ジェフ・ローバーが自身のバンドのデビュー作『The Jeff Lorber Fusion』をリリースしたのは1977年。78年発表の第2弾『Soft Space』(以上Inner City)は、2曲にチック・コリア(syn)が参加しており、当時の私がバイヤーズ・ガイドとして重宝した『ジャズ・レコード百科 ’79』(スイングジャーナル社)に掲載されたことと合わせて、日本で初めてローバーの名前が広く知られることとなった。JLFは79年にAristaへ移籍し、81年までに3タイトルをリリース。その後ローバーの制作活動は個人名義へとシフトし、それは2000年代まで続いた。JLF名義が復活したのは2010年発表の『Now Is The Time』(Heads Up)で、以降2023年発表の『The Drop』(Shanachie)まで9タイトルが登場。つまり現在のローバーは、個人名義とJLFが活動の両輪になっていると言っていい。


過去10年のJLFの来日歴は、2016年7月:アンディ・スニッツァー(ts)、ジミー・ハスリップ(el-b)、ゲイリー・ノヴァク(ds)。2017年10月:エヴェレット・ハープ(as)、マイケル・マンソン(el-b)、ゴードン・キャンベル(ds)。2023年9月:マイク・スターン(g)、アドリアン・フェロー(el-b)、ゲイリー・ノヴァク(ds)、ゲスト=レニ・スターン(g,ngoni,vo)。今回は過去の3組とは楽器編成を変えた、トリオ+パーカッションだ。
ジミー・ハスリップは80年代初頭にローバーと共演しており、前出の『Now Is The Time』で参加メンバーだけでなく、ローバーとの共同プロデューサーを務め、その役割は現在まで継続。『The Drop』のアルバム・カヴァーがローバーとの2ショットであることを含めて、今やJLFを支えるパートナーであることは明らかだ。ドラマーのジョエル・テイラー(1959~)はアル・ディメオラ、フランク・ギャンバレ、アラン・ホールズワースらとの共演歴があり、ローバー&マイク・スターン・グループの2020年《ジャヴァ・ジャズ祭》に起用されている。
今回のラインアップに特別感をもたらしているのがパーカッションのレニー・カストロだ。説明不要のフュージョン界のヴェテラン。今年3月のJLFのLA“ベイクドポテト”ライヴにカストロは参加しており、来日直前のインタヴューでローバーは、このバンドでブルーノート東京に出演することに自信を滲ませていた。
ローバーとハスリップの関係を深掘りすると、《渡辺貞夫ブラバス・クラブ ’87》にローバーはジェフ・ローバー・バンドで、ハスリップはイエロー・ジャケッツで出演しており、フュージョン史における接点が後年に発展したことは興趣を呼ぶ。

2日間のショーのうち、初日のファースト・ステージを観た。4人がステージに登場すると、テイラーのカウントにより「ソウル・パーティー」で開幕。2台のキーボードを同時に使用するのがローバーのスタイルで、当夜は2台のYAMAHA Montage 8をL字型にセッティング。それによって異なる音色をブレンドする効果が生まれ、さらに演奏途中でオルガンに変えるなどのフレキシブルなスイッチが可能となる。1台に専念するパートもあって、そのあたりの選択には、ローバーの自由な発想が伺えた。ローバーからソロを引き継いだカストロは、コンガ主体のソロで始まり、ティンバレス、カウベル、シンバルと展開。

1曲目が終わったところで、ローバーがメンバーを紹介。ベイクドポテトの魅力に触れながら、ブルーノート東京に関しても音響を絶賛した。これは前出の2017年のBNT出演時に、良い感触を得たことが基になっていると思われる。
ローバーの個人名義2024年発表作『Elevate』からの「スパニッシュ・ジョイント」は、ディアンジェロ(vo)がロイ・ハーグローヴ(tp)と共に書いて2000年作『Voodoo』に収録したナンバーのカヴァー。原曲と比較試聴すれば、ローバーのオリジナル曲では?と思うくらい、個性が表現されていて、あのあたりは流石のローバー・マジックだと唸った。ハスリップが声を出しながらソロをプレイし、テイラーとカストロが短いソロで掛け合いを演じて、キーボードでピタリと落着。

ローバーが「グラミー賞を受賞したアルバムからの曲」と紹介したのは、2018年の〈Best Contemporary Instrumental Album〉に輝いた『Prototype』に収録の「テスト・ドライヴ」。左鍵盤はピアノをメインに使用する一方、右鍵盤はフェザータッチでエコーをかけた設定にしたかと思えば、鋭い音色に変化させてみせる。ドラム&パーカッションのパートを経て、やはりキーボードでフィニッシュした。
テイラーのカウントでスタートした「ホワッツ・ザ・ディール」も、『Prototype』収録曲。電気鍵盤音とピアノをスイッチするプレイは、同じメロディを繰り返しながら音色を変化させることをテーマにローバーがソロを組み立てた。打楽器チームのソロ・リレーに続き、ローバーが左手を挙げたのを合図に終了。

ライヴの定番曲で、セットリストの後半に配置することが多い「レイン・ダンス」を、当夜は5曲目に選曲。79年発表のArista第1弾『Water Sign』でフレディ・ハバード(flh)をフィーチャーした代表曲は、『Now Is The Time』でリズム・パターンを変えずにヴォーカル曲の「ウォナ・フライ」を組み込んだアップデイトの形でリメイク。ランディ・ブレッカー(tp)をフィーチャーしたのも適切な人選だった。ローバーはテーマを少し弾いたところでマイクを取ると、「この曲からはエリカ・バドゥらのサンプリングが生まれた。これからオリジナル・ヴァージョンを演奏するよ」と言い、79年版よりも少し遅いテンポに設定。ローバーのソロでは速いパッセージも交えると、カストロはボンゴ主体でソロを継投した。


「スパニッシュ・ジョイント」がそうであるように、ローバーは個人名義作の収録曲もJLFのレパートリーにしている。カストロも参加した2007年作『He Had A Hat』からの「サレプティシャス」、そのオリジナル・ヴァージョンにはランディ・ブレッカーとアダ・ロヴァッティ(ts)が起用されたが、管楽器奏者のいない本カルテットで2台の電気鍵盤をプレイするローバーの姿からは、その不在を別の形でアドヴァンテージに変化させようとの思いが伝わってきた。ここでのキーボード・ソロは当夜のハイライトだったと言える。キーボード&ドラムのユニゾンがフックを作り、コンガとドラムがソロで応酬。今年4月のメルボルン公演が、この4人からカストロが抜けたトリオだったことを踏まえると、ローバーが今回の来日公演でテイラーとカストロが絡むパートを作ることによって、日本では知名度が劣るテイラーの実力者ぶりを知らしめたかったのではないだろうか。

「チューン88」はJLF『Water Sign』で初演し、2005年個人名義作『Flipside』で再演。ゲイリー・ミーク、デヴィッド・マン(ts)、ポール・ジャクソンJr.(g)らが参加した再演作の中で、この曲はローバー(el-p)、アレックス・アル(b)、カストロ(congas)のトリオという最小編成だった。当夜はバンド合奏の間にソロを挟みながらリレーするアレンジで楽曲の世界を発展させたのは、ローバーの手腕と聴いた。

演奏が終わったところで、ローバーが「短いもう1曲を聴く時間はあるかな?」と観客にアナウンスして始まったのが、2013年発表作のタイトル・ナンバー「ハシエンダ」。キーボード~ベース~キーボードとリレーし、キーボードのグリッサンドでエンディングに至った。まさにここぞというタイミングで使う奏法で終幕したシーンに、キャリア約半世紀のローバーの熟練を聴いたのだった。

【Set List】
■①Soul Party (Step It Up) ②Spanish Joint (Elevate) ③Test Drive (Prototype) ④What’s The Deal (Prototype) ⑤Rain Dance (Water Sign, Now Is The Time) ⑥Surreptitious (He Had A Hat) ⑦Tune 88 (Water Sign) ⑧Hacienda (Hacienda)
■Jeff Lorber (key) Jimmy Haslip (el-b) Joel Taylor (ds) Lenny Castro (per)
●Playlist:
●取材協力:ブルーノート東京