“the HALL”2日目のハイライトは、“The Maestros”と名付けられた夜の部の最終ステージに登場した渡辺貞夫オーケストラだった。渡辺は一昨年がクインテットを率いたビバップ・ナイト、昨年がカリフォルニア・シャワー2017で出演しており、今年はさらにコンセプトを変えた大型編成を企画。昨年の出演直後に自身のオリジナル曲をビッグ・バンドで演奏したい旨を、渡辺が主催者に伝えて実現したという。メンバーの招集はトロンボーン奏者でこのビッグ・バンドのコンサートマスターとアレンジャーを務める村田陽一がサポートした。
ステージはホーン・セクションが観客に対して正面を向く通常のセッティングとは異なり、斜め右向き(客席から見ると左)で、これはつまり演奏中のメンバーが主役の渡辺に視線を注ぐための配慮と見た。
1曲目は渡辺が左手に譜面を持って、指揮者に徹した「キッチ」。作曲者のゲイリー・マクファーランドは渡辺が米国時代の65年にメンバーとして参加したバンドのリーダーで、チャーリー・マリアーノと並んで当時関係を深めた重要な音楽家だ。
「トーキョー・デイティング」はジェームス・ウィリアムス(p)ら米国黒人トリオと共演した85年の同名作収録曲。このようにコンボが原曲のオリジナルが、大編成によって新しい魅力を輝かせるのも、本プロジェクトの意義だと思う。サックス・セクションの5人が立ち上がってソリを聴かせたのは、ビッグ・バンドの常套であるのはもちろんなのだが、渡辺貞夫オーケストラゆえに新鮮に映った。
『ムバリ・アフリカ』(74年)と『トーキョー・デイティング』の収録曲「ヒップ・ウォーク」は、渡辺が72年に初めてケニアを訪れた時に、現地人がお尻を振りながら歩く様子をヒントに作曲。
「アナクルシス」はバークリー音楽院時代に録音した参加作『Jazz In The Classroom –A Tribute To Oliver Nelson』(Berklee Records)で渡辺がソロイストを務めたナンバーだ。
「ミーニング・オブ・ザ・ブルース」(Bobby Troup / Leah Worth)はバディ・リッチ楽団のレパートリーであることが選曲理由とのこと。終始、村田のトロンボーンがフィーチャーされた。ジョン・コルトレ-ン作曲の「モーメンツ・ノーティス」は62年のバークリーの同級生だったテナー奏者で、その後サンフランシスコの著名な教育者となるベネット・フリードマンによるアレンジに感銘を受けて選曲。ビッグ・バンドがダイナミックにドライブする、痛快な演奏となった。
プログラムは順調に進行し、10曲目に『ゴー・ストレート・アヘッド・アンド・メイク・ア・レフト』(97年)からの「アイム・ウィズ・ユー」を選曲。95年の阪神・淡路大震災の鎮魂曲として書かれたことを踏まえて、曲前のMCで渡辺が96年の震災メモリアル・コンサートにレイ・ブラウン(b)と共に出演したエピソードを紹介した。演奏を聴きながら、2002年に逝去したブラウンが重なり、自然と涙が流れた。
本編のラスト・ナンバーは『モーニング・アイランド』(79年)からの「ホーム・ミティング」で、同ヴァージョンにはブラス・セクションが加わっていた。当時、渡辺の自宅を様々な人々が出入りしていたことをモチーフにしたシャッフル調で、渡辺のキャラクターそのもののハッピーなエンディングを迎えた。当夜のプログラムは60~70年代の所縁曲も多めに選んで、自身のキャリアに別の角度から光を当てる趣向となった、と言えるだろう
アンコールに応えて再登場した渡辺は、ピアノの林とのデュオで「花は咲く」を演奏。2011年の東日本大震災のために制作されたチャリティソングを、渡辺は『リバップ』(2017年)に収録し、ライヴのレパートリーとしてきた。デュオということで、アルトサックスの音色がしみじみと響き渡り、私は当夜2回目の落涙。すべての観客に温かい感動をもたらした、素晴らしいステージであった。