一昨年に還暦を迎えたフレッド・ハーシュは、2003年の『Live At The Village Vanguard』を皮切りに米Palmettoを主要レーベルに位置づけて、順調にレコーディング活動を続けている。2010年の『Whirl』以降は年に1作のペースを継続しており、他のレーベルでのデュオ作等も合わせれば、昏睡状態に陥った2008年の活動休止が、すっかり過去の出来事のようにも思えてしまう。
Palmetto からの13枚目となる本作は、2年ぶりのソロ・ピアノ。共同名義作を含めれば40タイトルを超えるリーダー・アルバムをリリースしてきた中で、ソロは通算11枚目であり、ハーシュにとってトリオと並ぶ重要な表現形態であることが明らかだ。前回のソロ作は2015年発売の『Solo』で、2014年にニューヨーク州のコンサート・ホールで収録されたものだった。今回は韓国・ソウルのコンサート・ホールで、有人と無人の環境で録音。これは昨年11月の同ホールでのライヴ音源にあった約20分間の即興曲が素晴らしく、そのトラックを生かしたアルバムを制作するため、今年4月に再び同ホールを訪れて観客無しで追加のレコーディングを行ったわけで、やはり異例と言うべきだろう。
ファンにはお馴染みのNY“ヴィレッジ・ヴァンガード”等を例外として、ハーシュのソロは通常コンサート・ホールで開催される。クラシック音楽と同様に、音響の美しさが重要だと考えているからだ。2013年にインタビューした時に、ハーシュはこのような言葉を返してくれた。「年を重ねるにつれて、私自身はライヴ・レコーディングを楽しむようになっています。例えれば俳優が舞台で演じる時と、映画で演じる時の違いのようなものです。映画の撮影では完全なものを得ようと、納得するまで繰り返し演じることができます。しかしジャズは即興的な芸術なので、ライヴではミスが生じることもありますが、私はそのリスクを負ってもいいと考えます。完全なものよりも、エネルギーと新鮮さにこそ価値があるのです」。
選曲はジャズ・ナンバー、自作、ブラジル、セロニアス・モンク、ポップスで、前々作『Solo』と同傾向だ。ゆっくりと自己の内面を探ってゆくような①、テーマ・メロディを解体してアドリブで再構築する手法に独自のセンスを発揮するベニー・ゴルソンの②、アントニオ・カルロス・ジョビンが書いたメロディが優しくじんわりと胸に染み入る③、多くのミュージシャンにインスピレーションを与え続けるモンクの楽曲を洗練美で表現する⑥。注目の即興曲④は曲名が物語るように、森の中を彷徨っているかの様子で、16分あたりから新たな兆しが生まれるものの、霧が晴れて落着するわけではない。「何の予定案もなく、観客の前でこれほど長時間の演奏をしたことはかつてなかった」という状態での心象風景を、ありのままアルバムに定着させることが、ハーシュの意図だったのだろうか。自作曲「ヴァレンタイン」やジョニ・ミッチェル「青春の光と影」といったバラードを最終曲にしてきた慣例にならって、⑦にビリー・ジョエルを選曲。美しく余韻を残して閉幕する。ハーシュは本作と同じタイミングで自叙伝『Good Things Happen Slowly』を刊行しており、ファンは必読である。