東京有楽町駅至近の東京国際フォーラムを主会場としてきた《東京JAZZ》は昨年、開催地を渋谷に移転。これはNHKの主催であることを踏まえれば、ようやく地元に拠点を移せたと見ることもできる。今年新たに導入されたのが、NHKホールでの昼夜公演を、それぞれ3組から2組に減らしたこと。すべての過去開催回をウォッチしてきた経験から言うと、セット・チェンジは毎回スムーズだった。問題があったとすれば、タイムテーブルよりも演奏が長引いて、3組目が終わったのは予定の30分後だった、という状況が繰り返されていたことだろう。1組あたりの持ち時間を1時間超に設定できることによって、アーティストの魅力を来場者にたっぷりと楽しんでほしい、との主催者の企図もあった。
©第17回東京JAZZ/Photo by 中嶌英雄
9月1日のハイライトは夜の部の最終ステージに登場したハービー・ハンコック・バンドだった。ハービーと言えば本祭の初期に出演者&音楽監督として貢献し、日本を代表するジャズ祭へのサクセス・ストーリーの道筋をつけた功労者。2002年の第1回、東京西部から東へとウェーヴを起こす理念に基づいて東京スタジアム(後の味の素スタジアム)で開催されたステージでは、最後のジャム・セッションでハービーとフューチャー・ジャズの旗手であるニルス・ペッター・モルヴェル(tp)が共演し、これぞ2000年代の新しいジャズだと思えるサウンドを聴かせてくれて、大興奮したのだった。
《東京JAZZ》に復帰したハービーは、2015年にウェイン・ショーターとのデュオ、2016年に自己のグループで出演。両方を会場で観た感想は「新しい要素が少なかった」。2008年に『リヴァー』でグラミー賞最優秀作品賞を受賞したハービーは、さらに自身の価値を高めたわけだが、ライヴに関しては新しいことへのチャレンジよりも、今好きなレパートリーのリメイクに重きを置いていたように思う。
今回の来日は久々の新作も噂される中でのステージだったので、新味に期待を寄せていた。メンバーは2年前の来日バンドからレイラ・ハサウェイ(vo)が抜けて、リオーネル・ルエケ(g)が加わったクインテットだ。
©第17回東京JAZZ/Photo by岡利恵子
まず前奏曲の趣でスタートすると、ハービー(key)とテラス・マーティン(as)のユニゾンからアルトのソロ・パートへ移行。その音色はケニー・ギャレットを連想させ、ハービーの好みをうかがわせる。バンドがテンポを落とすと、突然静かなムードに変わってマーティンのヴォコーダーへと移行。70年代にハービーが先駆者として開拓した音作りは、巡り巡って最新のサウンド・トレンドになっているが、ハービーこそが元祖であることは再認識されるべきだ。「バタフライ」の一節を合図とした次の展開は、ルエケをフィーチャー。ハーモナイザーで個性的な音を作るルエケを観るにつけ、思い出す。2005年の《東京JAZZ》@東京ビッグサイトで、何の前触れもなくハービー・ハンコック・ヘッドハンターズ’05の一員としてステージに登場し、関係者ブ-スでも「あれは誰だ?」と騒ぎになって、スタッフが情報収集に奔走したという“事件”だ。
©第17回東京JAZZ/Photo by 中嶌英雄
演奏は途切れずに、ハービーのピアノ&キーボードとアルトのユニゾン・テーマによる「カメレオン」が始まった。ピアノの力強いソロを経て、同曲のエンド・テーマで終了。取材メモの最初には「Overture」と書いたここまでの連続演奏は、後で主催者から送られてきたセットリストによれば、その曲名にしては長時間過ぎる「Overture」だった。
ここでハービーのMCが入り、次作のプロデューサーをマーティンが務めるとアナウンス。また70年代のヘッドハンターズのメンバーで、日本に住んでいるポール・ジャクソン(el-b)が今、この会場にいると言って、ジャクソンに呼びかけた。もちろん事前に連絡を取り合っていたからのはずだが、このタイミングで声掛けしたのは次の楽曲の伏線だったことがすぐに明らかになる。
ピアノとアルトのユニゾン・テーマで始まったのは「アクチュアル・プルーフ」。74年録音の『スラスト』で初演され、75年の来日公演作『洪水』で決定的ヴァージョンとした、40年超の現在もハービーお気に入りのレパートリーであり、上記2作でベースを弾いたのが他ならぬジャクソンだった。ジェームス・ジナスがベースを弾くバンド演奏を聴きながら思ったのは、多彩なリズム・パターンを盛り込んだ楽曲の構造ゆえに、常に新鮮な感覚で取り組むことができるとハービーが考えているのが、長寿曲の理由ではないだろうか。
©第17回東京JAZZ/Photo by岡利恵子
ハービーもヴォコーダーを使用した「カム・ランニング・トゥ・ミー」は、78年作『サンライト』収録曲。同作の裏ジャケットに掲載されたキーボード群が、開発著しい楽器の世界の象徴と、当時話題になったものだった。ポール・ジャクソン参加の初演ではもちろんハービーの一人舞台だったこの曲を、マーティンとのダブル・ヴォコーダーで仕立てたのは、新味を打ち出すだけではなく、後進への王道伝授の気持ちがあったからかもしれない。
ルエケのギター&ヴォコーダーで始まった「シークレット・ソース」は、昨年からライヴのレパートリーに加わった新曲。ハービーは今年1月に出演した米番組「Austin City Limits」でこの曲を披露している。
キーボード&アルトのユニゾンを挟んで、ピアノ・ソロに。ギターとアルトの掛け合いになると、ハービーがショルダー・キーボードでステージ前に出てきて参戦。まだまだエンタメ精神が健在の姿が嬉しい。
©第17回東京JAZZ/Photo by 中嶌英雄
「バタフライ」が始まったところで、ハービーが事前に告知されていなかったロバート・グラスパー(key)をステージに呼び込む。グラスパーはこの日の昼の部に、R+R=NOWで出演していて、関係者の間ではこの飛び入りが事前に噂されていた。グラスパーがこの絶好の機会を見逃すはずはなく、ハービーと掛け合いを演じて正当な継承者をアピールしたのは、してやったりの気分だったに違いない。
©第17回東京JAZZ/Photo by岡利恵子
最終曲「カメレオン」ではハービーが再びショルダー・キーボードを使用。80年作『ミスター・ハンズ』の「カリプソ」をエンディング・フレーズに入れたシーンを喜んだのは、私だけではなかっただろう。
終わってみれば予定よりも25分長い、1時間45分のステージ。2019年以降にリリースされるであろう新作は、曲ごとに豪華ゲストをフィーチャーした構成か、あるいはバンド・スタイルなのか。いずれにしてもファンとしてはその時を楽しみに待ち続けたい。
©第17回東京JAZZ/Photo by 中嶌英雄
■①Overture ②Actual Proof ③Come Running To Me ④Secret Sauce ⑤Butterfly ⑥Chameleon
■Herbie Hancock(key) Terrace Martin(as,key) Lionel Loueke(g) James Genus(el-g) Trevor Lawrence Jr.(ds)