アメリカ人レトロ・ジャズ・ヴォーカリスト、ローラ・エインズワースは、これまでPJで2019年11月の「レトロ・ジャズ・ヴォーカリスト、ローラ・エインズワースが語る過去・現在・未来」:
https://pjportraitinjazz.com/feature/20191118_4416/
および2021年9月の「レトロ・ジャズ・ヴォーカリスト、ローラ・エインズワースのCD『Top Shelf』が初の日本盤としてリリース」:
https://pjportraitinjazz.com/news/20210922_6823/
と、2度記事を公開している。そのローラがこのほどオリジナル・アルバムとしては5年ぶり、4枚目となる新作『ユー・アスクト・フォー・イット』をリリースした。日本では『キープ・イット・トゥ・ユアセルフ』(2011年)、『ネセサリー・イヴィル』(2013年)、『ニュー・ヴィンテージ』(2017年)のCD3タイトル、さらにそれらからのコンピレーションLP『トップ・シェルフ』が2020年に配給が始まり、ヴォーカル・ファンの間で話題を呼んだ。
新作はファンからのリクエストに応え、長年愛されているスタンダード曲を集めた点が、過去のアルバムとは異なっており、全12曲中8曲に原曲の楽譜にありながらも滅多に演奏されることのないイントロ・ヴァースを追加したのが大きな特徴になっている。収録曲のうち、映画『007』のテーマ曲「ゴールドフィンガー」のミュージックビデオが公開中だ。
- Laura Ainsworth “Goldfinger” lyric video
新作に関してPJはローラに書面でインタヴューを行った。
――アルバム名『ユー・アスクト・フォー・イット』の由来は?どのような意味が込められているのか?
ローラ:私が面白いと思っているだけで私のアメリカン・ユーモアがうまく伝わるかどうかわかりませんが、『You Asked For It』はユーモラスな意味の英語の一般的なフレーズです(訳注:自業自得ですよ、そうなって当然、現状を受け入れなさい、といった意味)。
今作はファンや友人から歌ってほしいと言われた曲を集めたアルバムです。FacebookやTwitterを通して寄せられたリクエストや、ライヴやカクテルパーティーで歌っているときに直に寄せられたリクエストなど、多くいただいたものを歌っています。みなさん、決まって「あなたにぴったりな曲がある!」と言うんですよ。いくつかの曲は何度もリクエストされているものです。それ以外は今まで歌おうと思ったことがない曲でしたが、実際に歌ってみて、みなさんの言う通り、私のパーソナリティやボーカルスタイルにとてもよく合ったリクエストだということがわかりました。
――楽器の録音には従来のマルチトラックではなくスタジオ・ライヴ演奏を用いていたとのこと。この録音方法によって得たメリットとは?またマルチトラックではない録音の難しさを、どのように克服したのか?過去の3作品とは異なる、レコーディング上の収穫とは?
ローラ:実は以前のアルバムにもスタジオ・ライヴで録音したものがいくつか入っています。私は昔ながらの方法が好きなんですが、昔のジャズ・プレーヤーだけでなく。多くのミュージシャンもそうだと思います。バンドが一斉に演奏できると、マルチトラックでは捉えられない自然でのびのびした感じが生まれ、アルバムにライヴ・ジャム感を与えられます。唯一難しかったのは、特にコロナ禍の最中、同じ日にメンバー全員を集めることでした。ようやく全員でセッションできる日が決まったと思ったら、前日に誰かが(PCR検査で)陽性になってしまって延期になる、なんてことが何度かありました。
全員で一斉に演奏することの利点の一つは、アレンジがどのように機能するかがすぐにわかったことです。特に③「Goldfinger」は、実際にまったく異なるスタイルでやり直すことにしたのですが、それで正解でした! 完璧なものを作るために、わざわざ別の日にスタジオに戻っただけの価値がありました。この曲は第一弾シングル、ミュージックビデオになります。
――ジュリー・ロンドン『Julie At Home』を参考にしたとのこと。歌手としてジュリーに影響を受けた部分があるのだとしたら、それは何か?
ローラ:ジュリー・ロンドンには少し親近感を持っています。彼女は最初は女優としてキャリアをスタートさせましたが、私もそうでした。官能的な声とは別に、彼女の演技力は音楽と歌詞をともなうことによって、彼女自身に類まれな感性を与えたと思います。彼女は大げさな演技をしなかったし、大げさな歌い方もしませんでした。 シンプルなベースとピアノ、またはギターの伴奏と、スツールに座っているだけで最高に素晴らしかった。あらゆるショーが大げさに演出されている時代にあのシンプルさ、私は大好きです。
――共同プロデューサーとアレンジャーを兼任したブライアン・パイパー(p)の、新作レコーディング時の印象的なコメントがあれば。
ローラ:ブライアンは最初から、特にこのプロジェクト(4枚目だなんて信じられません!)にはエキサイトしていると言っていました。ひとつには、今回のアプローチは彼がよりアレンジに力を注がなければならなかったからです。ソロがそれぞれではなく、全パートが一斉に楽譜に沿って演奏する昔ながらの方法でした。彼には事前作業が多く発生してしまいましたが、クリエイティブな貢献ができることが楽しいと言っていました。全体を通して独特のホーンアレンジが聴けると思いますが、それはすべてブライアンが書いたものです。
――12曲中、ライヴのレパートリーではなく、新作のために採用した曲は?
ローラ:とてもいい質問ですね。⑩「Once Upon A Time」はライヴで歌うとは思ってもみなかった曲でした。感情移入しすぎてしまう部分がところどころにあって、泣かずに歌い切ることができないと思ったからです。でも録音できたので、今は歌い切ることができるでしょう。今作の中で最も気に入っている曲の1つです。
――1曲目は1955年にジュリー・ロンドンがヒットさせた「クライ・ミー・ア・リバー」(アーサー・ハミルトン作曲)。
ローラ:私のスタイルがジュリー・ロンドンとよく比較されるからだと思いますが、最もリクエストが多かった曲でもあります。すでに多くのバージョンが世に出ていて、そのうちごくわずかが1955年のジュリーのアイコニックなバージョンに匹敵しますが、正直なところ録音することに抵抗感がありました。でも、そんなお馴染みすぎる曲でも、新鮮で個性的なタッチを出せるのではないかと、ようやく録音を決心しました。 私のバージョンは「不誠実な恋人に向けて歌うホット・ジャズ」、そんなイメージです。
――②「オール・ザ・シングス・ユー・アー」は1939年のミュージカル『Very Warm For May』のために、ジェローム・カーン&オスカー・ハマースタイン2世が書いた名曲。
ローラ:このクラシック曲は、史上最高のジャズ・スタンダードのひとつだといえるでしょう。史上最も詩的な歌詞に加えて、複雑に凝ったメロディーは、現代の曲を凌駕しています。 恋する人がなぜこの曲をよくリクエストするのか、わかりやすいですね。
――④「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー」はジョージ&アイラ・ガーシュウィンが書いた、1926年のブロードウェイ・ミュージカル『Oh, Kay!』の挿入曲。
ローラ:ガーシュウィン兄弟の作品の中で私が一番好きな曲です。この時代の多くの曲がそうであるように、元々はジャジーなダンスナンバーでしたが、現代では誰にも好まれる感動的なバラードとして歌われるようになりました。リクエストにお応えしてこの曲を歌うことがよくありますが、初めて歌ったのは『Swingin’With The Big Band』というレヴューで、夢が叶った瞬間でした。私の小さなバンド(今回のレコーディングのバンド)も、素晴らしい仕事をしています。
――⑤「スコッチ・アンド・ソーダ」はカバー・バージョンが約30件と少なく、ジャズではマンハッタン・トランスファーが録音している程度。この曲の選曲理由は?
ローラ:おそらくマンハッタン・トランスファーのバージョンが、私が初めて聴いたものだと思います。私の父がアルバムを持っていて、私はこの曲だけでなく全曲を、アルバムを流しながら一緒に歌っていました(私の音楽の好みは確実に父ビリー・エインズワースから受け継がれています。父はトミー・ドーシーや他の有名な楽団の、伝説的なサックス・クラリネット奏者でした)。私は今もマンハッタン・トランスファーの大ファンです(Facebookフレンドの中にアラン・ポールとシェリル・ベンティーンがいるのが誇らしいです)。
私はこの曲がジャズ・ヒットではなく、キングストン・トリオによって広まったことをだいぶ後まで知りませんでした。トリオが実際の作詞作曲者の名前を知らなかったというエピソードも好きですね。
――⑥「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」をアメリカ盤に収録せず、日本盤ボーナストラックにした理由は?
ローラ:このCDを日本でリリースできたことは大きな意味があり、とても光栄なことなので、「贈り物」として何か特別なものを含めたかったのです。この曲も、ほとんどの人が聴いたことがないヴァースを追加した曲です。 1942年の映画『カサブランカ』ではコーラスのみが使われていますね。
――⑦「イズント・イット・ロマンティック?」はリチャード・ロジャース&ロレンツ・ハートの名チームが書き、1932年のミュージカル映画『今晩愛して頂戴ナ』(英題『Love Me Tonight』)で初披露。
ローラ:映画のプロデューサーは、これがどんなに素晴らしい曲か気づいていなかったのではないかと思います。曲の始めにモーリス・シュヴァリエが陽気なアップテンポ調で歌詞を変えて歌い、兵士たちの歌う軍隊行進曲に変わり、最後はジャネット・マクドナルドのオペラ調の歌唱で終わります。この曲は映画『麗しのサブリナ』で、オードリー・ヘプバーンがウィリアム・ホールデンと踊るのを夢見ていたシーンで流れているので、私はどちらかというとそちらを思い出します。誰もが彼と踊りたいですよね。
――⑧「アイ・キャント・ゲット・スターテッド」はレヴュー『The Ziegfeld Follies of 1936』のために、ヴァーノン・デュークが作曲しアイラ・ガーシュウィンが作詞。
ローラ:驚いたことに、この曲は歌手というよりもコメディアンとして知られたパフォーマー、ボブ・ホープとイヴ・アーデンによって紹介されました。素晴らしいメロディーですが、私がこの曲の好きな部分は、曲が書かれた時代に起きたことがすべて歌詞の中に書かれていることです。 別バージョンのヴァースが多く存在するので、この曲だけでアルバム全体を埋めることもできたかもしれません。
――⑨「ホワットゥル・アイ・ドゥ?」は1923年の『Music Box Revue』のために、アーヴィング・バーリンが作詞・作曲。
ローラ:この曲には、リンダ・ロンシュタットとハリー・ニルソンが録音したのにも関わらず、今ではほとんど知られていないヴァースが入っています。バーリンがこの曲を書いたのは、彼の婚約者で社交界の有名人だったエリン・マッケイが、彼女の父親によってヨーロッパに送られてしまったときです。彼女の父親はふたりの仲を認めておらず、将来性のないユダヤ人作曲家のことなど忘れて他の誰かを見つけてほしいと考えてのことでしたが、幸いにも彼女は言うことを聞きませんでした。二人は駆け落ちをし、その60年以上後にエリンが亡くなるまで、とても幸せな結婚生活を送りました。涙なしには聴けない曲です!
――⑪「ラブ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」は1938年公開の映画『The Golden Follies』の挿入曲。
ローラ:この曲はロマンティックなバラードだと考えられていますが、実際にはアイラが亡くなった兄弟への愛について書いたものでした。アイラは“Our Love Is Here To Stay”(私たちの愛はここに)としたかったのですが、“Our”が抜け落ちて発表されてしまいました。この曲では、私の素晴らしいバンドメンバー全員がスポットライトを浴びています。リビングルームのラグを丸めてどかして、身体を寄せ合って踊るのにいい曲ですね。
――⑫「オーバー・ザ・レインボー」は無伴奏のヴァースで始まる、ヴォーカル&ピアノのデュオ曲。この曲をこのような形で録音した理由は?ヴォーカル&ピアノのデュオは、ライヴではよく行うスタイルなのか?
ローラ:私はピアノだけ、またはピアノとベースで歌うのが大好きです。プロデューサーのブライアン・パイパーと私が一緒に仕事を始めたのは、私が脚本を書いたミュージック/コメディー・ショーで、彼のピアノと私のみの演奏でした。たまにアップライトベースを追加するときもありましたが。鍵盤楽器担当にブライアンのような多才な人がいると、まるでアンサンブルのようになります。
この曲の録音にはちょっとしたエピソードがあります。夫のパットから頼まれて歌ったアカペラで、当初はリリースする予定はなく、彼へのスペシャルギフトのつもりでたまたま録音したものでした。ワンテイクで録音しましたが、出来上がりはとても気に入っています。よくリクエストされる曲なのでアルバムに入れることにしました。コーラス部分にのみブライアンのピアノを入れてみようということになり、うまくいくかどうか見てみたところ、この小実験は成功でした。ジャズ・パーティーをお開きにする際のゲストへの「おやすみなさい」の意味で、アルバムの最後に入れることにしたのです。 彼のピアノは実際、私のヴォーカルを録音した「後に」追加されました。 キーの確認なしで歌って、正確なピッチで、ピアノがばっちり合ったので、その点は誇らしいですね。
――日本のファンへのメッセージをお願いします。
ローラ:昨年9月にベストアルバム 『Top Shelf』紙ジャケットCDがリリースされてからわずか10ヶ月後に、2枚目の紙ジャケットCDをお届けできて嬉しいです。私の日本国内リリースにいつも協力してくださるラッツパック・レコードにはとても感謝しています。そして、私の夢である、ライヴで日本に訪れることも忘れていません。コロナによる制限が解除され始めているので、叶う可能性は大いにありますね。
――初めての日本公演が2023年に実現したら、歌いたい「16曲のセットリスト」は?
ローラ:ご質問ありがとうございます。今日の気分ですとこんな感じです。その時で変わると思いますが!
1. “That’s How I Got My Start”
2. “An Occasional Man”
3. “Love For Sale”
4. “Skylark”
5. “The Man I Love Is Gone” (my original)
6. “Just Give Me A Man”
7. “The Gentleman Is A Dope”
8. “Midnight Sun”
9. “Nevertheless (I’m In Love With You)”
10. “Scotch and Soda”
11. “As Time Goes By”
12. “All The Things You Are”
13. “Cry Me A River”
14. “Once Upon A Time”
15. “Goldfinger”
16. “Over The Rainbow”
<作品情報>
ユー・アスクト・フォー・イット/ローラ・エインズワース
You Asked For It / Laura Ainsworth
■①Cry Me A River ②All The Things You Are ③Goldfinger ④Someone To Watch Over Me ⑤Scotch And Soda ⑥As Time Goes By ⑦Isn’t It Romantic? ⑧I Can’t Get Started ⑨What’ll I Do? ⑩Once Upon A Time ⑪Love Is Here To Stay ⑫Over The Rainbow
■Laura Ainsworth(vo) Brian Piper(p) Rodney Booth(tp,flh) Chris McGuire(ts) Noel Johnston(g) Young Heo(b) Steve Barnes(ds)
■Eclectus Records SCP-6006-1J
●アーティストwebsite:http://www.lauraainsworth.com/index.html