イーロ・ランタラ(1970~)が2011年に独ACTからの第1弾となる独奏作『Lost Heroes』をリリースした時、数年間でレーベルの看板アーティストに成長するほどの急速なアルバム展開は予想できなかった。デュオ、国際ピアノ・トリオ、ストリング・トリオ、カルテットのリーダー7タイトルにとどまらず、名物シリーズの『Jazz at Berlin Philharmonic V: Lost Hero – Tears for Esbjörn』や、同じピアニストとして重要な役割を担った故エスビョルン・スヴェンソンへのトリビュート作『e.s.t. Symphony』のような企画ものにも参加。ヨアヒム・キューン、ヤン・ラングレンといった先輩格ともまたレーベル内の立ち位置が異なり、より“ACTファミリー色”を濃くしている印象を抱く。
本作は毎年4月にドイツ・ブレーメンで開催される世界最大級のジャズ見本市《jazzahead》でのライヴ・アルバムだ。2017年度にランタラは同市の提携国フィンランドの代表ミュージシャンとして、ガラ・コンサートに招かれた。そしてプログラムの柱となったのが「モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番」で、この選曲に相応しい独ブレーメン室内管弦楽団との共演が実現。35年前から同楽団のファンだったランタラにとっては、理由ある起用だった。3楽章からなる約31分の③~⑤は土台とするクラシック音楽のスキルを明らかにする。90~2000年代に自身が率いて人気を集めたトリオ・トウケアットの代表作『Kudos』(2000年)の、モーツァルトへ捧げた自作曲「エチュード」でウィーン古典派巨匠への敬愛を表明していた。ここでランタラが企図したのは、原曲を忠実に演奏することだけではなかった。第3楽章のカデンツァ(ピアノ独奏)で、1分50秒に及ぶ即興演奏を披露。ジャズ・ピアニストがコンチェルトを取り上げる時の定石ながら、やはりこのパートは必然的理由だと感じる。
母国のマルチ奏者ペッカ・ポーヨラ(1952~2008)をドラマティックに悼む①、ミュート・ピアノによってストリングスとの親和性を演出した②と、自作2曲を冒頭に置いたのは、ジャズ・ピアニストとしての表明と確認。そして前述の協奏曲を挟んで、パート3に新たな聴きどころが用意されている。アダム・バウディヒ(vln)、アーシャ・ヴァルチッチ(cello)とのトリオ作『Anyone With A Heart』(2014年)からの2曲をメドレーにした⑦は、同作を聴いていたはずなのに新発見の案件をご紹介。「エニイワン・ウィズ・ア・ハート」は前述作『Kudos』のエグベルト・ジスモンチに捧げた「メット・バイ・チャンス」が原曲なのだ。ランタラの音楽背景の一つにブラジルがあることは、押さえておきたい。
スヴェンソンへのトリビュート曲⑧、ジョン・レノン・ソングブック『マイ・ワーキング・クラス・ヒーロー』(2015年)からの⑨と、近年のランタラの作曲仕事もクローズアップ。肉体改造が音楽活動にも好影響をもたらしたピアニストの、ジャズ&クラシック作である。
①Pekka Pohjola ②Freedom ③Piano Concerto No. 21, k. 467 by Mozart: I) Allegro Maestoso ④II) Andante ⑤III) Allegro Vivace ⑥Candide Overture ⑦Karma / Anyone With A Heart ⑧Tears For Esbjorn ⑨Imagine
■Iiro Rantala(p) The Deutsche Kammerphilharmonie Bremen, Florian Donderer(vln,orch-ldr) 2017.4.28, Bremen
■ACT 9868-2