ジャズ、フュージョン、ロック好きには説明不要の偉大なドラマー、スティーヴ・ガッドが、東京では一夜限りのステージを務めた。このトリオ・プロジェクトの出発点は、2012年にガッドがデンマークで行ったワークショップ。サックス奏者のマイケル・ブリッチャーが参加し、そこで自作曲を提供してガッドに認められる。さらに2004年から共演関係にあるハモンドオルガン奏者ダン・ヘマーと録音した自己のバンド、アストロ・ブッダ・アゴーゴーの新作CDを渡し、トリオでの北欧ツアーを提案。ブリッチャーは自分と同じようにガッドがハモンドオルガンをとても好んできたことを知っていた。そして2014年初頭、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーを巡演するトリオ・ツアーを実現。それらのライヴ音源からベスト・テイクを集めた『Blicher Hemmer Gadd』が、バンドのデビュー作となった。
このファースト・ツアーで手応えを感じた彼らは、2016年にフィンランド、ドイツ、イギリス、ルクセンブルク、デンマークをカヴァーするヨーロッパ・ツアーを敢行。小規模のジャズ・クラブにおける4つの深夜公演からの9曲は、第2弾『Omara』としてリリースされた。今回の来日はこの新作を記念したヨーロッパ&アジア・ツアーの一環である。
ビルボードライブ東京ではステージ左手奥の楽屋口からミュージシャンが入場するのが通例だが、当夜はアリーナ席に通じる階段を降り、客席の間を通り抜けて登場。オープニングの「アイム・ノット・リアリー・マッチ・オブ・ア・ダンサー」はいきなり全力投球ではなく、まずは肩慣らしといった風情のブルージーなナンバー。数年前にニューオリンズの教会で現地の人々と共演した経験を踏まえてブリッチャーが書いた、という「トレメ」はなるほど、ゴスペル調のテーマで始まる。ガッドはバスドラ、フロアータム、スネアを力強いアクセントとして、少ない音数で最大の効果を上げる。オマーラ・ポルトゥオンド(vo)に捧げた「オマーラ」でもブラシを使用したガッドは。しかし前曲とは奏法が変化。後半のドラム・ソロではまさに妙技と呼ぶしかないプレイを堪能させてくれた。またオリジナル・サンバ曲でのタメの効いたスティック・ワークも、やはりガッドならではの妙技だ。
3種類のサックスを持ち替えながら掛け合いを演じたり、オルガンとのユニゾンを作ったりと多忙なブリッチャーは、2枚のアルバムの多くを手掛けた作曲者であり、MCも務める活躍ぶり。初来日でも臆することはなく、「レコードはウェブサイトで通販しているので、発送を担当するぼくの娘が収入を得るために、皆さんの協力をお願いします」と、観客の笑いを誘うエンタメ精神も発揮。ガッドのために書いたという「ゲインズ・オブ・ソルト」ではテナーがファンキーにブロウし、オルガンが音色を変化させてサウンド作りに貢献すると、ガッドも俄然、力が入る。
その力演の余韻が冷める間もなく始まった「ゼイ・ハッド・ノー・ローゼズ」も、ガッドにスポットが当たり、テナー&オルガンとの小節交換は、当夜のハイライトを現出した。リズミカルでソウルフルな「コリアン・バーベキュー」が、テナー・ソロの進行につれてアップテンポのゴスペル調で展開。アンコールの「ザ・ファースト・ワン」は「サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」を想起させるテーマが、聖歌調に落着し、トリオの音楽性の一面を示す格好となった。
「何故ガッドが無名のデンマーク人とユニットを組んでツアーを行い、1枚だけにとどまらずアルバムを制作したのか」—―自分の中でどこか引っかかっていた疑念が、すっきりと解消。40年間聴き続けてきてもなお、ガッド(1945~)の凄みを体感させられたステージであった。
Ⓒblicherhemmergadd.com