている。
当夜は昨年7月のビルボード公演の編成に、アルバムのレコーディング・メンバーでもある佐々木史郎(tp,flh)が加わった2管を含む9人体制。これが吉と出たのは言うまでもなく、まず8人のバンド・メンバーがステージに揃って演奏したインスト曲は、会場に集ったファンに耳馴染みのあるアルバム・ヴァージョンとほぼ同じサウンドを提供してくれたのが、真っ先に現れた収穫だった。それが呼び水となって主役のミズノが登場し、最新スタジオ作『11.』からの「シベリアン・ラプソディ」で本編が開幕した。
ミズノの歌唱は何よりも、その透明感が魅力。PMの始動前は地元名古屋でラジオ・パーソナリティを務めただけあって、そもそも声が美しく、流暢なMCもさらに魅力を引き立てている。歌唱スタイルの特徴としてはスキャットの多用が挙げられ、ジャズ・ヴォーカリストのそれではなく、ミズノマリの流儀を貫く。ミュート・トランペットと共に歌う『PM2』からのバラード「CDG」や、短いがゆえに効果的な「エンジェル」に顕著だった。「マイルストーンズ」を参照したサウンド・アレンジの「フリー」もスキャットとアップテンポの英語歌詞の組み合わせが心地良さを生み出し、トランペット&テナーの2管ユニゾンでピタリと落着。バンマス山本一と佐々木の2管は、ギターとコール&レスポンスを演じる『11.』収録曲「キリング・ユー」、ビルボード公演で恒例の洋楽カヴァーとなったTOTOの「ジョージー・ポージー」、ギターと共にリズミカルなイントロを奏でる『edition 10』収録曲「サンドストーム」等、随所で大活躍した。
PMサウンドを作るもう一つの重要な柱がブラジル音楽。ロバータ・フラック「フィール・ライク・メイキン・ラヴ」(『PM2』)はカヴァー多しと言えどもブラジル調は珍しく、終盤の「スターズ」(『♭5』)では祝祭空間を現出した。本編最終曲「虹のパズル」(『Flight 7』)のイントロが流れると、ステージ後方のカーテンが開いて夜景が広がり、ミラーボールが回って六本木の今と昔が融合。ミズノはインストのテーマ・パートでフラメンコ調の手拍子を観客に指導する。
アンコールに応えて一人で登場したミズノは、客席にいた堀秀彰をステージに呼び上げた。堀はPMのレギュラー・ピアニストで、4月にリリースした『Salon de Mari Platinum Songs』の参加メンバー。同作はミズノのソロ・ライヴ・プロジェクトの10周年を記念して、クラウドファンディング的に購入者を事前に募ったもの。ピアノ・トリオと共に演奏したジャズのスタンダード・ナンバーとPMのカヴァー曲の全11曲を収録し、その中からピアノとのデュオで「ストロベリー・ワルツ」(『to the nines』)を披露した。
バンドの全員が再登場したアンコール2曲目は、定番の「サタデイ」(『type III』)。作曲家としてもPMのブレーンを担う杉山洋介のギター&スキャットがイントロを奏で、バンドが躍動して、最後はミズノのスキャットで締め括った。数多くの根強いファンの支持を再確認できた、1時間半に及ぶ大満足のステージであった。