デヴィッド・サンボーンがブルーノート東京に出演するスケジュールが発表されると、いよいよ年末が近づいてきたのだな、と毎回思う。恒例となっている来日、今回は2016年に結成された“ニュー・クインテット”名義での、本邦お披露目公演である。9月にはブルーノートNYに出演済み。サイドマンの4人のうち3人がこれまでのレギュラー・メンバーとは入れ替わっており、全員が名の知られた顔ぶれであっても、サンボーン・バンドの一員になったということで新鮮な印象を抱く。
楽器編成での新味はギターが抜けてトロンボーンが入ったこと。つまりサンボーンのアルトと2管を組んだわけで、しかも90年代にウィントン・マルサリス率いるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラに在籍したワイクリフ・ゴードンとなれば、そのサウンド・コンセプトはよりジャジーなものを企図した、と想像できる。
全身黒づくめの服装で登場したサンボーンが椅子に座ると、ステージはスタート。1曲目はマイケル・ブレッカーの遺作『聖地への旅』からの「タンブルウィード」だった。2管ハーモニーのテーマを皮切りに、アルト~トロンボーン~ピアノとソロを繋ぐ。後半に進むとアルトとトロンボーンが同時にソロを取る場面があり、全員がアコースティック楽器という点では“ジャジー・サイド・オブ・デヴィッド・サンボーン”と言える。ただし2016年の来日メンバーでもあるビリー・キルソンが、手数の多く細かいビートを刻むことで、バンド・サウンドの新しさの土台を担った。雷鳴のようなドラム・ソロで山場を作ったあたりも、キルソンの個性だ。
2曲目もやはり同作からのマイケル・オリジナル曲「ハーフ・ムーン・レーン」。サンボーンとは共演関係にあり、70年代からフュージョン界のトップ・サックス・プレイヤーとして活躍してきた共通点を持つマイケルは、2007年の逝去から10年が経っていて、この2連続の選曲理由を考えれば、節目のタイミングでのトリビュートを打ち出したいのではないだろうか。長年サンボーンを聴いてきた私にとっても新しく感じられるフレーズを次々と生み出す姿を見ながら思った。72歳の大ヴェテラン自身がまだ知らない自分を発見することが、このプロジェクトの狙いの一つなのだ、と。ゴードンはオープンとミュートによる様々な音色で、バンドに貢献した。
代表的なレパートリーである「マプート」はアンディ・エズリンがキーボードを弾く、浮遊感あるリズムのニュー・アレンジ。テーマの最後にストップ・タイムを入れてから、アルト・ソロに移ると、「ワーク・ソング」を引用してジャジーなアドリブを自ら楽しんだり、最高音域も交えてテンポ・アップしたソロで、力強く好調ぶりを示す。ゴードンはマウスピースだけの吹奏で観客の注目を集めると、その状態でトロンボーン本体を繋いで見せ場を作った。
続く「ナイト・ジェサミン」はマイケル・ブレッカーのクインデクテット作『ワイド・アングルズ』(2003年)収録曲で、ここに至って前述のトリビュート企画は確信に変わった。ゴーゴー・リズムのテーマで始まり、アルト・ソロではハイノートを連続ヒット。ゴードンとキルソンのデュオ・パートでは、トロンボーンとバスドラムのキックが同調して、メンバー同士の関係をニュー・クインテットの魅力に加えた。エズリンがローズ音のソロで、70年代のハービー・ハンコックからの影響を滲ませたのも興味をひく。
『クローサー』からの自作曲「ソフィア」は同作のヴァージョンがトロンボーンを含む4人のホーンズを起用した編成だった。当夜はピアノ・イントロが84年のライヴ作『ストレート・トゥ・ザ・ハート』のドン・グロルニックを想起させ、エズリンの起用理由を納得。
『タイム・アンド・ザ・リヴァー』(2015年)収録曲の「スパニッシュ・ジョイント」では、ここまで黒子に徹していたベン・ウィリアムスにスポットが当たった。無伴奏ベース・ソロでは「ナルディス」のようなフレーズを織り込んで、ジャジー・プロジェクトである趣旨に共鳴。するとそれに呼応するようにエズリンのソロでビル・エヴァンスの「枯葉」に通じるラインを織り混ぜる。さらにアルトとトロンボーンの掛け合いでは、ラテン調の「枯葉」の様相を呈し、自然発生的な展開に結成から1年を経たバンドの進化形が認められた。
ゴードン作曲の「オン・ザ・スポット」はニューオリンズ・テイストのテーマで始まり、2管とピアノがソロ・リレー。キルソンに主役が移ると、シンバル・プレイからドラム・ソロへの流れで、スピード感と手数の多さを披露。そのプレイはサンボーン・バンドの前任ドラマーだったジーン・レイクと共通するもので、リーダーの嗜好をうかがわせた。
ここまでの本編で規定の時間には達していたのだが、アンコールに応えて再登場。「このバンドでは演奏したことがない“新曲”」とサンボーンがアナウンスしたのは、前日には演奏しなかった「ザ・ドリーム」だった。ライヴの定番曲をニュー・クインテットで味わえるに至り、長年のサンボーン・ファンに望外の幸福な瞬間が訪れたのだった。今後リリースされるであろうデビュー作に、期待を寄せずにはいられない。