トランペッターのニルス・ヴュルカーとギタリストのアルネ・ヤンセンが、初デュオ作『クローサー』をリリースした。二人は学生時代の20代前半にドイツ・ユース・ジャズ・オーケストラ(BuJazzO)で共演した間柄で、15年近くレコーディングでの共演関係を築いている。2019年に初めてデュオCloserとして13ヵ所の国内ツアーを成功させ、それを経てこのデビュー作に至った。
全10曲はヴュルカー作の4曲、ヤンセン作の2曲、二人の共作1曲のオリジナルのほか、ロック~ポップスのナイン・インチ・ネイルズ「ハート」(メンバーのトレント・レズナーが書き、後にジョニー・キャッシュがカヴァー)、ブルー・ナイル「レッツ・ゴー・アウト・トゥナイト」、RY X「ヤヤヤ」のカヴァーを収録。ヴュルカーはトランペットとフリューゲルホーンを使い分け、ヤンセンはエレクトリック&アコースティック・ギターにエフェクターを加えて、長年の信頼に基づく音作りを表現している。中でもチャーリー・ヘイデン&パット・メセニー『ミズーリの空高く』(96年)への、ヴュルカー作曲によるトリビュート・ナンバー「ビヨンド・ザ・バイエルン・スカイ」は、美しいアコースティック・サウンドが印象深い。
【Special interview for PJ: Nils Wülker ニルス・ヴュルカー インタヴュー】
――アルネ・ヤンセンとの関係について教えてください。
NW:アルネと私は1999 年にドイツ国立ユース・ジャズ・オーケストラで演奏した時に知り合いました。2009年からアルネは私のバンドのメンバーなので、数多くのコンサートで共演し、私の7枚のアルバムに参加してくれました。ここ数年、私たちは音楽的に非常に親しくなり、デュオとしても演奏したいと思っていたのです。二人は音楽の雰囲気や深いメロディを探求し、音楽的な対話のためのデュオ設定の親密さを楽しむのが大好きです。 その一方でエフェクターやループステーションを使用して、トランペットとギターのデュオでは馴染みがない大きな音の風景やサウンドを制作することも大好きです。たとえばトランペットをメロディ楽器以外の何かに使用したり、ループステーションやエンベロープフィルターを使用してアルネがソロで演奏できるリズミカルなコードを制作する方法を探求するのも大好きです。③「ディープ・ドライヴ」がその好例です。
――2019年のツアー直後からデビュー作『Closer』の制作が準備されたとしたら、完成するまでに数年間かかったことになりますね。
NW:はい、実は2019年のツアーの後にレコーディングを行ったのですが、その後、私たち全員がパンデミックに見舞われ、次のツアーが実現するまではしばらく待たなければならないことは明らかでした. その間、2022 年にリリース予定の交響楽団とのアルバム『Continuum』の制作も決まっていました。『Closer』を制作する時になって、2019 年にレコーディングしたデュオ音源をもう使用したくなかったのです。録音が新鮮に感じられ、その瞬間のアーティストとしての立場を表していることが私にとって最も重要だからです。そのため、私たちは最初からやり直して、2022 年の夏にアルバムをレコーディングし、2023年 2 月にはドイツで最も美しいコンサート・ホールを巡るツアーを予定しています。
――新作はご自身のイヤー・トリート・スタジオでの録音で、マスタリングはニューヨークでマーク・ワイルダーが手掛けました。
NW:私はマークの作品の大ファンです。たとえば、マイルス・デイヴィスのリマスターなどです。マークは素晴らしい耳とセンスの持ち主で、彼の作品は現代的で上品に聴こえます。そしてマークは、ジェイ・ニューランドのお気に入りのマスタリング・エンジニアでもあります。ジェイは私たちのアルバムのミキシングの担当者で、マークと同じように素晴らしい耳とセンスを持っています。
――アルバム・コンセプトを教えてください。
NW:このアルバムでは、本当に親密な対話とサウンドを作りたかったし、リスナーが私たちの活動をとても身近に感じてくれることを願っています。だからアルバムを“Closer”と名付けました。そして、私のバンドでは自分の曲しか演奏しませんが、このデュオのために別のレパートリーを持ちたかったので、これは私のバンドでやっていることの単なるデュオ・ヴァージョンではありません。『Closer』はカヴァー曲、アルネによる 2 曲、そして私がこのデュオのために書いた曲で構成しています。唯一の例外は、元々私のアルバム『Continuum』用に交響楽団とジャズ・カルテットのために書いた②「ニカズ・ドリーム」です。しかし、私はラージ・アンサンブルのために書かれた楽曲を、この親密なデュオ編成に適合させるアイデアが本当に好きでした。そして、この楽曲も私にとってとても大切なもので、現在3歳になる娘のニカに捧げています。
――ナイン・インチ・ネイルズの①「ハート」を選曲した理由は?
NW:この素晴らしい曲のジョニー・キャッシュのヴァージョンが大好きで、聴くたびに鳥肌が立ちます。ジョニー・キャッシュはとても強烈な親密さを生み出しており、音楽的に“より近い”という私たちの考えの完璧な好例です。そこで私たちはこのパフォーマンスにとてもインスパイアされ、インストゥルメンタル・ヴァージョンでも同様の雰囲気を作りたいと思いました。
――ブルー・ナイル⑩「レッツ・ゴー・アウト・トゥナイト」の選曲理由は?
NW:この曲のポール・ブキャナン(g,vo)のパフォーマンスは、リスナーに非常に近いという特別な性質を持っているので、私たちのアルバムにふさわしいと感じました。そして本当に美しい曲です。すべての曲が楽器で演奏できるわけではありませんが、このメロディはフリューゲルホーンにとても合っていると感じられます。
――自作曲の⑤「ビヨンド・ザ・バイエルン・スカイ」は、チャーリー・ヘイデン&パット・メセニー『ミズーリの空高く』へのトリビュート・ナンバーとのこと。
NW:『Beyond The Missouri Sky』は、アルネも私も大好きな音楽物語の絶対的な傑作だと思います。「ビヨンド・ザ・バイエルン・スカイ」を書いたとき、そのアルバム、特にパット・メセニーの書法からインスピレーションを感じたので、パットとチャーリー、そして彼らの傑作に敬意を表したいと思いました。 興味深い事実は、ジェイ・ニューランドが『Beyond The Missouri Sky』と『Closer』の両方のミキシング・エンジニアを務めたことです。
――パットとチャーリーの素晴らしさとは?
NW:パットとチャーリーはどちらも楽器の達人であり、偉大な作曲家で、素晴らしい音楽の語り手でもあります。複雑な音楽を聴きやすく自然に響くように作ることができ、単一の音を非常に意味のあるソウルフルな音にすることさえできます。これは私がマイルス・デイヴィスを愛している理由でもあります。アルネは何度かパットから直接指導を受けたことがあって、パットの作曲スタイルは、間違いなく私自身の書法に影響を与えました。
――トランペット&ギターのデュオは、他の楽器によるデュオと比較して、どのような特徴があると思いますか?
NW:私はトランペットが生み出す様々なサウンドが大好きです。非常に繊細で親しみやすく軽快なものから、金管的でパワフルなものまであります。また、エフェクターを使用したギターは非常に多くの音の可能性を生み出すため、両者はうまく調和します。ギター自体は、たとえばグランドピアノほど完全な楽器ではありませんが、非常に親密で繊細なサウンドの可能性も秘めています。でも正直なところ、このデュオの主な理由はギターそのものではなく、アーティストとして友人のアルネと音楽的な対話を作りたかった。彼はたまたまギタリストだった、ということです。
――最後に、日本のリスナーへのメッセージをお願いします。
NW: 『Closer』は私の13 枚目のアルバムであり、Warner Musicでは7 枚目のアルバムになります。私のすべてのアルバムと同様に、音楽は非常にメロディックで雰囲気があります。 私は新作に取り組むたびに自分自身に挑戦し、ジャズと私の作曲スタイルを他の影響と組み合わせるのが大好きです。だから、この新しいデュオ・アルバム『Closer』の前に、ミュンヘン放送管弦楽団とアコースティック・ジャズ・カルテットが共演した『Continuum』を制作しました。その前の『Go』(2020年)では、エレクトロニックの影響を受けて多くのアナログシンセサイザーを使用。また過去には自分のアルバムに起用した歌手のために書いたり、ヒップホップの要素を取り入れたこともあります。『Closer』の一部のトラックを除いて、私はこれまでのキャリアで自分の曲だけを演奏してきました。そしてサウンドは、楽器においてもプロダクションにおいても、私にとって非常に重要です。私は主に自分のプロジェクトに集中していますが、過去にはデイヴ・グルーシン(p,key)&リー・リトナー(g)、グレゴリー・ポーター(vo)、ダニー・マッキャスリン(ts)、ドミニク・ミラー(g)などとも共演しています。
(2023年2月上旬、Eメールにてインタヴュー)
【作品情報】
Closer / Nils Wulker, Arne Jansen
■①Hurt (Trent Reznor) ②Nika’s Dream (Nils Wülker) ③Deep Dive (Nils Wülker) ④YaYaYa (Ry Mitchell Cuming) ⑤Beyond The Bavarian Sky (Nils Wülker) ⑥He Who Counts The Stars (Arne Jansen) ⑦It Won’t Be Long (Nils Wülker, Arne Jansen) ⑧So Close To You (Nils Wülker) ⑨The Great He-Goat (Arne Jansen) ⑩Let’s Go Out Tonight (Paul Gerard Buchanan)
■Nils Wulker(tp,flh) Arne Jansen(g,ac-g) summer, 2022
■Warner Music Germany 5419.741133
●Nils Wülker & Arne Jansen “Beyond the Bavarian Sky” (Official Music Video):
【ニルス・ヴュルカー Nils Wülker】
1977年8月17日、ドイツ・ボン生まれ。7歳からピアノ、10歳からトランペットを始める。94年アメリカで学んだ時にマイルス・デイヴィスに影響を受けてジャズに開眼し、ジャズ・オーケストラの中国ツアーに参加。98年ハンス・アイスラー音楽大学に進み、在学中ドイツ・ユース・ジャズ・オーケストラ(BuJazzO)に在籍。2002年に初リーダー作『High Spirits』(Sony)を発表。2005~2012年に自主レーベルEar Treat Musicから5タイトルをリリース。2015年Warner Music Germanyより第1弾『Up』が登場し、最新作『Closer』は第6弾となる。共演歴はリー・リトナー、デイヴ・グルーシン、ドン・グルーシン、ウォルフガング・シュミット、ドミニク・ミラー、ウォルフガング・ムースピール、クラウス・ドルディンガー、オマーラ・ポルトゥオンド、ほか。2013年ECHOジャズ賞に輝き、ジャーマン・ジャズ・アワードは4度受賞。
●Official Site: http://www.nilswuelker.com/
【アルネ・ヤンセン Arne Jansen】
1975年11月26日、ドイツ・キール生まれ。ジミ・ヘンドリックスを知って10代でギターを始め、ビートルズ、ボブ・ディラン・ジョニ・ミッチェルを好んだ。17歳でパット・メセニーとジョン・スコフィールドを聴いて、ジャズに傾倒。ベルリン芸術大学在学中の98~2000年に在籍したBuJazzOではヴュルカーと同僚だった。パット・メセニー、ミック・グッドリック、ジョン・アバークロンビー、カート・ローゼンウィンケル、フィリップ・カテリーンに師事。2006年、自己のトリオでアルバム・デビュー。2017年までの間に欧州各国やインド、セネガルをツアー。2014年『The Sleep Of Reason』(ACT)、2017年『Nine Firmaments』(Traumton)でECHOジャズ賞を獲得。
●Official Site: http://www.arnejansen.com/en/