幼少期と学生時代を東京で過ごし、邦人ミュージシャンとの共演関係を継続していることでも親日家ぶりが知られるティム・アーマコスト。今年、自身のレーベルTMA Recordsからティム・アーマコスト・コードレス・クインテット名義のデビュー作『SOMETHING ABOUT BELIEVING』をリリースした。今回、ニューヨーク・スタンダーズ・カルテットのメンバーとして来日したタイミングで、インタヴューを行った。
――新作『SOMETHING ABOUT BELIEVING』のアルバム・コンセプトは?
TA:卓越したミュージシャンを集めて、彼らに“考えなくてもいい音楽”を演奏してもらうことです。直感的に演奏できて、しかも演奏をただただ楽しんでもらう。それが私のアイデアです。メンバーには複雑過ぎるものを演奏してほしくありませんでした。音楽は美しく自由で、誰もが自分らしくいられると感じてほしいと思ったので。
――アルバム名はデューク・エリントンの曲から取ったものですが、なぜこの名前にしたのですか?
TA:その話を進める前に、私が最初に組んだバンドの一つがビリー・ハート(ds)、レイ・ドラモンド(b)、ブルース・バース(p)だったことに触れておきたいと思います。私たちは日本に6回来ていて、そのツアーの途中でレイが私にこう言いました。「マイルス・デイヴィスのバンド結成のコンセプトは、5人の素晴らしいミュージシャンを集めて自由にさせるというものだった」。私が言いたかったのはまさにそれでした。アルバム名に戻すと、アメリカは今とても暗い時期なので、楽観的な何か、信じることについての何かが欲しかったのです。希望を捨てないで、前向きに信じなさい、というメッセージですね。
――自作曲の①「イッツ・リアリー・ジャスト・ア・ブルース」は2曲をミックスしたようなサウンドですね。1曲目はチャーリー・パーカーの「シェリル」です。作曲コンセプトを教えてください。
TA:これは私がこれまで作曲した中で、一番好きな楽曲の一つです。この曲のプロセスが大好きです。本当に楽しかったです。チャーリー・パーカーのメロディを二つ一緒に演奏すると、バッハの対位法のように聴こえます。そして、その組み合わせは驚くべきものです。ゲイリー・スマリヤン(bs)と私がよくやるのは、彼が「シェリル」を演奏し、私が「リラクシン・アット・カマリロ」を演奏することです。これらのメロディは、このアルバムのように並ぶこともあれば、隙間に入ることもあります。楽しいチャレンジから生まれた、とても楽しいサウンドです。この曲で私がやったことは、二つのメロディを一緒にコンピューターに入れて、それらを聴けるようにしたのです。そして、両方に合うメロディを作りました。私のメロディを演奏して、それで終わりにすることもできたのでが、トム・ハレル(tp)に私のメロディを演奏してもらって、私とゲイリーが別々に登場したらすごく楽しいだろうなと思ったので、3部構成になりました。
――時々、曲をこのようにアレンジすることはありますか?
TA:このアイデアはしばらく前からありましたが、今回初めてうまくできたと感じています。
――ニューヨーク・スタンダーズ・クインテット(NYSQ)が『HEAVEN STEPS TO HEAVEN』(2018年発表)で「シェリル」を録音しました。このビバップ曲に特別な思い入れがあるのですか?
TA:あります。私が一番好きなのは「リラクシン・アット・カマリロ」で、「シェリル」は3番目です。「ブルームディド」も好きです。チャーリー・パーカーのブルース・ナンバーは、ジャズ演奏をマスターするための必須の道であり、規範を形成しているように感じます。パーカーのブルースを10曲演奏できれば、音楽の奥深くに入り込めます。『HEAVEN STEPS TO HEAVEN』収録版のデヴィッド・バークマン(p)のアレンジは素晴らしく美しいと思います。ちなみにNYSQでは、アレンジャーのクレジットは付けていません。デヴィッドがアレンジの50~60%、私が40%、ジーン・ジャクソン(ds)が10%くらいですが、私が作ったアレンジには、デヴィッドやジーンの意見が入っていないものはないので、すべて私たちのもの。本当にバンドなんですよ。
――ジョン・ハンディ作曲の②「ダンス・トゥ・ザ・レディ」の選曲理由は?
TA:単に好きだからです。初めてこの曲を聴いたのは、レイ・ドラモンドのクインテットで演奏していた2003 年頃。彼はずっと前に録音しました(注:96年発表作『VIGNETTES』に収録)。たぶんこの曲は長い間演奏されていませんでしたね(注:同作以降のアルバム・カヴァー例は確認できなかった)。レイの「ウェル・ユー・ニードント」の録音を調べていた時に、「ダンス・トゥ・ザ・レディ」をもう一度聴いて、この曲を演奏しなければ、と思い、2021年に始めました。新作では3本の管楽器がハーモニーを奏でていて、ピアノ無しのこのコンセプトによる美しい響きがとても気に入っています。
――③「ザ・チアー」はアル・フォスター(ds)が作曲しました。
TA:レコーディング・メンバーである彼の曲を1曲録音したかったので、持っていなかったアルバムをたくさん買って、彼の作曲を研究しました。そして私が一番気に入ったのがこの曲です。このバンドに最も合うと思いました。彼のアルバムとは少し異なる形で、私がアレンジしたものです。
――エリントンの④「サムシング・アバウト・ビリーヴィング」は、他のミュージシャンによってあまり録音されていない楽曲です。
TA:それがこの新作のもう一つのアイデアでした。有名な作曲家が書いたけれど、本人以外にはあまり演奏されていない、本当に美しいと思う曲を録音すること。特にこの曲は、メロディがシンプルでとても美しい。コード進行も演奏していて美しいと思います。
――セロニアス・モンクの⑤「オスカ・T」は、通例よりもスロー・テンポです。アレンジのコンセプトを教えてください。
TA:敢えてスローに演奏することを選びました。私が目指したのは嵐の雲のような暗い感じ。明るくハッピーではなく、本当に集中している感じを望んでいました。メロディは同じままで、新しいハーモニーを追加して、演奏の終わりに数分間、色を発展させました。少し怖くて同時にワクワクするような何かです。
――⑥「ヴェンデッタ」はハロルド・ランド(ts)の作曲です。この曲はどこで見つけましたか?
TA:インターネットです。ハロルド・ランドのアルバムではこの曲は見つかりませんでした。レコードやCDでリリースされたことは知りません。私が見つけたのは、70年代後半か80年代前半のカリフォルニア録音のライヴです(注:62年録音、2021年発掘発表作『WESTWARD BOUND!』の収録曲)。好きな点はモダン・ビバップであるところ。ビバップを今日でも新鮮に聴こえるように演奏することが、私にとっての核となる理想の一つです。ハロルドのあのメロディの書き方には、いくつかの角度があります。55年には書けなかったような角度がラインに含まれています。誰もそんな風に書いていませんでした。もっと現代的な発想です。それでも、ラインやリズムが変わります。ですから、とても伝統的でありながら、同時に非常に現代的です。そして、ハロルドが演奏する時、いつもブルースに近いところが気に入っています。私のキャリアを通じて、ずっとお気に入りの一人です。
――テナーサックス奏者としてのハロルド・ランドの印象はいかがですか?
TA:私にとっては、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、ハンク・モブレイ、ピート・クリストリーブ、そしてハロルドがトップ 5です。ハロルド・ランドについて私が重要だと思うもう一つの点は、進化を止めなかったこと。ある一定のレベルまで進歩すると、その後はずっとそのサウンドのままでいる人もいます。コールマン・ホーキンスがその良い例です。ハロルドは、ブルースに深く浸み込んだビバップ奏者のように演奏しました。そして、コルトレーンが登場すると、その音楽を加えてどんどん変わっていった。彼の音楽は、死ぬまでずっと違ったサウンドでした。私も学び続けて、違ったサウンドを作り続けたいと思っています。ジェームス・ムーディーも、死ぬまでずっと進化し続けたアーティストという意味で、とても尊敬しています。
――ラストの⑦「ディスユナイテッド・ステイツ」は自作曲です。
TA:彼の名前は言いたくないけれど、元大統領。この曲を書いたのは、政府が国を団結させようとはせず、むしろ積極的に引き裂こうとしているように感じた時期でした。そして、私はそれをはっきり指摘して、よくないと言いました。アメリカは10年間、どんどん暗くなってきたけれど、久しぶりにもう少しフレンドリーで明るく、寛容で、良い性質を持つ国に戻れるかもしれないという感覚があります。私たちの国は完璧ではありませんが、良い性質がたくさんあります。そして、私たちはそれらを失っているように感じました。だから運が良ければ、このタイトルは時代遅れになるでしょう。そうなることを望んでいます。また、これはDフラットのキーのブルースで、私が自分の不幸を表現したいが、希望のある方法でそれをする必要があると感じる時、Dフラットが私の合図です。そこにはある種の暗さがありますが、ブルースは常に希望に満ちています。
――このアルバムを通して、リスナーに何を伝えたいですか?
TA:ジャズを聴くと気分が良くなります。ジャズはそれほど複雑である必要はありません。みんなで演奏する喜びを表現するだけでもいいのです。シンプルでもいい。ただし子供のような単純さではなく、大人のものであり、刺激的で楽しくて、リラックスできるものでもあります。私は今、人生のある場所にたどり着こうとしています。テナーサックスは競争が激しい。私はニューヨークに住んでいますが、すべてのテナーサックス奏者が世界一になりたがっています。いつもそんな感じです。年を重ねるにつれ、今、私が提示したいのは力よりも美しさであるという段階に来ています。若い時は力強くありたいものでした。私は今、61歳。音楽が美しくあって、競争する必要がないことを受け入れる準備ができています。ニューヨークのテナー奏者はとても美しい人間です。誰が一番かを見せびらかすことにばかりこだわっているわけではありません。彼らは音楽のために生きているのです。本当に素晴らしく、並外れた人間の集まりだと思います。彼らと一緒にバンドスタンドに立って観客の前で演奏するのも美しいことです。観客との一体感はいつもとても心地良く、私はそれが大好きです。
――2日前の“ボディ&ソウル”公演の数曲でソプラノサックスを演奏しましたね。ご自身にとってソプラノサックスとはどんな存在ですか?
TA:テナーとソプラノは、同等だと思います。ソプラノをテナーの上位の延長線上のようなものだと思っていた時期もありましたが、それは間違いだとわかりました。ソプラノをテナーのように演奏することはできません。ソプラノは独自の存在です。独自の条件で演奏しなければなりません。それに気づいてから、テナーとは違う方法でソプラノを演奏する方法を見つけました。だから、音楽に別の声を加えることで、面白さを保てると感じています。私はソプラノを演奏するのが大好きです。実際、私の共演者である椎名豊(p)は私のソプラノの演奏を気に入っています。そして今、航空機がこんな調子なので、テナーとソプラノを持って旅行するのはとても難しいです。でもユタカは、ソプラノを持っていかなくてはいけない、と言いました。彼は私のソプラノをとてもよくサポートしてくれます。また私はここ2年間、バスクラリネットを練習しています。まだ録音していませんが、もうすぐです。脳を活発に保ちたいのです。音楽を学び続けます。
――バスクラリネットを始めた理由は?
TA:ジョン・エリス(ts,ss,b-cl)の影響なのです。私たちはとても美しいタンゴ・ジャズの作曲家であるエミリオ・ソラのグラミー賞受賞作『PUERTOS: MUSIC FROM INTERNATIONAL WATERS』(2019年)で共演。2020年の共演作『HITMAN』でジョンは美しいバスクラリネットを演奏。コロナ禍で私の最初のギグになったステージでリハーサルの時、ジョンにこう伝えました。「君がバスクラリネットを吹くと、本当に美しい。私もバスクラリネットを吹きたくなるんだ。でも、生きているうちに吹けるようになるかどうかはわからないけれど」。すると彼はこう言ったのです。「あなたはきっと吹けるようになるまで続けるでしょうね」。
(2024年8月8日、東京で取材)
【作品情報】
SOMETHING ABOUT BELIEVING / TIM ARMACOST CHORDLESS QUINTET
■①It’s Really Just A Blues ②Dance With The Lady ③The Chief ④Something ’Bout Believeing ⑤Oska T ⑥Vendetta ⑦Disunited States
■Tom Harrell (tp) Tim Armacost (ts) Gary Smulyan (bs) John Patitucci (b) Al Foster (ds)
2022.4.6, Brooklyn, NY
■TMA Records TMA-2024
●アルバム試聴:
●Tim Armacost プロフィール
1962年、米カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。父親が国際基督教大学の教授職に就いたため、68~69年東京に在住。72~74年に再び東京に住み、日本語と日本文化を学ぶ。16歳でワシントンに移住し、ビッグ・バンドのテナー奏者に転向。18歳でロサンゼルスへ移り、ボビー・ブラッドフォード、チャーリー・シューメイクと共演。83年に交換留学生として早稲田大学に在学。その後アムステルダムに移って、7年間ヨーロッパで活動。インドではタブラとヒンドゥースターニー音楽を学ぶ。93年ニューヨークへ移住し、96年にケニー・バロン(p)、ビリー・ハート(ds)参加の初リーダー作『FIRE』(Concord)を発表。ロイ・ハーグローヴ、ランディ・ブレッカー(tp)、デヴィッド・マレイ(ts)・ビッグ・バンド、マリア・シュナイダー・オーケストラと共演。2010年代はニューヨーク・スタンダーズ・カルテットで活動し、ブルックリン・ビッグバンドの共同リーダーを務める。ウィントン・マルサリス率いるジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラに楽曲提供。個人名義の最新作は2023年発表のジョー・ロック(vib)参加の『THE INEVITABLE NOTE』(TMA)。高校時代に興味を持った禅を研究し、臨済宗の禅僧・福島慶道(1933~2011)に、22年間にわたって師事している。
●オフィシャル・ホームページ:https://timarmacost.com/