「音楽の作用とは『観客が日常生活に戻る時に、少しの何物かを持ち帰られるように、瞬間的に彼らの人生を変えること』、と言ったのはワダダ・レオ・スミスだった」――昨年発表されたECM第3弾となるスミスとの共同名義前作『A Cosmic Rhythm With Each Stroke』のリーダー、ヴィジェイ・アイヤーが、本作のブックレットに寄せたコメントである。キース・ジャレットを別格として、ECMのアルバムで当該ミュージシャンの言葉が記載されることは少ない。弦楽四重奏との組曲を柱とした『Mutations』(2014年)、トリオの『Break Stuff』(2015年)、スミスとのデュオ作、そして本作と、毎年のペースで編成とコンセプトの異なるアルバムを制作しているアイヤーは、ECMのレコーディング・アーティストの中で早くも特別な存在になっているようだ。
アイヤーがこれまでにリリースした20タイトル近いリーダー作の大半は、ソロからワン・ホーンまでの編成で、1998年のリーダー第2作『Architextures』(Asian Improv)がオクテットだったのは、今振り返れば例外的と思える。そして本作の3管セクステットは、アイヤーがヨーロッパでステージ・アップしたことを印象付けたECM移籍前にあたる2009~2012年の独ACT時代が、ソロとトリオの4タイトルで占められただけに、なおさら新鮮。スティーヴ・リーマンはアイヤーの過去作に参加実績があり、もう1人のサックス奏者であるマーク・シムはリーダー作がご無沙汰なので久々に名前を聞く気がするが、2004~2014年のリーマンの3作品に参加しているので、リーマンの推薦を受けたのが起用理由かもしれない。アイヤーがラドレッシュ・マハンザッパ(as)と共に、スティーヴ・コールマン(as)のM-Base由来のサウンドを実践したことを踏まえれば、80年代にコールマンのパートナーを務めたグラハム・ヘインズの加入にも納得がいく。ステファン・クランプはアイヤー・トリオのレギュラー。タイショウン・ソーリーはアイヤーの別働ユニット“フィールドワーク”のメンバーだった。
全曲がアイヤーのオリジナルであるプログラムは、スローなピアノ・イントロからリズミカルなアルト・ソロに進む①、3管テーマで始まって、パワフルなドラム・ソロに至る②、激しいピアノ・トリオからテーマに基づく集団即興演奏へと発展する⑤、エフェクター使用のヘインズがフューチャー・ジャズ風の音場を醸し出して、もう一つの起用理由が明らかになる⑧、リーマンのソロを主体にドラマティックに展開する⑩と、アイヤーがこの編成だからこそ可能なサウンドを追求したことが感じられる。
前出の本作ブックレット・コメントは、以下の文章で締められており、音楽に取り組むアイヤーの姿勢が垣間見られる。「歴史が弧を描くように前進し、後退する中で、事実が残る。平等、正義と基本的人権のための局所的および世界的な闘いは、まだまだ終わっていない。私たちの音楽がこの真実を反映し、長く続く可能性がある有用な残留物を提供できればと願う」。