米音楽誌「ビルボード」は2019年12月28日号で、恒例の年間チャートを発表した。表紙は25年前の楽曲である「All I Want For Christmas Is You」が週間シングル・チャートの首位に輝いたことでも話題を呼んだマライア・キャリー。私が毎年「ビルボード」の年間号を購入し始めて40年になるが、その年のポピュラー音楽に関する情報が集約されているので、いつも楽しみにしている。一つ残念なのは、数年前からジャズ・チャートが本誌には掲載されなくなったこと。クラシックと共にジャズが消えたことでポップ色が強くなったのは時代の流れなのかもしれない。しかしその救済措置としてビルボードのウェブサイトでは、年間ジャズ・チャートが公表されている。
2019年度のジャズ関係は17部門で構成。その中で特に興味をひいた「JAZZ ALBUMS」のトップ10を見ていただきたい。
【JAZZ ALBUMS】① Love / Michael Buble
② Love Is Here To Stay / Tony Bennett & Diana Krall
③ The Prophet Speaks / Van Morrison
④ Let’s Be Frank / Trisha Yearwood
⑤ My Way / Willie Nelson
⑥ Blue World / John Coltrane
⑦ Both Directions At Once: The Lost Album / John Coltrane
⑧ It’s The Holiday Season / Martina McBride
⑨ True Love: A Celebration Of Cole Porter / Harry Connick, Jr.
⑩ The Capitol Studios Sessions / Jeff Goldblum And The Mildred Snitzer Orchestra
今回のチャートの大きな特徴は、ジャズ以外のミュージシャンの作品が半数の5タイトルを占めていることだ。これが何を意味するかと考えれば、ポップス畑のミュージシャンが持つセールス・パワーが、ジャズ・アルバムでも発揮された事実にほかならない。ポップスからジャズに参入する例は昔からあって、アーティストが新たな魅力を表現する、挑戦する価値が高いプロジェクトと認知されていたり、ジャズ・リスナーを自身のファンに取り込むことが期待できるメリットもある。
ヴァン・モリソンは北アイルランド出身で、プロ・キャリアが50年を超えるベテラン・シンガー&ソングライター。過去にはジャズに接近したアルバムを発表しており、95年作『How Long Has This Been Going On』(Verve)はジョージー・フェイム(org,vo)との共同プロデュースにより、タイトル曲や「フー・キャン・アイ・ターン・トゥ」を選曲。ガイ・バーカー(tp)、アラン・スキドモア、ピー・ウィー・エリス(sax)、アレック・ダンクワース(b)が脇を固めている。
3位の『The Prophet Speaks』(Caroline)は通算40枚目のアルバムであり、本人が語っているように自作6曲にサム・クック、ジョン・リー・フッカー、ソロモン・バーク等の楽曲のカヴァー集。ジャズ系スタンダード・ナンバーは採り上げておらず、演奏はブルース色が濃い。ジャズ的要素はジョーイ・デフランセスコ(org,key,tp)が共同プロデューサーとして参画したことくらいか。ビルボードが同作をジャズに仕分けした明確な理由は不明だが、ジャズ・チャートが賑やかになったのは確かだ。
●アルバム試聴:https://open.spotify.com/album/2CEyisD97usC5nVY8yW16p
カントリー・ミュージックからSSWの3名がエントリーしたことも注目される。大御所のウィリー・ネルソン(vo,g)はグラミー賞受賞曲を収録する78年のスタンダード曲集『スターダスト』や、ウィントン・マルサリス(tp)との共演等を通じて、ジャズとの親和性が広く知られている。5位の『My Way』は作品名から連想できる通り、音楽的な影響を受けているばかりでなく80年代に親交があったフランク・シナトラのレパートリーを集めたトリビュート作。「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を皮切りに、「マイ・ウェイ」に至る全11曲を、ビッグ・バンドをバックに歌うネルソンからは、シナトラに加えてジャズを愛する気持ちが伝わってきて好感を抱く。
●アルバム試聴:https://open.spotify.com/album/6x4hSL5zCjExduI7LygbhX
カントリー界を代表する2人の女性歌手が、同時期にジャズ・アルバムを発表したのは偶然ではないのかもしれない。トリーシャ・イヤウッドはこれまでジャズに接近していた印象はなかったが、4位の『Let’s Be Frank』(Gwendolyn Records)はフランク・シナトラのレパートリーをカヴァーしたトリビュート作。シナトラの数多くのアルバムを生んだハリウッドのキャピトル・レコード・スタジオで、シナトラが愛用したマイクを使用するこだわりぶりに驚かされる。プロデューサーをドン・ウォズ、エンジニアをアル・シュミットが務める中、55人編成のオーケストラをバックに、「ウィッチクラフト」「カム・フライ・ウィズ・ミー」等の全12曲をゴージャスに歌い上げている。
●アルバム試聴:https://open.spotify.com/album/62pT5GFAvi6n5RYrb7Yhkt
ジャズとの関係が薄かったという意味では、マルティナ・マクブライドも同様だ。8位の『It’s The Holiday Season』(BMG)について、マクブライドは以下のように語っている。「『White Christmas』をリリースしてからちょうど20年。あのアルバムを作った時、ずっと聴き続けられる普遍的なものにしたいと思っていて、それは達成できたと思う。だから今作でも同じことを成し遂げたかった。でもちょっと違う雰囲気のものでね。アルバムの大部分を、シナトラやディーン・マーティン、エラ・フィッツジェラルドの時代に連れてってくれるような、ビッグ・バンドのスウィングがあるものにしようと決めたわ。だから讃美歌的なものよりも、スウィングのヴァイブを持ったポップなクリスマス・ナンバーをレコーディング。どちらの作品もずっと楽しんで聴かれ続けて欲しいと思っているの」。パトリック・ウィリアムス(arr,cond)、チャック・フィンドレー、ウェイン・バージェロン(tp)、ボブ・シェパード(ts)、ダン・ヒギンズ(as)、トム・レイニア(p)、グラハム・デクター(g)、チャック・バーゴファー(b)、ピーター・アースキン(ds)ら、西海岸の腕利きを起用している。
●アルバム試聴:https://open.spotify.com/album/7jRR92rBDxjnrjs3rRkC7F
カントリー・ミュージックのSSW3名が創作のインスピレーションを得た、共通のジャズ・ヴォーカリストがフランク・シナトラ(1915~98)であること。没後20年を経て、今もなお影響を与え続ける“アメリカ芸能界の帝王”“ザ・ヴォイス”の存在感を再認識したのだった。