(Photo by Takuo Sato/取材協力:ブルーノート東京)
チック・コリア(p)のバンド“オリジン”に抜擢されてから20年。絶え間なく自身のキャリアを高めてきたイスラエル出身のベーシスト、アヴィシャイ・コーエンが、東京で初のリーダー・ホール・コンサートに出演した。8月26日に紀尾井ホールで開催された入れ替え制の昼夜2公演は、「Avishai Cohen Trio with 17 Strings」と題された本邦初公開のプロジェクト。トリオとストリング・オーケストラの共演が、ブルーノート東京の創業30周年記念事業に選ばれた。そのセカンド・ステージの模様をレポートする。
8~9月にヨーロッパで『ジェントリー・ディスターブド』(2008年)の10周年記念ツアーを、レコーディング・メンバーのシャイ・マエストロ(p)+マーク・ジュリアナ(ds)と行っている(彼らのこの10年間の飛躍ぶりがリーダーの慧眼を証明)コーエンは、常に母国の若手を起用してイスラエル・ジャズ界全体の底上げにも配慮してきた。それはジャズを学ぶ人々のための母国とアメリカの安定的パイプを築いた功労者として、大いに賞賛されるべきものだ。
当初発表されたトリオはイタマール・ドアリ(per)とオムリ・モール(p)だったが、モールがキャンセルとなってエルチン・シリノフ(p)の代打が決定。日本では無名で実力が未知数のピアニストが、どれほどの仕事をしてくれるのかも注目の要素だった。
まず女性を中心とした17名のストリングスが登場し、バルトークのナンバーを演奏。本稿では深入りしないが、ハンガリー出身の作曲家がジャズ・ミュージシャンにどれほど愛されているかを掘り下げると、興味深い事実が浮き彫りになると思う。
トリオが現れて合体した「ハヨ・ハイタ」は管楽器が入っていた『七つの海』(2011年)とは趣向を変えて、ヴァイオリンを活用したアレンジ。テンポ・アップして重厚にエンディングに向かったのは、この編成のためのアイデアであることが明らかだ。
コーエンがベースだけでなく自身の歌唱(歌詞あり、無しを含む)を加えたのは、バンド・リーダーとしてのイメージをさらに強固にする作用がある。『ジェントリー~』からの「プンチャ・プンチャ」と、ドアリがシンバル、カホン等のハンド・プレイでバンドにエネルギーを注入した「ドリーミング・オブ・ア・ドリーム」で、トリオ・メンバーのプロフィールがさらに明確になった。
このセットで『七つの海』からの2曲目となった「ドリーミング」は、ストリングスの中東的なメロディでスタート。アルコ・ベースからリズミカルなピアノへ展開すると、観客から自然発生的に手拍子が沸き起こる。ステージのアーティストが観客に促すのではないこの現象は、ワールド・ミュージックのコンサートでのそれにも通じるもので、アヴィシャイ・トリオ&ストリングスの音楽性が観る側から指摘されたとも言えて、非常に興味深いシーンだった。
本編の後半に進むと、ストリングスのみの「アルマー・スリーピング」(『フロム・ダークネス』)と、ピアノにスポットを当てた3曲からなるメドレーの「トリオ・セクション」で、プログラムに変化をつけた。それにしても本邦初お目見えのシリノフは、決して派手なアクションをすることはなく、急遽決まった異国での大舞台にもかかわらず、気負うことなくするべき仕事を全うしている風情だ。
最終曲の「アロン・バセラ」はストリングス~ベース・ソロを経て、コーエンの歌唱&ベースを中心に進むアップ・ナンバー。ストリングスのメンバーがコーエンのバック・ヴォーカルをつけたり、コーエンのスキャットと融合すれば、ドアリが素手のパーカッション・プレイでバンド・サウンドに活力を入れて、全員で祝祭空間を現出。この曲の『オーロラ』収録ヴァージョンを踏まえて言えば、今回のストリングスとのコラボ・アレンジとして最も成功したステージのハイライトとなった。
アンコールの2曲目で再び「アロン・バセラ」が始まると、観客が立ち上がって手拍子を送りながら、会場は大盛り上がりに。誰もが目の前の音楽を楽しみ、ミュージシャンへの惜しまない賞賛を送っている。
2006年に自己のトリオでブルーノート東京に出演した時は、正直なところ集客は芳しくなかった。あれから12年。800席の東京のホールでこのような素晴らしいスタージが体験できたことに、深い感慨を覚えたのだった
■Avishai Cohen(b,vo) Elchin Shirinov(p) Itamar Doari(per) 松本裕香、渡邉みな子、蓑田真理、西野絢賀、坂本尚史、emyu、土谷茉莉子、村津瑠紀、西原史織(vln) 恵藤あゆ、土谷佳菜子、吉田飛鳥、西村葉子(vla) 山田健史、福井綾、岡本渚(cello) 永田由貴(contrabass)