それは唐突にやって来た。心の準備ができていなかった。ジャズ・ビギナーの学生時代にファンになったミュージシャンには、今も特別な想いがある。今回海外の記事をチェックする中で、私が思っていたよりもビル・ワトラスが高齢だったことに気づかされたのも驚きだった。
ワトラスの存在を初めて意識したのは大学時代の80年頃。79年リリースの『Watrous In Hollywood』(Famous Door)と『ファンクン・ファン』(Yupiteru)の2作品を聴いて、初心者ながらもJ.J.ジョンソンの流れを汲むモダン・トロンボーン奏者とは何か違う新しさを感じたのだった。1939年6月8日、米コネチカット州ミドルタウン生まれだから、『ファンクン~』録音時は39歳。70年代半ばには「ダウンビート」の読者投票で首位を獲得し、オールスターズでテレビ番組に出演した。こちらの「DownBeat Reader’s Poll Awards Show 1975」はフレディ・ハバード(tp)、ヒューバート・ロウズ(fl)、ソニー・ロリンズ(ts)、ラサーン・ローランド・カーク(ts,manzello)、マッコイ・タイナー(p)、ジョージ・ベンソン(g)、スタンリー・クラーク(b)、レニー・ホワイト(ds)にワトラスが加わったオールスターズによる「ワーク・ソング」で始まる。
アフリカン・アメリカンの著名人の中で一角を占める白人のワトラスに、大抜擢感を覚えるのは日本人であれば私だけではないだろう。約1時間番組の最後にはチック・コリア(key)とクインシー・ジョーンズ(cond)も加わって、デューク・エリントンへのトリビュート曲「A列車で行こう」で締め括る。
76年の映像から、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲のスタンダード曲「Nancy (with the Laughing Face)」は、カルテットなのでワトラスの技巧と魅力がより強く感じられると思う。メンバーはチック・コリア(p)、ロン・カーター(b)、ビリー・コブハム(ds)と、こちらもオールスターズだ。
99年の初CD化で別テイク2曲が追加された『ファンクン~』を改めて聴いてみる。悪癖を克服して75年にカムバックしたアート・ペッパー(as)を大きくフィーチャーした日本制作、という話題性もあったクインテット作。1曲目の「ジャスト・フレンズ」は和み感たっぷりのミディアムテンポによるテーマで始まり、ソロはワトラスを先発に、ペッパー~ラス・フリーマン(p)~ボブ・マグヌッソン(b)~カール・バーネット(ds)とリレーし、まずはメンバー紹介の趣。リズム・セクションの3人は復帰後のペッパーの共演者として、本作以前にレコーディングを残しており、協調関係もスムーズだ。注目すべきは2曲目の「ビギン・ザ・ビギン」で、どこかほのぼのとした旋律が魅力のコール・ポーター曲を、ワトラスは急速調の超絶技巧によって油断できないトラックに仕上げている。ペッパーに捧げたワトラスのオリジナル曲「フォー・アーツ・セイク」は、復帰後の特徴的な奏法で本気モードになったペッパーが聴きものだ。本作は昨年、原盤の裏ジャケット写真を表紙に使用した『Art Pepper Presents West Coast Sessions! Vol 4: Bill Watrous』(ADA)で再発された。
60年代はクインシー・ジョーンズ、メイナード・ファーガソン、ウディ・ハーマン等の著名楽団で活躍し、2000年代まで断続的に自己のビッグ・バンド作を発表したワトラス。その実力者ぶりが70年代末になってようやく日本でも知られるようになった名手に対して、これを機会に再認識の輪が広がることを望みたい。