80代の現役サックス奏者では世界最高峰のチャールズ・ロイドが、5年ぶりの来日を果たした。前回の2019年は2018年録音/2020年発表作『8: Kindred Spirits Live From The Lobero Theater』のレコーディング・メンバーでもあるクインテットだった。1938年生まれのロイドは86歳の誕生日を迎えた3月15日に、Blue Noteでの通算11枚目となる新作『The Sky Will Still Be There Tomorrow』をリリースして健在ぶりを証明。今回“スカイ・カルテット”名義でロイドと共に来日したのは、同作のジェイソン・モラン(p)、ラリー・グレナディア(b)と、同作のブライアン・ブレイド(ds)から替わったエリック・ハーランドだ。
モラン(1975~)はロイドのECM時代最後のレギュラー・メンバーで、『ラボ・デ・ヌーベ』『ミラー』『アテネ・コンサート』『ヘイガーズ・ソング』の4タイトルに参加。中でも『ヘイガーズ・ソング』は、ロイドが自身の音楽性を形成する上で大きな影響を受けた楽曲をカヴァーした、生誕75周年記念となるモランとのデュオ作。ロイドのレコーディング・キャリアにおいて、同作以前のデュオ・アルバムは他界4ヵ月前のビリー・ヒギンズ(ds)と共演した『ホイッチ・ウェイ・イズ・イースト』(2001年録音)が唯一であり、モランが2人目としてリストに加わった名誉は記憶されていい。
グレナディア(1966~)はECM時代の『ザ・ウォーター・イズ・ワイド』(99年録音/2000年発表)、『ハイペリオン・ウィズ・ヒギンズ』(99年録音/2001年発表)、『リフト・エヴリ・ヴォイス』(2002年)に参加しており、ブラッド・メルドー(p)共々、当時のロイド・グループのレギュラー・メンバーで、並行してメルドー・トリオの一角も担っていた。ハーランドは前出の『8: Kindred Spirits』のドラマーで、2019年の来日メンバーでもあることから推測すると、今回のような単発の海外公演ではスケジュールの都合が合うロイド傘下のミュージシャンでバンドを組むことをルールとしているのだと思われる。
ブルーノート東京の2日間公演の初日、セカンド・ステージを観た。メンバーがステージに揃うと、ロイドが観客の拍手に応えて両手を突き上げる。モラン、ロジャース、ハーランドとのニュー・カルテットによる2013年公演、ビル・フリゼール(g)、ロジャース、ハーランドとのザ・マーヴェルズによる2017年公演、そしてジェラルド・クレイトン(p)、ジュリアン・ラージ(g)、ロジャース、ハーランドとの2019年という近年のBNTでの歴史を持つロイドにとって、おそらく日本で最高のジャズ・クラブに再登場できた喜びが、そのようなリアクションを生んだのではないだろうか。
オープニング・ナンバーは『8: Kindred Spirits』からの「パート5、ルミネイションズ」。スローなテナーからカルテットの合奏になり、ロイドがモランを指してピアノ・メインのトリオに移行。ただしこのパートは短く、すぐにロイドが加わって、全員のユニゾン的な動きに。続いてテナー・メインのパートに移り、このあたりの展開はアルバム・ヴァージョンと同様だった。ロイドは途中からミディアム・スイングにテンポを変えて、次第に力が漲ってゆく。モランはテナー・ソロの最後の音を引き受けて、2番手のソロをスタート。ソロの途中でロイドがモランの左側に立ったのだが、これはモランの演奏をしっかりと見守りたいとの意識の表れなのだろうか。3番手のベース・ソロを経て、カルテットの合奏に戻った。
ドラムをきっかけに始まったのが、新作収録曲「デファイアント、テンダー・ウォーリアー」。前曲とのメドレーのような演出に、ロイドのセンスを感じた。2018年発表のザ・マーヴェルズ名義作『ヴァニッシュド・ガーデンズ』の1曲目に「優しい戦士」を意味する言葉が加わったトラックは、新カルテットのメンバーを表していて、ロイド抜きのトリオによるイントロに続いて、テナーがテーマを吹奏するスロー・ナンバー。やがてカルテットの熱量が上昇したり、スローなテナー&ベース・ユニゾンになったり。高低差のあるテナー音を連続的にプレイしたりと、アルバム・ヴァージョンとは異なる展開を聴かせて、静かにエンディングへと至った。次の「モンクス・ダンス」はセロニアス・モンク所縁のロイド自作曲。「(セロニアス・)モンクは私にとって非常に重要で、高僧のような存在」と明かしているロイドは、『ヴァニッシュド・ガーデンズ』と『トーン・ポエム』で「モンクス・ムード」をカヴァーした他、『ノーツ・フロム・ビッグ・サー』(91年)で「モンク・イン・パリ」、『オール・マイ・リレイションズ』(94年録音/95年発表)で「セロニアス・セオンリアス」、『ザ・ウォーター・イズ・ワイド』(99年録音/2000年発表)で「ザ・モンク・アンド・ザ・マーメイド」といった自作曲を収録しており、ロイドがモンクを敬愛し続けていることは明らかだ。また60年代初頭のチコ・ハミルトン(ds)・グループ在籍期のエピソードが興味深い。ニューヨークジャズ・ギャラリー”に出演した時のこと。モンクのマネージャーから、「モンクが君との共演を望んでいる」と伝えられたものの、結局勇気を出せずにその場へ飛び込むことができなかった。ロイドにとって心残りとなった人生の教訓ゆえに、折々にモンク所縁の楽曲を吹き込んで追悼と思慕を表明してきたわけである。
ロイドは速いフレーズを織り込みながら、先発ソロを構成。2番手のモランが情熱的なソロを演じると、ソロの終わりにロイドが労いの意味でモランの肩に触れた。3番手のベース・ソロではドラムとのユニゾン・フレーズを入れていて、これはお決まりのアレンジなのだろう。ソロ・リレー最後の4番手となったハーランドが長めのプレイで、見せ場を作った。
4曲目の「ブッカーズ・ガーデン」はロイドのハイスクール時代の親友だったブッカー・リトル(tp)へのオマージュ。ロイドは1938年3月15日、リトルは同年4月2日の共にテキサス州メンフィス生まれで、二人は在学中から音楽活動を始め、高校のライブラリーにあったベラ・バルトークの弦楽四重奏曲をいっしょに聴いた間柄。ロイドは56年にロサンゼルスへ移住して、南カリフォルニア大学でバルトークの専門家に作曲を学び、オーネット・コールマン、ドン・チェリー、エリック・ドルフィーらと共演。一方のリトルはシカゴ音楽院在学を経て、58年マックス・ローチ・グループに参加し、その後ニューヨークでフリーランサーとして始動。61年にはドルフィーとのクインテットで歴史的な成果を挙げたのは周知の通りだ。先にNYで活躍していたリトルが自宅での共同生活に誘ってくれたおかげで、ロイドにジャズの中心地で活動するための道が開けた経緯があって、61年に23歳の若さでこの世を去ってから60年以上が経った現在も、リトルはロイドの心の中で生き続けている。この曲でロイドがフルートを使用した理由を探れば、リトルとの双頭バンドでドルフィーがフルートを手掛けたことを踏まえた選択ではないだろうか。
当夜はフルート&ピアノのデュオでスタート。モランのソロの途中でロイドがマラカスを使用し、フルートの動きにハーランドが呼応したりと、ライヴならではのシーンも現出した。
最終曲の「ケープ・トゥ・カイロ」は『オール・マイ・リレイションズ』(94年録音/95年発表)の「ケープ・トゥ・カイロ組曲」が原曲で、同曲はアパルトヘイト撤廃に尽力した南アフリカ共和国大統領ネルソン・マンデラに捧げられた。ステージではテナーの先発ソロを終えたロイドが、前後に見得を切るような仕草を見せたのが印象的だった。以上の4曲はすべて新作からの選曲。
ここまでが本編だったのだが、時計を確認すると開演からすでに1時間10分が経過していて、もうこんなに経っていたのかと、不思議な感覚を覚えた。4人が整列して一礼したところで、通例ならばバック・ステージへ戻るところ、そのまま残ってアンコールがスタート。終演曲の定番である「川は広い」は、前出の99年録音作のタイトル・ナンバーで、そこでは正調バラードで演奏されていたのだが、当夜はピアノ&ドラム・ユニゾンを含むゴスペル~ソウルフルなテーマにアレンジ。モランがファンキーなソロで楽曲を展開すれば、テナーのロイドにハーランドが声掛けをするなど、演奏するミュージシャンたちの楽しんでいる様子が観客に多幸感をもたらす。演奏の途中でロイドがメンバーを紹介し、観客に向かって世界情勢を踏まえた平和へのメッセージを伝える。そしてエンド・テーマへ戻ると、テナーのロングトーンで落着した。東京にとどまらず、《オスロ》や《コングスベルク》のジャズ・フェスティヴァルでロイドを体験してきたが、それらとも異なる独特のオーラが醸し出された一夜であった。
【Set List (2nd)】
■①Part 5, Ruminations ②Defiant, Tender Warrior ③Monk’s Dance ④Booker’s Garden ⑤Cape To Cairo [encore] The Water Is Wide
■チャールズ・ロイド Charles Lloyd (ts,fl)、ジェイソン・モラン Jason Moran(p)、ラリー・グレナディア Larry Grenadier(b)、エリック・ハーランド Eric Harland(ds)
【作品情報】
The Sky Will Still Be There Tomorrow / Charles Lloyd
■Disc 1: ①Defiant, Tender Warrior ②The Lonely One ③Monk’s Dance ④The Water Is Rising ⑤Late Bloom ⑥Booker’s Garden ⑦The Ghost of Lady Day ⑧The Sky Will Still Be There Tomorrow
Disc 2: ①Beyond Darkness ②Sky Valley, Spirit of the Forest ③Balm In Gilead ④Lift Every Voice and Sing ⑤When the Sun Comes Up, Darkness Is Gone ⑥Cape to Cairo ⑦Defiant, Reprise; Homeward Dove
■Charles Lloyd (ts,as,b-fl,a-fl) Jason Moran (p) Larry Grenadier (b) Brian Blade (ds) spring of 2023
■Blue Note 00602458167948
■全曲試聴:
●取材協力:ブルーノート東京