2017年に放映されたテレビのドキュメンタリー番組によって、その素晴らしさが広く伝えられたFAZIOLI。ハンドメイドの少量生産で独自性と高品質を追求するブランド・ポリシーは、クラシックのみならずジャズ界でもハービー・ハンコック、エンリコ・ピエラヌンツィを始め、愛奏者が増加中。その一人であるピアニスト西山瞳に、FAZIOLIの魅力を語ってもらった。
FAZIOLIに惹かれ始めたきっかけを教えてください。
西山:2001年頃にエンリコ・ピエラヌンツィがFAZIOLIのピアノを『Canto Nascosto』(EGEA)で弾いていると知ったのがきっかけです。Steinway、Kawai、Borgatoと4台を弾き分けているソロ・ピアノ作で、FAZIOLIの音が一番いいなと思いました。工業製品というよりも“生き物”のイメージ。温もりのある温度感の違いですね。エンリコはそれ以前にも色々なレーベルからアルバムを発表していましたが、録音状態の関係もあってピアノの音色の違いはあまり意識していませんでした。室内楽的な作風が多く、音質も良い伊EGEAとエンリコの関係が、私がファツィオリを意識する大きなきっかけになりました。
初めてFazioliを弾いたのはいつ、どこでしたか?
西山:2006年に滋賀県のさきらホールで行ったコンサートです。アルド・チコリーニが選んだ器種(F278)でした。まだFAZIOLIを導入していたホールがほとんどなかった時代です。実際に自分が弾いてみて、エンリコの作品で知っていたのと同じ部分と、そうではない部分がありました。多くのホールのピアノがスタインウェイですが、それに比べると違う音が鳴って弾きこなすのが難しいピアノというのが第一印象でした。手探りの状態でしたが、弾きこなせるようになりたい気持ちも生まれましたね。
FAZIOLIの演奏歴は?
西山:さきらホールで収録した『パララックス』(2008年、Spice of Life)がファツィオリ(F278)を使用した初めてのアルバムになりました。その次が2010年にFAZIOLIのショールームで録音した『アストロラーベ』。この時は一番大型のF308を弾きました。FAZIOLIを常設するスタジオが見つからなかった時に、小林武史さんの個人スタジオ烏龍舎に(F228)があると知って、トリオ作『シンパシー』(2012年録音)で使用。ホールのピアノのようにたくさん弾かれていなかったので、まだ起きていないピアノという印象もありました。その次は2013年に仙川アヴェニューホールで収録したソロの『クロッシング』です。ここのピアノ(F228)はとてもコンディションが良かったです。高崎のタゴスタジオではトリオ“パララックス”で『シフト』(以上Meantone)を制作しました(2014年発表)。スタジオがオープンして間もないタイミングでした。タゴスタジオに常設されたことによって色々なジャズ・ピアニストが弾く機会が増えて、良い評判が広がっています。残響音があって演奏がしやすいスタジオですよ。
FAZIOLIの魅力とは?
西山:一口にFAZIOLIのピアノと言っても、器種の違いによってもそうですし、どれだけ弾かれてきたかによっても音の違いと個性があります。私のアルバムではすべて異なるFAZIOLIを使用してきました。演奏者の感情を主体にアシストしてくれる楽器、というイメージがあります。
FAZIOLIを常設する会場は他にもありますか?
西山:豊洲シビックセンターホールのFAZIOLI(F278)はまだ弾いたことがないので、いつか弾いてみたいですね。人気があるため、予約を取るのが難しいのですが。
クラシックでは一般的なFAZIOLIですが、ジャズとの親和性は?
西山:近年のジャズ、特にヨーロッパのジャズはバトルではなく、「音色でアンサンブルをする方向性」が当たり前になっていますが、ECMを除くと昔は今ほど一般的ではなかったと思います。その点で今の若い人たちにとっては、それが普通の価値観になっています。そういうものをアシストしてくれる楽器がFAZIOLI。“型”を演奏するのではなく、自分の言葉でしゃべるための仲間になってくれる感覚があります。
FAZIOLIを演奏した良い作品をご存じであれば教えてください。
西山:スウェーデン在住の坂田尚子さんの『カレイドスコープ』(2010年、Atelier Sawano)は良い内容だと思います。イェーテボリのスタジオ録音で、いい音がしていました。
年内に制作予定の次作でもFAZIOLIを使用されるそうですね。
西山:はい、ヘヴィメタルのカヴァー・プロジェクトNHORHM(New Heritage Of Real Heavy Metal)の3枚目をタゴスタジオで録音します。これまでに制作した2枚はジャズ・ファンではないヘヴィメタルのファンが聴いてくれていて、そういった方々にFAZIOLIの存在をアナウンスできるのが嬉しい。シリーズの2枚はFAZIOLIではない別のスタジオの録音でした。やはりいい音で聴いてほしいと思っているので、レコーディングを楽しみにしています。