スウェーデン南端の都市で開催される《イースタッド・スウェーデン・ジャズ・フェスティヴァル》は、同地に在住するピアニストのヤン・ラングレンが芸術監督を務める音楽祭。4日目を観終わった感想は、女性ミュージシャンの収穫が多かった、である。
オープニング・ステージは例によって野外会場Per Holsasgardで、トゥルーディ・カー(vo)がカルテットを従えて出演。オーストラリア出身で英国在住歌手の“Sing a Song of Paul Desmond”と題したステージは、カーがデスモンド(as)の美しいサウンドに魅せられて制作した今秋発売予定の新作のプレミアとなった。しかもデスモンド役がアルバム・メンバーのアリソン・ニールではなく、フィンランドの代表的名手ユッカ・ペルコだったのが、個人的な期待値を上げた。
デスモンドのインスト曲に自作歌詞をつけたり、ヴォーカリーズでピアノとユニゾンを作ったり、「テイク・ファイヴ」のイントロで独自の歌詞を加えたりと、ヴォーカリストとしては前例がないプロジェクトで個性を発揮するためのアイデアが盛り込まれている点は評価したい。
これまでアルバムとライヴを通じてペルコの音楽に親しんできたが、今回デスモンドというフィルターを通して聴く機会を得たことによって、その影響関係が浮き彫りになったのが収穫。軽やかな吹奏とトーンの「ウィンディ」からは、特にその印象を強くした。ホテルに戻って、Facebookにステージ写真をアップ。すると後日、トゥルーディ・カーから友達リクエストが届いた。
Trudy Kerr(vo) & Jukka Perko(as)/Photo by Hiroki Sugita
13:00開演のYstad Saltsjobadは、Per Holsasgardから徒歩30分ほどのホテル内に位置する340席の会場。去年はここでスヴェンド・アスムッセン(vln)を亡くしたばかりの未亡人から声を掛けられる、という思わぬ出来事があった。ジャズ誌にアスムッセンの訃報記事を書いたと伝えると、さらに私に興味を持った様子で、翌日に別の会場で待ち合わせをした。あれから1年。着席して開演を待っていると、隣席の男性から声をかけられる。今度は誰だろうか。梅津和時キキ・バンドを招聘したことのあるプロモーターだという。私が日本人だと思って、話しかけてきたようだ。スマホでその公演のフライヤーを見せてくれた。
Elin Larsson/Photo by Hiroki Sugita
Ystad Saltsjobadに出演したのはスウェーデン人サックス奏者Elin Larsson(1984~)。Swedish Jazz Radio Award の“Newcomer of the year 2010”に輝き、2005年に結成した自己の5人組グループで3タイトルをリリースしている。今回は全員女性のセプテット“Crossing Borders”で、このステージがお披露目。本祭の芸術監督ヤン・ラングレンがラーソンに新バンドの編成を依頼し、中には2日前が初対面のメンバーもいたという。ユニット名はドイツ、デンマーク、フランス、ポルトガルと多国籍集団であることに由来する。メンバーのオリジナル曲で構成したセットリストは、前衛的な要素を随所に盛り込みながら、4管のメリットを生かした音作りが練られていた。全8曲のうち、一昨年の独《メールス祭》で初めて生演奏を観たスザンナ・サントス・シルヴァ(tp)がオープン&ミュートでイントロを吹き、フリーな場面を挟んで4管がハイライトを現出したティニ・トンプソン(bs)作曲のナンバーが、特に印象的だった。[Personnel] Elin Larsson(ts,ss) Tini Thomsen(bs) Susana Santos Silva(tp) Lisa Stick(tb) Fanny Gunnarsson(p) Ida Hvid(b) Anne Paceo (ds)
現存するスウェーデン最古の映画館だというBiografreatern Scalaで、21:30からのステージを務めたのは女性デュオのシスターズ・オブ・インヴェンション。カロリーナ(ss,vo)&マーリン(ds)・アルムグレン姉妹である。スウェーデン・イェーテボリ出身の2人はニルス・ラングレン(tb)、リグモール・グスタフソン(vo)、ボーヒュスレーン・ビッグ・バンドとの共演歴があり、その実力が母国で知られている若手だということは事前に認識していた。2013年に『Om & Om Igen』でアルバム・デビューし、ヨナス・カルハマー(ts)がゲスト参加した『Navigating』(2015年)、BBBとの共演作『En Rymd av Färg』(2017年)、そして今年は最新作『Sol』と、順調にアルバムをリリースしている。事前にデュオだけの動画を数本視聴したところ、ジャズと言うよりもポップス寄りの音楽性が感じられたので、ステージでどのようなサウンドが展開されるのか、気になっていた。
ループを作ったヴォイスをバックにソプラノを吹いたり、ハーモナイザー使用のヴォイス・ループとソプラノを融合させたりと、音作りに工夫を凝らす。アコースティック・デュオを含めて、全体的には前述の動画による印象を覆し、意外なほどジャズ色が感じられて驚いた。その土台がカロリーナの技量であり、デュオを魅力的に高めていると納得。
帰国後、改めて姉妹について知りたいと思い、BBBの森泰人さんに問い合わせたところ、ネット上では得られない情報をいただいた。姉妹の父親Owe Almgrenは電気ベーシストで、BBBにも参加。母親のMartina Almgrenはドラマーで、森さんとは『Loaned Finery / HEYOKA』(95年、TUTL)で共演。生まれた時から姉妹を知る森さんが、イェーテボリ“ネフェルティティ”に出演するたびに、両親と姉妹で観に来てくれたそうだ。BBBとの共演作を除く上記3タイトルはアルムグレン家が運営するOh Yeah Recordsからのリリースであり、ミュージシャンによる自主レーベルが一般的になった現在でも珍しい事例と言えよう。
追記:この日、20:00開演のアンドレアス・シェーラー公演が終わった後、Ystad Teater内のカフェに寄ると、シェラー・グループのメンバーがいた。ルチアーノ・ビオンディ(accordion)に今年のイタリア文化会館公演を覚えているかと、声を掛けて立ち話。ルーカス・ニグリ(ds)は話好きだった。Intaktの制作にも関わっていて、レーベルからいつもサンプルCDを送ってもらっていると言うと、俄然距離が縮まった。