アメリカのチャート誌ビルボードは、東京と大阪にライヴ店舗を運営し始めてから、日本では飛躍的に知名度が増した。1972年から86年にはラジオ関東(現・ラジオ日本)でカウントダウン番組「全米トップ40」が放送され、私は中学2年の74年から番組終了までのヘビー・リスナーだった。同時期にはFEN(極東放送)でもオリジナルの「American Top 40」(略称=AT 40)が聴けて、DJケイシー・ケイスン(2014年に82歳で逝去)のわかりやすい英語がリスニング力向上に役立った。
土曜日夜のラジ関の放送を聴きながらチャートをメモし、清書して月曜日に学校へ持参。休み時間に級友に見せながら「赤丸がついた」「ランクが落ちた」などと話題にした。洋楽に興味がない友人も巻き込めたのが楽しかった。年間チャートを掲載する12月最終号を入手したいと思い、77年に日本橋丸善に行って話を聞いたのだが、最終号だけを買うのは無理で、年間購読が必要との返事。高校生にはとても負担できる金額ではなく、断念した。
今は無き銀座の洋書店イエナはビルボードを扱っていた。年間チャートが掲載される最終号「The Year In Music」に関しては、事前予約を受け付けず、買いたければ1月の初売りに来いという商売だった。18冊程度しか確保できないため、トラブルを避けたかったのかもしれない。私はその初日に早朝から並んで、購入した。ところが78年に奇跡的なことが起こる。ビルボード・チャートのコピー・サービスをしている店があるという情報を、チャート仲間が入手。半信半疑で向かった渋谷・大盛堂書店(現在のZARA)の上層階を土曜日の午後に訪れると、1枚100円でコピーしてくれた。それが合法的なものだったのか、今になっては知る由もない。
その後タワーレコードとHMVが日本に上陸して購入が安易になり、環境が劇的に好転。毎年確実に購入し、それが40年近く続いている。私の洋楽経験の基盤を作ったのが70年代のトップ40だったので、年間号はジャズだけでなくポップ、ロック、R&B等、他のジャンルをチェックするのも楽しみだ。
ジャズに関してはチャートに入った作品で、その年の漏れがないかをチェックする。そんな年間号を購入する楽しみに変化が訪れたのが2013年。この年を最後に紙の雑誌にジャズ・チャートが掲載されなくなったのだ。ビルボードはジャズの年間集計をやめてしまったのか?不安になってホームページにアクセスすると、果たしてジャズ・チャートは…載っていた。以来、紙からジャズは消えたが、ウェブで情報を得ることはできた。年間号は製本が中綴じから無線綴じに変わって、保存しやすくなったのだが、2016年から中綴じに戻っており、制作コストと無関係ではないのだろう。
年間号は12月末に入荷するのが定例だったが、2017年号はいつもより少し遅れて1月に入荷。渋谷で購入して帰宅後、ビルボードのサイトでジャズ・チャートをチェックする。今回は全18部門なのだが、表示されるのは1位から3位までで、それ以上の情報を知りたければ有料の購読手続きをする必要がある、というシステムに変わっていたのだ。ん~これは残念。以下わかった範囲で気になる結果を紹介したい。
「Traditional Jazz Albums」と「Jazz Albums」は上位が同じで、
1位が『デイ・ブレイクス/ノラ・ジョーンズ』、2位が『ターン・アップ・ザ・クワイエット/ダイアナ・クラール』。人気女性ヴォーカリストのワン、ツー・フィニッシュとなった。ノラは「Jazz Digital Songs」でデビュー作のタイトル・ナンバー「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」が3位に入っており、15年前の楽曲が驚異的な生命力を持っていることを示した。
その点で同部門の1位がルイ・アームストロング「この素晴らしき世界」であるのも、驚くべきことだ。
個人的に見逃せない「Smooth Jazz Songs」は1位が60~70年代ポップスのカヴァー集であるピーター・ホワイト(ac-g)『グルーヴィン』から、スティーヴィー・ワンダーのヒット曲「ドゥ・アイ・ドゥ」。2位はリンジー・ウェブスター(vo)『バック・トゥ・ユア・ハート』収録の「ホエア・ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ゴー」。3位はノーマン・ブラウン(el-g)の2017年作『レット・イット・ゴー』からの自作曲「イット・キープス・カミング・バック」。各曲の収録作もフュージョン好きとAORファン(リンジー)にオススメだ。